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《大学入学共通テスト倫理》のためのジークムント・フロイト

大学入学共通テストの倫理科目のために歴史的偉人・宗教家・学者などを一人ずつ簡単にまとめています。ジークムント・フロイト(1856~1939)。キーワード:「深層心理」「精神分析学」「防衛機制」「欲求不満(フラストレーション)」「無意識」「エス」「自我」「超自我」主著『精神分析学入門』『夢判断』

これがフロイト

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精神分析学の父フロイトです。精神分析学とは深層心理のあらわれとして行動(あるいは病状)をとらえる心理仮説です。臨床の分野では認知行動療法や投薬療法がより中心的で、精神分析理論は「臨床理論の一つ」という位置づけで安定している観があります。ですが、長椅子に寝そべってクライアントにくつろいで話してもらう「自由連想法」などの技法は、たとえば1999年のロバート・デ・ニーロ主演の映画『アナライズ・ミー』(2002年の続編もある)などでもおなじみでしょう。分析家がその話を解釈することで本当の欲求を見つけ、その自覚によって精神の解放をねらう治療法です。ところで、写真のフロイトはめちゃめちゃダンディですね!

📝フロイトはすぐれた神経生理学者かつ心理学者でした!

神経系は、痛みからの逃避へと向かう確固たる性向を有している。
(『フロイト全集 3』(編集委員:新宮一成・鷲田清一・道簱泰三・高田珠樹・須藤訓任、本巻責任編集:新宮一成)p8から引用、ただし「痛みからの逃避」の傍点を略した)

これは私たちが何かを感じたり考えたりする際に、神経では何が起こっているのかを厳密に思考しているフロイトです。引用は「心理学草案」から。

📝フロイトは神経系に連なる防衛機制を見出します!

防衛傾向が存在し、相当の威力を持っていると見て間違いない。私たちの見るところでは、多くのものはそれ自身のゆえに度忘れされるが、これが可能でない場合には、防衛傾向はその目標を遷移させ、少なくとも別の何か、それほどの意味を持たず、本来、不快であるものとたまたま連想的に繋がってしまった別のものを忘却させる。(『フロイト全集 7』(編集委員:新宮一成・鷲田清一・道簱泰三・高田珠樹・須藤訓任、本巻責任編集:高田珠樹)p180から引用)

これがフロイトの「防衛機構」。ど忘れなど日常のエラーにも「思い出したくないもの」を抑圧する深層心理のメカニズムがあるという話。「欲求不満」に対する「防衛機構」を全ての倫理の教科書が詳述しています。フェアな解決である「合理的解決」以外に、「抑圧(おさえつけ)」「合理化(いいわけこじつけ)」「同一視(偉い人になったつもり)」「投影(悪意のなすりつけ)」「反動形成(逆の頑張りすぎ)」「逃避(にげ)」「退行(幼児化)」「代償(かわりをみつける)」「昇華(欲求のポジティヴな発展)」「近道反応(短絡)」などのリアクションと「失敗反応」があると説明しています。引用は「日常生活の精神病理学にむけて」から。

📝防衛機制で精神の内部構造の解明に乗り出します!

抑圧とはけっして根源から存在している防衛機制ではなく、意識的な心の活動と無意識的な心の活動との間に鋭い区別が打ち立てられるよりも以前には、成立しえない(『フロイト全集 14』(編集委員:新宮一成・鷲田清一・道簱泰三・高田珠樹・須藤訓任、本巻責任編集:新宮一成・本間直樹)p197から引用)

これがフロイトの「無意識」。いやなものを意識に登らせない抑圧が「意識」「無意識」という区別の中で活動していること。この発想からフロイトは「意識」「無意識」を分け、同時に一つの精神であるという内部構造を有する精神の解明のヒントとします。引用は「抑圧」から。

📝解明のヒントとなったのは、何より夢の解釈です!

夢にとって唯一的に本質的であるもの、それは、思考材料に作用を加えてゆく夢工作なのです。(『フロイト全集 15』(編集委員:新宮一成・鷲田清一・道簱泰三・高田珠樹・須藤訓任、本巻責任編集:新宮一成・鷲田清一)p277から引用)

こんな感じがフロイトの「夢判断」。私たちのみる夢が本当に欲したものを「縮合(圧縮)」「遷移(転移)」「視覚像に変換する」などの加工を行うとフロイトは分析しました。つまり、フロイトは夢で人間が大がかりな思考作業をなしていると解釈します。引用は、それ以前の精神分析の成果を確信的に世に問うた著書『精神分析入門講義(精神分析入門)』から。また、この部分は著書『夢判断(夢解釈)』の要約と言えるでしょう。

📝フロイトは性的なものを生命‐精神を貫く動力とみなしました!

