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 シヴァも白銀の世界、真っ白な雪原に深い足跡と軽やかな足跡が残っている。足あとが続いている先のハンティングコテージの台所、ロッソがイノシシを捌いた後、熟成エイジング用に軒下に提げられた肉の塊。羽を毟られた鴨。

 板張りの居間の虎の毛皮を敷き詰めた暖炉の前、太い薪が既に置き火になって、オレンジ色に光りながら炭のように燃えている。

 金髪の美しい女が座り、その右に赤毛の美丈夫、何をするでもなく、置き火のオレンジと、煙突から微かに風が入る度に、その上に薄く上がる蒼い炎を見つめている。

 ルナが頭を右に傾けて、ロッソの肩に預ける。ロッソが頭を左に傾けて頬がルナの髪に乗る。

 大きなごつい手で、さらさらの金髪を撫でる、髪に鼻を押し当てる。 Geld山近辺にある、ハンティングコテージ。厩も中にあって、グラーネとスルスミの鼻を鳴らす声が時々聞こえる。

 毎年、狩りをしながらルナと何日か過ごす、この場所で今年は4人で過ごそうと思っていた。 マリアは来ているのだろうか、2人にはわからない、ヒルダは本が読みたいとシヴァの城に残った。

 外はしんしんと雪が降っている、積もった雪が風を防ぐので、雪の中のコテージは暖かく、雪のせいで静寂に包まれている。

 2人だけの時間が亡くした者たちを想い、傷ついた心を癒していく。 柔らかな女の手が金髪を撫でるごつい手に重なる。手の甲に感じるしっとりと熱いほどのぬくもり。

 埋葬するために抱き上げたマリアは、氷のように冷たかった、そっと白布に包み、大きく深く掘った穴に横たわらせ、上から土をかけた。

 固める前に、エイジアから来た桜の苗木を・・・また土を被せて水をかけて固めた。

 魂が離れた身体は土くれに戻り、何年か過ぎたらマリアが望んだ通り、そこから花を咲かせるだろう。

 ハリーもピノもGeld山の麓に埋めた、春になったらあそこにも木を植えよう。

「ピノは、俺を串刺しに出来た、あいつの槍を避けられる奴は居ない」
 あれ以来、ロッソは初めてその名を口にした。

「俺の後ろにルナを見て穂先が鈍ったんだ」
「そうだったのね」

「友を妻を死なせなければ、友を斬らなければ出来ない信仰なら、要らない、その元の神も要らない」
 ルナが頬に唇を押し当てた。

「神光なり、神我と共に在り」
 ルナがアルトで囁いた。

「神は神の為に戦え、殺せとは言いません、それは神に責任転嫁している人間の詭弁です」
 ルナが唇を耳にあてて言った、ぱちっと暖炉で薪が爆ぜた。

「ロッソ」
「ん?」

「誰のためにも戦わないで」
「どうした?」

「ジークフリートはグンテルの為に戦い、クリエムヒルドの為に戦い、ハゲネに裏切られて死にました」
「神話だと、そうだね」

「私たちが過ごしている今も神話になります、人が生きるということが神話なのですから」
「こうして暖炉のオレンジを並んで見つめている事も神話・・。あぁ、そうだね」

ロッソが首を曲げてルナを見つめる、頬に手を当てて唇だけ合わせる。

「ロッソ」
「ん?」

「幸せになって」
「幸せだ、ルナとこうしている」
 ルナの細い手がロッソの太い二の腕を?む。

「私は貴方が生まれる前から貴方を愛していました」
 ロッソの腕にしがみついたまま暖炉を見つめて語り出す。

「貴方の父上は神の国での栄光より母上を愛する事を選びました、私はその姿に打たれて父である大神ヴォータンに逆らい神を捨て人になりました」
 神話に有るジークフリートの英雄譚を好んで話す、ルナ。ロッソが微笑みながら聞いている。

