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僕がペーパーバックを読み始めたわけ④

 私は読みたいペーパーバックが読めないつらさと、読んだペーパーバックがすごく面白かった泣き笑いのような状態で本屋にいた。何としても次のペーパーバック小説をはやく読まなければならない。はげしい衝動にかられてはいたが、その一方読みやすい本をピックアップしようという計算を働かせていたのである。

 そうして覗きこんでいたのはペンギンモダンというシリーズの棚である。日本の文庫本と同じくらいの大きさで、でもすごく薄くて、だから大体500円というワンコインで買えるかわいい洋書である。日本文学も結構英訳しててその選択センスに驚いたが、目にとまったのはウィリアム・S・バロウズの “Finger” である。

 へえ。バロウズかあ。『裸のランチ』の。バロウズで短いかわいい作品といえば山形浩生訳の『内なるネコ』がチャーミングで素敵な名作だったなあ。よしこれにしよう。このとき私は大切なことを見落としていた。モダンシリーズの作品紹介がわりにとびらに大文字で引用されていたフレーズだ。それはこうだった。

‘HE FELT A SUDDEN DEEP PITY FOR THE FINGER JOINT THAT LAY THERE ON THE DRESSER.’
(彼はタンスのそこに置いてある指関節に対して突然深いあわれみを感じた。)

 ということで、表題作「指」の私の読書を実況してみるとこうなる。なんでクリスマスにハサミを買うんだろ? 安ホテルに行ってだいぶ暗いが。うわぁああ、ぎゃあぁああ……詳細な説明は一切略す。なにひとつ予感なしにホラーな場面に遭遇することになった私の気の動顛ぶりはすさまじいものだった。

 それにしても、この “FINGER”は破滅的にかかわらずおだやかな筆致であるのが印象的。「指」(と連作)の主人公は不本意に病院にいても妙に明るい。仲間に話すいきさつ(伝記的にはただしそうでも)軽い調子で語られ、かげりなくあっという間にラストになる感じがバロウズ作品のなかでも異色に感じる。

 この辺のおもむきは本書の元の本であるらしい『インターゾーン』の残りも読んでいつかあらためて解釈したいと思う。バロウズの書誌に詳しくないので断定できないものの、この本は未訳であるもよう。そうして私は、ほとんど迷子のような状態で洋書の世界をさまよう楽しみをおぼえはじめてきたのだった。

今回学んだこと:
1. 英語でグロい場面をゆっくり読むと結構くるものがある。
2. 本はぱらぱら見て「どんな話か」の印象をさぐってから買うと安全。
 でも前知識ゼロの洋書との遭遇にもつよい魅力がある。


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