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イタリア映画ってどんな映画?

山田香苗(日伊協会イタリア語講師)

第4回 闘うヒューマニスト


皆さんはイタリアの大統領が誰かご存じでしょうか? 大統領の任期は7年ですが、今年1月に選挙が行われ、セルジョ・マッタレッラ氏の続投が決まりました。じつは彼の兄でシチリア州知事だったピエルサンティ・マッタレッラ氏は、今回ご紹介するドキュメンタリー映画シューティング・マフィア』(Shooting the Mafia 2019 監督キム・ロンジノット)の主人公と深い関わりがあるのです。
 

国内初の女性報道写真家

レティツィア・バッタリア(Letizia Battaglia)は87歳の現役写真家で、1935年にシチリア州パレルモに生まれます。当時の男性優位社会は、生命力にあふれた若く魅力的な彼女にとって自由を奪う檻でしかありませんでした。16歳で結婚し3女をもうけ、その成長を機に人生をやり直そうと、69年に反マフィアを掲げる地元の日刊紙 L'Ora で働き始めます。そして否応なく直面することになるのが、シチリアを恐怖に陥れたマフィアの存在でした。
 

死と隣り合わせの取材

入社して3日目に彼女は殺人現場の取材を命じられ、約20年間マフィアの脅迫にも屈せず、命の危険にさらされながら犯罪の実態を記録し続けます。暴力による圧力や政治家と犯罪組織の癒着に抗議の声をあげ、世論を喚起するためです。
 
冒頭のピエルサンティ・マッタレッラ州知事は80年1月6日の朝、家族とミサへ出かける矢先にマフィアの凶弾に倒れます。近所に住んでいたレティツィアは異変にいち早く気づいて現場に駆けつけ、その時とらえた生々しい瞬間は今も人々の記憶に焼きついています。
 

銃撃されたシチリア州知事ピエルサンティ・マッタレッラと家族
中央は現イタリア大統領セルジョ・マッタレッラ
(レティツィア・バッタリア撮影)

なぜ撮るのか

マフィアの内部抗争が激化した70年代、死者は1年間に1000人を超え、パレルモは内戦状態でした。80年代には判事や政治家が相次いで標的にされ、その殺伐とした異常な空気は現場で働く警官や記者たちの人生観を根底から変えたといいます。血まみれで横たわる死体や泣き叫ぶ遺族を撮る心境を、彼女はこんなふうに語っています。「心では強く彼らに同情してるのに、カメラを向けなければならない。理解しがたい心理だろうけど、愛を込めて撮ってるの」犠牲者の赤裸々な姿を伝えるのは哀悼の行為でもあったのです。
 

2人の判事の死

やがてレティツィアは世の中を内側から変えようと、80年代終わりから90年代初めにかけてパレルモ市の評議員、シチリア州議会議員を務めます。麻薬がらみの犯罪に巻き込まれる若者も増えていました。その頃、マフィア撲滅のヒーローとなったのがファルコーネ治安判事です。彼らの資金の流れを追い、買収された政治家、判事、警官も次々に告発しました。86年から始まるマフィア大裁判はテレビ中継され、検察に協力したマフィアの大物、ブシェッタの証言によって組織の実態が明らかになり、300人を超える被告に有罪判決が下されました。マフィアのボス、リイナや彼と結託した政治家らは猛反撃に出ます。
 

ファルコーネ判事(左)とボルセッリーノ判事(右)


レティツィアはファルコーネ判事に直接会い、「今に殺される」と訴えますが、彼は「心配しないで、私が死んでも後に続く人はいるから」と答えるだけでした。92年6月、判事は高速道路に仕掛けられた爆弾で致命傷を負い、搬送先の病院に駆けつけた幼なじみで反マフィア運動の同志、ボルセッリーノ判事の腕の中で息を引き取ります。同乗していた妻と護衛警官3人も犠牲になりました。その約2か月後にはボルセッリーノ判事と5人の護衛が爆殺されます。すさまじい爆音が市中にとどろき、レティツィアは現場に急行しますが、散乱する遺体にレンズを向ける気にはなれませんでした。のちに彼女はそれを後悔します。「彼らを撮らなかったのが心残り。今思えば、亡くなった人々への敬意が足りなかった」ジャーナリズムの本質について考えさせられる言葉です。
 

シーツに書かれた反マフィアのスローガン
「(マフィアよ、)君らは2人を殺してはいない
彼らの信念は歩み続ける、我々の脚を借りて」
暗殺を防げなかった政府への批判が高まり、
10万人が抗議デモに参加しました


波瀾万丈の私生活

映画にはひと回り以上、年下のかつての恋人が2人登場し、長年連れ添った家族のように昔を振り返ります。現在の恋人は38歳年下の写真家で、周囲の視線は悩みの種のようです。でも一番苦労したのは母娘の関係だとか。とはいえ理想の妻や母親にはなれなくても、battaglia(イタリア語で“闘い”)の名にふさわしく仕事という戦場で闘い抜き、老いを前向きに生きる彼女の姿は私たちに希望を与えます。マゼンタ色に髪を染めたパンクな老女は「今が一番充実してるし、死ぬのも怖いと思わない」とカッコよく言い切った後、カメラに向かって思わず照れ笑いするのですが、その笑顔が最高に“イタリアのおばさん”っぽくてシビれます。

レティツィアと元恋人の報道カメラマン、
フランコ・ゼッキン(1987年)

【追記】


4月13日にレティツィア・バッタリアさんは永眠されました。亡くなる直前まで、ワークショップで後進の指導に当たっていたそうです。時代を映し取ってきた膨大な量の作品は、孫のマッテオさんに管理を委ねられ、生前、インタビューで語っていたとおり、彼女はその作品の中で永遠に生き続けることでしょう。
イタリアの新聞、マスコミ各社は彼女の業績を讃える記事やインタビュー動画で追悼しています。動画サイトでは、今回ご紹介したShooting the Mafia(邦題『シューティング・マフィア』)も英語字幕付きでごらん頂けるようです。

【イタリア映画祭2022 告知】


毎年恒例のイタリア映画祭が、今年は会場でご覧いただけます。新作11本を中心に計16作を一挙上映。

オンライン配信もあります。公式H Pで詳細を随時更新中。

イタリア映画祭2022公式サイト


山田香苗(やまだ かなえ)
日伊協会イタリア語講師。
イタリア映画字幕翻訳:
  『青春群像』T V(F.フェッリーニ)
  『わらの男』(P.ジェルミ)
  『サン★ロレンツォの夜』T V(タヴィアーニ兄弟)
  『これが私の人生設計』(R.ミラーニ)
  『いつだってやめられる 10人の怒れる教授たち』(S.シビリア)
  『いつだってやめられる 闘う名誉教授たち』など

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