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朝食の正解がわからない

朝食の正解がわからない。

1人で暮らし始めて何年目だよ、という話だが、わからないものはわからない。

決して育った環境での食育が機能していなかったというわけではなく、子供の頃は母やパンかご飯を主食にした朝食を毎日用意してくれていたし、

ある程度大きくなってからは、それに類するものを自分で調理して、通学のためにいつも遅刻ギリギリの電車に走って滑り込む時に逆流しない程度の量を食べる習慣も身につけた。

仕事を始めて通勤する身分になってからは、コンビニやスーパーで手軽に買える食品を始業前に胃に収めることも身につけた

はずだったのに。

一人暮らしの在宅勤務となった今、平日のルーティーンというものを完全に崩壊させてしまった愚かな私は、
朝から台所で冷凍餃子とインスタントラーメンを拵えて1人で平らげたりするような三十路の男になってしまった。

理想的なのは、朝目が覚めて、歯磨きをして、ちょっと身だしなみを整えてからジムに向かい、帰宅後にプロテインを流し込んでコーヒーで口直しして始業前の隙間時間で勉強をする、なんていうストイックな生活だ。

だが現実の私はその理想を自分の体に落とし込めてはいない。

朝起きて私が向かうのはジムではなくYoutubeコンテンツを見るためパソコンであり、手に取るのはプロテインの大きいパッケージではなくお徳用の冷凍餃子袋である。

ストイックな理想よりその日の胃袋が何を求めているか、つまり欲望に忠実に生きてしまう傾向にあるからだ。

ついでラーメンを茹でながら背後から忍び寄る、ちょっとした敗北感と自分への嫌悪感は、たちのぼる湯気を感じているうちにかき消されてしまう。

今、この瞬間もストイックなモーニングルーティーンをこなしている世の同年代の人々を思う。

朝からやべーもん食ってんな、と心の中の誰かが嘲笑する声も聞こえてくるが、なにくそ、これは健啖家というアドバンテージのなせる技じゃい、などと独りごちる。

同時に、ストイックなモーニングルーティーンこそ送れてはいないものの、
終業と共にパソコンを閉じるころ、半日後の自分がこの朝の行いに対して後悔してジョギングしに外へ出ることも私はよくわかっている。

いつか私にもストイックなモーニングルーティンが身に付いたら、
逆説的に、平仄を合わせるために夜中にいきなりコンビニスイーツを買いに走ったりするのだろうか。



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