乳児は栄養受給行動を、新たな栄養を求めていないのに繰り返すことが観察されます。(略)乳児はこの快を最初は栄養受給の際に体験するのですが、やがてそれをこの条件から分離することを覚えたのです。(『フロイト全集 15』(編集委員:新宮一成・鷲田清一・道簱泰三・高田珠樹・須藤訓任、本巻責任編集:新宮一成・鷲田清一)p377-378から引用)

これがフロイトの「リビドー(性の衝動)」。乳児がまず口唇に快楽を覚え、それが肛門、性器へと移っていくという過程を論じています。結構緻密な発達段階論だと思いますが、後世の科学的実験では観察的事実とは扱われていません。とにかく「リビドー」の流れを身体と重ねて具体的に記述しようとした試みです。引用は「精神分析入門講義」から。

この志向は、人生のこの時期にはまだ何の制止も受けることなく直接に性的な欲求へと進んでいく。実際、このことはたやすく確認され(略)どの個人もこの段階をくぐり抜け、その内容を精力的な努力で抑圧し、ようやくのことで忘れ去ったのである。(『フロイト全集 18』(編集委員:新宮一成・鷲田清一・道簱泰三・高田珠樹・須藤訓任、本巻責任編集:本間直樹)p334-335から引用)

「この志向」こそフロイトの「オイディプス・コンプレクス(エディプス・コンプレクス)」。子ども(とりわけ男児)はだれでも身近な人間(具体的には親)に対する性欲のめざめと、その否定や恐怖(去勢恐怖)や抑圧という大葛藤を経たのち、タブーの意識をもって家族の中で子どもとして生きることを可能にする「コンプレックス(抑圧の総合体)」を得るという話。この近親相姦前提のフロイトの意識論はもうれつな拒絶感を当時の社会にもたらしましたし、現在でもそこ抜きにフロイト思想を評価する傾向はあるでしょう。引用は「精神分析への抵抗」から。

📝フロイトの無意識の把握はすごみがあります!

不死であるかのように振舞う。われわれが「無意識」と呼んでいるものは、欲動の蠢きから構成される、もっとも深い層なのであるが、それはおよそネガティブなものを知らず、いかなる否定も知らないのである。(『フロイト全集 14』(編集委員:新宮一成・鷲田清一・道簱泰三・高田珠樹・須藤訓任、本巻責任編集:新宮一成・本間直樹)p161から引用)

これもフロイトの「無意識」。ひたすらに生きて欲しつづけている欲動のかたまりという(少し怪物的な)イメージです。引用は「戦争と死についての時評(Ⅱ)」から。これを「エス」と呼んだり「イド」と呼んだりします。それぞれドイツ語とラテン語で「それ」を指す言葉です!

📝エスの監督はオイディプス↪超自我です!

私は(略)心の装置のなかに区分を設けた、つまりそれを自我、エス、超自我に三分して考えたのである(略)。超自我とはエディプスコンプレクスのあとを継ぐもので、人間の倫理的要求を代表する。(『フロイト全集 18』(編集委員:新宮一成・鷲田清一・道簱泰三・高田珠樹・須藤訓任、本巻責任編集:本間直樹)p121から引用、ただし「自我、エス、超自我」の傍点を略した)

これがフロイトの「エス」と「自我」と「超自我」。この3つでフロイトの心の装置の解明です。無意識の衝動を担当する「エス」、それを押さえたり抑圧する「超自我」、その両者のいとなみによってようやく人間的な意識を生きる「自我」に精神を三分して説明しています。「超自我」は大人の人格を内面化したものと説明されることが多いはずです。引用は「みずからを語る」から。

📝これがフロイト説の精神構造です!

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左が深層心理で右が外界です。区切りなしで底なしの欲動がふきあげている感じの無意識の「ES」。二重斜線の抑圧されたもの(verdrängt)を隔ててなんとか自己を保っている「自我(ICH)」。それが内部崩壊しないように両者を橋渡ししているのが「超自我(UBERICH)」です。引用は『続・精神分析入門講義』の図から。ドイツ語って迫力ありますね!

📝フロイトは自説で得た認識をあらゆる心理的事象に向けていきます!

不気味なものとは実際、何ら新しいものでも疎遠なものでもなく、心の生活には古くから馴染みのものであり、それが抑圧のプロセスを通して心の生活から疎外されていたにすぎない(『フロイト全集 17』(編集委員:新宮一成・鷲田清一・道簱泰三・高田珠樹・須藤訓任、本巻責任編集:須藤訓任)p36から引用)

これがフロイトの「不気味なもの」。「不気味な感じ」という(美学的)感覚が、抑圧した「実は親しいもの」が露わになったものと論じています。引用は「不気味なもの」から。

読者が今日、病跡学の一切を悪趣味なものと考えていることに目をつむろうとしても無駄であろう。(『フロイト全集 11』(編集委員:新宮一成・鷲田清一・道簱泰三・高田珠樹・須藤訓任、本巻責任編集:高田珠樹)p87から引用)

これが「病跡学」。過去の偉人の精神分析を通じて人間の精神の解明と「人間の本性が抱える最も魅力的な」(同p88)人間味を知ろうという学問ジャンルだそうです。引用は「レオナルド・ダ・ヴィンチの幼年期の想い出」から。

