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警察官の心の支援はなぜ必要か①

一 背景

2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震において、被災者の心の支援はもとより被災者の救助活動に従事した警察官の心の支援もまた必要であるということについて、当時新聞各社は概ね以下のように報じている。

 2012年1月から2月に警察庁が東北地方三県(岩手県、宮城県、福島県)の警察官ら9487人を対象に行った東日本大震災による惨事ストレスに対する調査から、4.1パーセントに当たる408人に心的外傷後ストレス障害(ptsd)の疑いがあることがわかった。なお、警察庁はこの調査の約一年前に当たる2011年4月から5月にも三県の警察官7750人を対象に同様の調査を行い7.6パーセントに当たる587人にptsdのリスクがあるという結果を得ている。警察庁が惨事ストレスについての調査を行うのは東日本大震災が初めてのことであり、2011年に行った調査の結果はこれまで公表されていなかった。

また、同じ調査について言及したものに加え、「調査結果を発表した警察庁は”看過できない数字”として職員のメンタルヘルス対策を続けていく」という警察庁の見解に触れているものも見受けられた。



 未曾有の大震災によって警察官に生じたストレスについて、救助活動に携わる立場から警察庁が初の調査に乗り出し、報道機関に発表したことは警察官のメンタルヘルスの必要性を問う大きな一歩であったと思われる。同時に、日頃組織内部の情報を公表するのを嫌う警察がこのような形で情報公開に踏み切ったという事実から、災害救助現場における警察官の疲弊と地域警察のダメージを窺い知ることができる。加えて救助活動に携わる警察官もまたその一部は被災者であり、住む家を失った者、家族の安否すらわからない者がその不安を押し殺しながら現場に出て、救助活動を続けていたことがわかっている。  



また地域の消防団員、消防士、自治体職員、医療従事者などの惨事ストレスについても同様の報道がなされ、このとき改めて災害救助を担う側のメンタルヘルスケアの重要性に注目が集まったと感じられた。

 一方で警察官の日常業務からくる心の問題が注目されたと感じられたのは、東日本大震災から7年が過ぎた2018年4月18日、滋賀県警察彦根警察署河瀬駅前交番で勤務中の警察官が貸与された拳銃で上官を射殺した『河瀬駅前交番警察官射殺事件』である。警察庁の発表によるとこれは「警察史上初の警察官による警察官の殺害」とされ、加害者の警察官が拳銃を持ったまま現場から逃げていたことから、彼が未成年であるにもかかわらず実名で報道されるなど情報が錯綜し、事態は混迷を極めた。



その後、加害者の警察官が『たび重なる上官からの𠮟責を理不尽だと感じて犯行に及んだ。ストレスのようなものが爆発した。』などと供述 したことによって、被害者の警察官側に行き過ぎた指導はなかったかと議論がなされ、警察組織特有の風土及び旧態依然の指導習慣の見直しの必要性については警察組織内外から意見が出た 。その結果個々の警察官を含む警察組織は、世間から向けられる好奇の目により一層敏感になったとみられ、事件の翌年にあたる平成31年(2019年)4月「総合的な福利厚生施策の推進について」通達 が行われ、警察官の心の支援に不可欠であるとされるピアサポートの実施要領が別添されている。このことについて、我が国はいくつもの課題を抱えているが残された課題として後述したい。

この事件によって警察官が日常業務から受けるストレスに注目が集まったと感じられる。滋賀県警は再発防止策の一つとして『若手警察官を対象とした臨床心理士による巡回面談の実施』などメンタルヘルスに着目したものを導入すると発表している。しかしながらこの再発防止策の最大の問題点は、これが滋賀県警察内部で考案された策であるとみられることだ。徹底した上意下達の警察組織で、上官への不満を組織内に訴える警官がどこにいるというのだろう。いるとすれば、そのように強靭な精神力のある警官がメンタルヘルスケアのサポートを必要とするだろうか。

 近年の警察不祥事及び非違事案に鑑みれば、警察官の心の支援は必要である。必要ではあるが、その支援は『警察官特有の問題を熟知した心の専門家』によって行われるべきであり、警察組織内の人間によって行われるべきではない。警察職務の遂行は警察官のみならず彼らの家族にも大きな影響を与えるものであり、職業文化によって発生した警察官特有の問題は警察官の家庭生活に波及するものであることが米国の研究でわかっている。従って、警察組織内で起きた問題は必ずしも警察官だけの問題ではない可能性がある。このことから、警察官の心の支援として「警察文化だけで判断されることのない“警察官の家族”に向けた支援」を包括するためにも、『警察文化を熟知している心の専門家』の介入が必要である。

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