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ジョー・ヒル『20世紀の幽霊たち』(小学館文庫)の感想

  原書は2005年に発行されたホラー短編集。このジョー・ヒルのデビュー作は、出版後してすぐさまブラム・ストーカー賞、英国幻想文学大賞、国際ホラー作家協会賞とトリプルクラウンとなった。ヒルこそは21世紀最初のホラー小説界の新星だったのである。

 本書に収められているのは、謝辞から突入しゆるやかに連作ムードをもたらす「シェヘラザードのタイプライター」、ホラー小説のアンソロジストを襲う悲劇「年間ホラー傑作選」、映画館にあらわれる女の幽霊は映画の幽霊だった「二十世紀の幽霊」、風船人間のポップと「おれ」の物語「ポップ・アート」、朝目覚めると巨大な昆虫になって大喜びの「蝗(いなご)の歌をきくがよい」、もうひとつのヴァン・ヘルシング物語「アブラハムの息子」、野球選手の父親とぼくの物語「うちよりここのほうが」、監禁された部屋にはどこにも通じていない電話機が置かれていた「黒電話」、プロ野球選手の夢やぶれて働く少年が出会う恐怖「挟殺」、幼いころ飛んだのは確かにウソではなかった「マント」、奇妙な博物館の館長と来場者の物語「末期の吐息」、樹木の幽霊についての短い語り「死樹」、放浪のキリアンが訪れる夫不在の家の「寡婦の朝食」、別れた恋人に再会したのはエキストラの現場でゾンビとしてだった「ボビー・コンロイ、死者の国より帰る」、別荘につくとパパもママも仮面を外さない「おとうさんの仮面」、弟モリスの作った構造体が何なのかという「自発的入院」、ドライバーが敬虔深いヒッチハイカーを乗せる「救われしもの」の全十七篇(プラス)。

 私は「年間ホラー傑作選」「自発的入院」が傑作だと思う。

 「年間ホラー傑作選」のアンソロジストのキャロルはあらゆるホラー小説を読み込んできた人物である。こうした設定の作り方からも、21世紀の作家のヒルの20世紀に書かれた先行作品への愛情を感じさせる。既存のホラーを愛して繰り出される残酷な物語の切れ味がヒルの持ち味だと思う。以下にその引用を。

ジャンプするたびに暗闇を数メートル単位で滑空しているかのようになると、目もくらむほどの感情の高揚を感じてきた。あるいはパニックだったかもしれないが、奇妙なほどの歓喜に似た心の昂ぶりだった。つぎの瞬間には足が地面から離れて、そのまま二度と土を踏まなくなるような気さえした。キャロルはこの時を、この暗闇とこの夜空のすべてを知っていた。(p69)

 「自発的入院」は変わった弟が最初は家の紙コップを、次にレゴを、そしてドミノで巨大な構造体を作ろうとする物語。それがお父さんが持ってきてくれた「段ボール箱」を使うことで、事態は決定的な変化を迎えていく。言葉を積み重ねて奇想を作ろうという意欲が作品に充実しているのだ。以下にその一部の引用を。

 自分でつくった要塞のなかで頭が混乱して、居場所がわからなくなることがあるとは思えなかった。
「だったら、とりあえず近くの窓まで這っていって、居場所を確かめればよかったのに」
「迷ったところに窓がなかったんだ。だれかの声がきこえたから、その声のするほうに行けば外に出られると思ったんだけど、声はずっと遠いところからきこえてきて、そのうち声がどの方角からきこえてきたかがわからなくなって。あれ、兄さんじゃなかったよね?」(p547)

 既存作品への愛情と奇想天外な物語をつむごうとする情熱。このパラメータがこのデビュー作でホラー小説界の読み巧者をうならせた理由だと思う。きっと、もっとも苦手な題材で苦手な描写で苦手な展開の「蝗の歌をきくがよい」を私が通読できてしまうのも、作品からヒルの愛情と情熱が伝わってくるところが大きい気がする。彼はスティーブン・キングの次男だが、キングとは異なる魅力をもつ作家だというべきだろう。

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