猫糞を喰らう。
おはようございます。「腱引き」「つるた療法」の別府湯けむり道場、大平です。
以下の文章は、わたしが20代のころに書き連ねたエッセイ的な何かを修正したものです。普段の敬体ではなく常体でありますことを、あらかじめおことわりしておきます。
また、文章を読んだままに感じていただきたいため、作品内において太字などの強調表現はしておりません。たまにこうして昔書いた文章を公開することが多々ありますが、どの作品も共通しておぼつかなく荒々しい表現は若気の至りと見逃してください。
それではどうぞ。
......
「猫糞を食らう」
こう書くと大平にはスカトロ趣味、それもよりによって四足獣、 獣姦とまではいかずとも、獣の糞尿を喰らうなどの極めて稀少な趣味、 そんな奇特で危篤な趣味があるのかと思った方がいるかもしれないが、 大勢の好奇と期待に背く形で、決してそうではないことを先に述べておく。
先日、とある用事で母方の祖母の家へ出向いたときにお菓子をもらった。 わたしの曾祖母が好きだったもので、正式名称は『拳骨飴』という。
しかしこの名称は、わたしの住んでいる地域においてはちっとも有名ではない。 むしろこのお菓子が本当はそんな名前だったのかと、驚くことしきりだ。 わたしはそれを久しく目にしていなかったので、懐かしさにとらわれ、 思わず
「あ、『ねこのくそ』だ! 懐かしい」
と感激したのであった。
そう、このお菓子の俗称は『ねこのくそ』だったのである。 かつては縁日の屋台を見渡せばそれを扱っている店が必ず一件はあったはずだが、たまに賑やかな雰囲気を己が身に感じたくてひやかしで縁日に行っても、あまり見かけなくなってしまったような気がする。
猫はそのはなはだキュートな風貌で、とにかく愛らしく狂おしいほどかわいらしい、それでいてツンデレというか、人間を明らかに下に見ているとしか思えないような性格もあいまってそのトリコとなってしまうのは言うまでもない事実である。
一方でその身から出る糞はややもすれば鼻がひん曲がって腐り落ちてしまいそうな、この世のものとは思えない悪臭を放つのもまた事実。とうぜん糞は糞であるからして臭いのがごく当たり前(だが、猫のそれは完全に常軌を逸していると断言できるほどに臭い。
「本当に愛しているなら、その人の糞も尿も吐瀉物も愛さねばならない」
とは、ビッグコミックオリジナルの名作である『浮浪雲』の主人公・雲が、とあるお坊様に向かって逆説教したときの言葉である。
そりゃまあ、言ってることは何となく分からないでもないのだが、 こういうのはあくまでも「そのつもりで愛しなさい」という譬えの話であり、 実際のところ恋人に目の前で「僕は君の糞尿と吐瀉物をも愛する!」と言ったあとも関係を良好に保てるのかと問われれば、相手に特殊な趣味でも無い限りは、 必ずしもその通りにはいかないのが、この世の空しくも悲しいところである。
この『ねこのくそ』の名前の由来としてまず考えられるのは「形が猫糞にそっくりだから」で、実際その通りなのだが、 あくまでわたしの記憶と経験だけで言わせてもらえるとするなら、 かつての飼い猫の糞が丸っこかったことなどただの一度としてなく、 酒を飲み過ぎた酔っ払いが時たま電柱にブチまける『それ』と 何ら変わりない形状をしていた。
先の「本当に愛しているなら(以下略)」という言葉、『人』を『猫』に変え、それを実践出来得る者がいたなら、 自分はその者を神と仰ぐ事も厭わないであろう。
神は人それぞれの心の中に存在するもの、となると結局は「その人なり」でしかないし、 そもそもそんな倒錯的な性癖を抱え込んでいる輩は架空の存在として片付けてしまいたい。
では、この『ねこのくそ』、肝心の味の方はどうなのかと問われれば、 これまたものすごくおいしかったりする。
『飴』と名はついているが歯ごたえは柔らかく、何より甘すぎない。 むやみやたらと白砂糖が乱用された菓子があちこちに氾濫している中で、 これほど素朴な味のお菓子もめずらしい。
わたしは家へ戻り、さっそく『ねこのくそ』の袋口を開け、ひとつ頬張った。
うん、懐かしい味だ。
『ねこのくそ』を口にするのは何年ぶりのことか。
あんまりハグハグと喰らっていたものだから数はまたたく間に減っていった。家族に「食べすぎだ」とたしなめられたかもしれないが、それが気にならないくらいに、猫糞の味にあらためてとりつかれてしまっていたようだ。
自分は最後の一粒を惜しむようにつまみ、口に入れてその味を楽しんだ。 病院でベッドに横たわったまま幼少の自分を温かく迎えてくれた、そんな曾祖母の無邪気な笑顔を懐かしく思い浮かべながら。
曾祖母はとっくの昔にこの世から去ってしまっているが、 それでも彼女と共有したこの味だけは、今でも変わってなく、わたしはそのことをとても嬉しいと思った。
しかし、大っぴらに
「俺は『ねこのくそ』が死ぬほど好きなんだ!!!」
と言うことができないのが、このお菓子の辛いところなのかもしれない。
(了)
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