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なんで僕は起業したんだろうVol.7〜ど真ん中にいる人と端っこにいる人とここではないどこかにいる人と。〜

今から10年ぐらい前に流行った映画に「桐島、部活やめるってよ」という作品がある。詳しい内容は他のサイトに譲るし、未見の方は是非ともAmazonPrimeで観てほしい。部活のヒーローと目立つ男女のグループとギーク(オタク)とその周辺にいる高校生の日常を描く物語だ。なんでもない高校生の日常を切り取りながら青春の鬱屈や煌めきの一瞬を描いていく。

そんな青春映画を観終わったときに思ったことはひとつだけだった。この映画の中に高校時代の僕はどこにもいない・・。いろいろなキャラクターが青春時代を精一杯もしくはダラダラ生きているのだけど僕に似たようなキャラクターがどこにもいない。高校時代の僕はクラスの中心でも、かといって端っこでもない、部活に所属して運動に秀でているスポーツマンでもないし、文化系に深くのめり込むようなオタク気質でもないキャラクターだった。いたらおしゃべりな性格故にうるさいけど、いなかったらいなかったで誰も思い出さない。この映画を撮影しているカメラの裏側に、クラスの決して真ん中ではないカメラが映さないどこかに僕はいる。主役じゃない、脇役でもない、ど真ん中でも端っこでもない、どこかここではないところに自分の生きる場所がある。そう思った10年前だった。

カメラに映らないところに居場所がある。その居場所を青春といいます。

そこから月日は流れて、僕は広告代理店の中でもど真ん中のチームにいたと思う。毎日のようにながれている大量出稿のTVCMを制作しているのは、電通に勤めている身からするとかなり誇れるポジションなはずだ。制作費は相当な高額で、いわゆる売れっ子俳優をじゃんじゃん起用してハリウッド俳優に出演してもらったこともある(コロナ禍で撮影には行けなかったけど)。一緒に作っているクリエーター陣も超一流揃いだった。でも、なぜか心が燃えない自分がいた。広告に携わる者なら誰もが憧れてもおかしくない最高のポジションにいながらどうにも心が燃えていない。

頭の中ではこれが広告代理店として最高の仕事をしているということは理解していたし、広告代理店の一員としてこんなに充実することもないというのはわかっていた。が、頭の中の充実感と心の中の満足感の距離が日に日に遠くなっていることも感じざるを得なかった。

この仕事って楽しいのだろうか?お金をいただくというのはこういうことなのだろうか?毎日の仕事をこなす内に、クライアントと社内各部署と制作会社とタレント事務所の四つ巴無限調整生活に疲れ切っていた。これはアパレル会社に出向する前と同じ状況である。ひとつの案件が終わっても、またすぐに同じような案件がある。そうなると最初のオリエンから最後の納品までこんな苦労があるだろうな、ここで揉めて大変なことになるだろうなというのが見えてくる。そして、実際に揉めて大変なことになる。事前に苦労があるとわかっているからといって、苦しみが減るかと言えばそんなことはまったくない。揉めることがわかっているなら回避できるだろうと思うだろうけど、僕の力が及ばないところで揉めるのだから避けることができない。思った通りに精神的にも肉体的にもしっかり辛いのだ。何よりも心がときめかない。こんまりこと近藤麻理恵は「ときめかないものは捨てなさい」と説いたけど、とても示唆的だ。

食後の喫茶店に勝る休息はない。

そんなときに仲の良い上司と昼飯を食べた。直属の上司ではないが仕事をご一緒したこともあり親しくさせてもらっていた。食後はいつもお馴染みのタバコの吸える昔ながらの喫茶店にいく。僕はタバコは吸わないが、この数年のお決まりのコースである。タバコを美味しそうに吐いた上司とこんな会話をした。

「佐々木、この間の案件、ようやく納品されたね。おつかれさん。どう?楽しかった??」
「いや、楽しくなかったですね〜とにかく大変でしたよ」
「そうだよな。まぁあと5年は続くからさ。5年後はどうなっているかはまた別の話だけどさ。まずはここから5年頑張れよ」

僕はゾッとした。あやうく椅子から転げ落ちそうになった。あやうく口に含んだ珈琲を吹きこぼしそうになった。あやうく何も言わずその店から出て家に帰りそうになった。この仕事をあと5年続ける・・当時僕は11年目で35歳だった。5年後は40歳だから部長に上がるかどうかぐらいのお年頃だ。きっと上司は励ましの意味で僕に伝えてくれたんだろう。ただ、僕は真逆の捉え方をしてしまった。この仕事をあと5年も続けられるだろうか。やる気、気力、体力、モチベーション・・似たような言葉の羅列のすべてが僕に向かって力強くNo!と言っていた。勘弁してくださいよぉ!とかあと5年ですかぁ〜とか適当な回答をして、そそくさと珈琲を飲み切って帰った気がする。この状態で過ごす5年は永遠にも等しい長さだ。そんなときだった。リモート会議で自分の肌をまじまじと見ることになったのは。