アニミズムは一つの思考体系であり、個々の現象を説明するだけではなく、世界全体を一つの連関としてある観点から把握することを可能にする。(『フロイト全集 12』(編集委員:新宮一成・鷲田清一・道簱泰三・高田珠樹・須藤訓任、本巻責任編集:須藤訓任)p100から引用)

これがフロイト式アニミズム。人類の初発の信仰に「世界を一つ」とみなす強力な心理的な運動および体系化があるとしています。引用は「トーテムとタブー」から。ここでフロイトは人類の大本にもエディプスコンプレクスや「父殺し」という罪責感を解釈します。実証的には批判にさらされていますが、歴史的に貫通した人間の心理を捉えられるという自説への自負が感じられます。

宗教的な表象の強さの秘密は、これらの欲望の強さにある。これまでに見てきたように、子供の頃に自分が寄る辺なく非力であったという恐ろしい印象が保護――愛による保護――への欲求を目覚めさせた。この欲求に応えて救いの手を差し伸べてくれたのが父親だった。この寄る辺ない非力が一生続くことが分かったことで、ひとりの父親――ただし、今回はさらに強大な父親――にしがみつくという事態が引き起こされる。(『フロイト全集 20』(編集委員:新宮一成・鷲田清一・道簱泰三・高田珠樹・須藤訓任、本巻責任編集:高田珠樹)p32-33から引用)

これがフロイト式宗教。人間の致命的な自身の状況からの逃避の欲求が神を生んだという観点です。神が「幻想」だと論じている以上に、神の「幻想」がなぜ強く人間を捉えたかという歴史を解明しようとします。こんなフロイトのまなざしは徹底的なリアリストであり、同時にニヒリストであると言えるかもしれません。引用は「ある錯覚の未来(ある幻想の未来)」から。

📝特に「快楽原則の彼岸」の思考がど迫力でしょう!

あらゆる有機体が追及するこの最終目標についても、それが何であるか言えないことはない。(略)生命あるものがかつていったん放棄したものの、あらゆる進化発展の迂路を経ながら帰り着こうとする昔の状態、生命の出発点である状態でなければならない。(『フロイト全集 17』(編集委員:新宮一成・鷲田清一・道簱泰三・高田珠樹・須藤訓任、本巻責任編集:須藤訓任)p92から引用)

これがフロイトの「死の欲動」。臨床を通じて、フロイトは「エス」の中に生きようとする以外の欲求の存在を感じます。それについての思考がこれ。フロイトはこれ以後「性や生への欲求(エロス)」と「破壊や死への欲求(タナトス)」を自説の前提に組み込みます(!)が、この論文では今までの論を崩壊寸前にまで追い込んでいる印象の思索の進め方が印象的です。引用は「快原則の彼岸(快楽原則の彼岸)」から。

📝フロイトの精神分析は毀誉褒貶でした!

ウィーンの街は、精神分析の成立に関わったことを否定するのに、実際あらゆることをした。(『フロイト全集 13』(編集委員:新宮一成・鷲田清一・道簱泰三・高田珠樹・須藤訓任、本巻責任編集:道簱泰三)p82から引用)

活動の中心地のオーストリアウィーンの新聞で毎日のように批判記事が書かれたそう。さらにフロイトの名がもうワイセツ扱いだったらしくこれはすごくかわいそうです。最後にフロイトに批判的な存在の羅列を。フロイト精神分析から離脱したアドラー、ユング、ビンスワンガー。精神科医で実存主義哲学者ヤスパース。批判的継承のサリヴァンやフロムなど新フロイト派。「科学理論でない」的に全否定の『推測と反駁』の分析哲学者カール・ポパー。統計による治療法を目指し現在バージョン5まで出版された『DSM(精神障害の診断と統計マニュアル)』。伝記的スキャンダルを書くジャーナリズムなどです。引用は「精神分析運動の歴史のために」から。

あとは小ネタを!

精神分析の創始者フロイトは、4年の婚約期間中フィアンセに900通以上の手紙(けっして短いものではない)を書いた。彼女も同じくらい返事を書いた。19世紀末の恋愛のなかでも筆まめなカップルだと思う。

↪『フロイトの生涯』(アーネスト・ジョーンズ著、竹友安彦・藤井治彦訳、紀伊国屋書店)のp84を参考にしました。

1905年出版の『機知』で、フロイトはジョークの精神分析を試みた。彼はそこで「駄洒落について考察しても、まったく新たな機知技法を発見するよすがにはならない」と、駄洒落を2つの語の一致のグループの下位に置く。ちょっと駄洒落につめたい感じである。

↪ジョークの「おもしろい」と感じる技法が夢の技法と似ているという発見を踏まえた論考です。今回まとめ作りで全集を通読しましたが、フロイトで一番好きな論文がこれだという好みは変わりませんでした。なので私は本論文を心からリスペクトしていますが、技法はともかく駄洒落が笑いとして大きな価値をもつ信念はけっしてゆずれません! 引用は『フロイト全集 8』(編集委員:新宮一成・鷲田清一・道簱泰三・高田珠樹・須藤訓任、本巻責任編集:中岡成文)p52-53です。

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