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フランスで友人から学んだ、パスタと待ち合わせにまつわるタブーの話


一時期、私が最も頻繁にお邪魔していた友人のアパートで、訪れる度によく顔をあわせるルームメイトの女の子がいた。

いつものようにそのアパートに足を運んだある日の夕方、空腹を感じた私は、住人である友人が作業に追われていたため、彼に代わって、というか勝手に夕飯を作ろうとしていた。

友人の食料棚には常にお徳用のスパゲッティの乾麺がストックされていたため、それをメイン食材として拝借することにして、断りは入れつつ冷蔵庫も漁る。

私の狭い友人関係のみを判断材料に、独断と偏見に基づいた超個人的な見解を述べるのと、フランスの若者が自炊をする際に主も食されるのはパスタかピザである。(統計などを取った訳でもなく、勝手な個人の感想です、悪しからず)

私がお湯を沸かし始めたところに、ちょうどアルバイトから帰ってきた友人のルームメイトも、台所へとやってきた。

ベジタリアンだったこともあり、ヘルシー志向の彼女のその時のメインは、シュクルートだったような気がする。

一日の終わり、互いにスマートフォンをいじりながらダラダラと作業をし、他愛もない話をしつつノロノロと調理を進めていく。

ちょうどお湯が沸いた頃、私は友人の分も含めて、ちょっと多めにスパゲッティを袋から出した。


当時、私のシェアメイト達の多くが、なぜかスパゲッティを半分に折ってから茹でていた。

知らず知らずのうちに、なんとなく私も、それに倣うようになり、いつの間にだかスパゲッティを茹でる際には必ず半分に折るようになっていた。


そんなわけで、普段通り、と言っても二人分なので太い麺の束を力づくでへし折ろうとしていた時、スマホを見ていた彼女が急に顔を上げ、ちょっと!!何してるの!!と悲鳴をあげた。

私は事態を飲み込めず、麺の束を折ろうとした姿勢のまま、ポカンとしたあほズラをしていると、彼女は続けて、半ば苦笑い、半ば呆れた様子で

「イタリア系の私にとっては、スパゲッティを半分に折るのって、パスタに対するジェノサイドなんだよね」

と言い放った。

私は慌てて、あー、ごめん、そっかそうなんだ、いや〜こっちの方が楽かなって思ってサー、、、等と口の中でモゴモゴ謝りながら、折れていない麺はそのまま鍋に投入した。

それにしてもパスタに対するジェノサイド、と云う、なかなか強烈な表現を聞いたのは人生で初めてのことであった。その言葉に衝撃を受けた私は、以来、二度とスパゲッティを折るまいと固く心に決めている。

その後、なんだかんだで仲良くなって、二人きりでバーに飲みに行く約束をした時のことである。

基本的に彼女は、待ち合わせに時間に正確に、つまり待ち合わせ時間より前に、他の誰よりも早くやって来るようだ、というのは知っていた。一方の私はというと、友人関係においては時間にルーズになるきらいがあって、その夜もトラムに乗り遅れたことが原因で、結果的に5分ほど遅刻してしまうことになった。

次のトラムを待つ間、彼女に「ちょっと遅れるけど、5分くらいだから俺のことは待たないで先に入ってていいよ、雨降ってるし」というメッセージを送ったところ、

「一人では先に入れないよ、私女だから笑」という返事が来た。

思わずスパゲッティのときと同じ、半ば苦笑い、半ば呆れた彼女の顔が浮かぶ化のような文面であった。

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この場合、問題は遅刻という行為そのものだけではなかったのである

彼女の意図していたところは、むしろ、待っている数分の間だけのこととは言え、若い女の子が一人で店に入るというのは、カップル文化のフランスにおいては、なかなかに勇気がいることだと言うのがまず一つ。

それに加えて、酒場に一人でいることで、知らない人から声をかけられたりすることもあるからちょっと面倒、という、彼女なりの苦い経験則に基づいたことなのであった。

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彼女に店の前で雨宿りしながらの待ちぼうけを食らわせた僕は、トラムの中で猛省するに至り、着くなり遅れてごめん、ほんとごめん、と平謝りしたのであるが、彼女は気を悪くしたふうでもなく「いや、もう慣れたわ」と笑って受け流してくれた。

その笑顔は、彼女は彼女で、日本人が時間に正確というのは、どうも全ての日本人に当てはまる習慣でもないらしい事を学んだ、という意味だったのかも知れない。


必ずやコーヒー代にさせていただきます。よしなによしなに。