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『芥川龍之介全集3』(ちくま文庫)の感想

 短編の鬼。文学の天才芥川。西洋的小説の手法と東洋の古典に材をとった端正な様式美をもって、文学を体現している。代表作の「藪の中」「羅生門」「鼻」「蜘蛛の糸」などはその代表となる。また「天才(芸術家)」をテーマとした作品である「地獄変」「枯野抄」は芸術を追求した芥川自身の深い自己省察も感じさせる作品群である(「西方の人」のキリストもそこに含めてよいのだろうか)。
 個人的な芥川の読みどころとしては、晩年に向けてニヒリズム(虚無主義)が濃厚に表れる作品で、「河童」「歯車」「或る阿呆の一生」などになるだろうか。今回の本にはそれは含まれていない。
 小品の多い作品集。収録作は「きりすとほろ上人伝」(すごい大男がキリスト教に帰依する話)、「蜜柑」(電車で迷惑な少女の行いにハートウォーミング)、「沼地」(一枚の絵に創作のすごみと恐ろしさを見る話)、「竜」(竜が来るとふかして本当にくる話)、「疑惑」(震災で妻を殺した男の煩悶を描いた話)、「路上」(教養ある大学生の青春小説)、「じゅりあの・吉助」(キリスト教者の末路を描いた話)、「妖婆」(怪談と縁談話)、「魔術」(ベタな不思議ストーリー)、「葱」(芸術好きのカフェ店員の生活を描いた話)、「鼠小僧次郎吉」(鼠小僧の有名ぶりを皮肉った話)、「舞踏会」(あっさりとした女性の逸話)、「尾生の信」(信念というものを考えさせる話)、「秋」(女性の失恋を丹念に追った話)、「黒衣聖母」(嫌な聖母像の話)、「或敵打ちの話」(江戸時代の侍ってリアルに大変な話)、「女」(ちょっとした詩みたいな話)、「素戔烏尊」(力持ちで純情の素戔烏尊がとても残念な話)、「老いたる素戔烏尊」(素戔烏尊が幸せになれと若者に言う話)、「南京の基督」(娼婦がキリストを信じる話)。
 「蜜柑」「尾生の信」「素戔烏尊」あたりがおススメ。「蜜柑」は貧しさの中の心の良さが丁寧に描かれている。「尾生の信」は作者の告白のように響く。これを読んで「或阿呆の一生」を読むと余計趣ある。「素戔烏尊」は個性が暴力として噴出する痛い感じが読み応えのある長さで描かれている。あと、「秋」は作家南木佳士のフェイバリットということで期待して読んでみた。抑えた比喩表現のない文章で人の内面を描く筆致は確かに良かった。
「じゃ云いますよ。あなたは今ここへ水を汲みに来ていた、十五六の娘が御好きでしょう。」
 彼は苦い顔をして、相手の眉の間を睨みつけた。が、内心は少からず、狼狽に狼狽を重ねていた。
「御好きじゃありませんか、あの思兼尊の姪を。」
 「そうか。あれは思兼尊の姪か。」
 彼は際どい声を出した。若者はその容子を見ると、凱歌を挙げるように笑いだした。」(「素戔烏尊」p396-397)

 この純情が普通の失恋に結びつかない。そこが神話の神であり、かつ芥川が「人間」を描くために選ばれた主人公なのである。そしてラストはしびれるような格好良さだと思う。
(芥川作品は「青空文庫」で読めます。)

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