「限りある命に為った事を、一度も後悔していません。だって、生まれ変わるたびに貴方は、魂につけた歯型のおかげで、私を探してくださる」

 どこからか、風が入り暖炉の火が少し大きくなる。暖炉の上でサモワールがシュンシュン言っている。ロッソが立ち上がりハーブティを2つ淹れた。

 薪を足して炎が上がる、2人はハーブティのカップを両手で包むようにして熱いお茶を啜る。 また、2人並んで暖炉を見つめる。

「戦うなら、自分の為に戦って」
「そうするよ」

「自分が何になりたいか、何なのか、きちんと感じて偽の神の為ではなく真の神の一部である自分の為に」
「そうだね」

「貴方が貴方であるために」
「俺が俺である為に」

「いつも私は貴方の傍に居ます、寄り添うものルナ(月)になったの」
「ありがとう」

 ロッソの顔が傾いだ、そっと唇を重ねる。ルナが微笑んで目を瞑る、ロッソはティーカップを二つ暖炉の上に置く。 仰向けにしたルナの髪をそっと指で梳いて額に唇をあて、目蓋に、こめかみに、耳に

頬に、顎に。

 服を捲り上げ、毛皮の外へ落とし、鎖骨に、可愛い肩に、乳房に沿ってすぅっと舐めて、そして乳首に。
「あっんっ」

 ロッソの手が肌を愛しくまさぐってくる、唇に気持ちがこもっている、舌先が気持ちよいかと聞いて来る。

 合わせた肌と肌が、人になり身体を創った事が、こんなにも悦びを与えてくれる。ロッソの身体は硬いけれどしなやかで、指先はあくまでも優しく、時に激しく。

その力は女であるルナを軽々と持ち上げ、向きを変え、暖め、じらし。

 やがてロッソの愛撫にルナの口から啜り泣きのような声が漏れる。
手を伸ばして股間を握る、私の男、愛しい男のものは可愛い。 口に含み愛撫するのが楽しい、ロッソと並んで横たわり身体の左側を預ける、左手で握りなおし先端をぺろりと舐め含んだ、可愛がっているところ見せてあげない。

愛しい男が感じている、楽しい。 やがて

 仰向けにされて脚を広げられて、ロッソが脚の間に居て、そっと入ってくる。思わず漏れる声に、互いに微笑んで。

 動く前に見つめられて左の眉がちょっと上がる、頷くと、ゆっくり動き出した、ロッソを中に感じると、受け入れている今が本当の状態なのだと想い定める。 女と男が一つで居る全てが一つである始まり、そして新しい命の始まり。

 抱きしめられて抱かれて、そして、男を中に納め抱いている。男はなんて弱い生き物だろう。

 強がりで威張りんぼうで乱暴者。愛し合うときですら剛直を突き刺し、女を泣かせる、そのくせ女にそっぽを向かれると何も出来ず全てフリーズしてしまう。

 慈しみ褒めてやると、良い気になって、とんでもない力を出す。 女から見たら、賢い男ほど素直だから、単純で扱い易い。

 賢いから女に任せる術を知っている。互いに違う生き物だと知り、違うことを楽しみ、支えあおうとする。

「あっ・・」
 男に突かれて女はなす術も無く声を上げる、快感を山と溜められて、小さな死を迎えるまで追い詰められる。

 男の快感はレンガを積むように積むだけ積んだら、気持ちよいくらいあっさり崩れる。

 どんなに賢く強い男も女が腹の中で十月十日育て、脚の間から産み落とし、血を乳に変えて育てる
「ロッソが好き、私が育てます。貴方はなりたいものになって」

ルナは息を弾ませながらそう言った。

 ロッソは頷いて微笑みながら腰を使う。快感がボレロのように踊るように昇っていく上昇していく。優しく楽しく追い詰められて。

あぁ、男がこんなに懸命に抱いてくれるなら女に生まれてよかった。

ルナの薄い恥毛にロッソの恥毛が被さる、カリが膣壁を擦り亀頭が子宮口をずんっと押す。 奥を捏ねられる多幸感。

「あっああああああああ」
 不意にこみ上げてきて、ルナの顎が仰け反った。つられて胸も突き出される、勃起して尖った、まだ若い乳首。

 それをロッソが唇に挟む、ルナの脚がびぃんっと伸びる、ロッソの首を力いっぱい引いた。

 気づくと太い腕に包まれるように抱きしめられて、激しく腰が当たる、知らずにきゅうっと締まる、腹の中が動いている。

「ルナ、ルナ、ルナ」
 ロッソが名を呼ぶのを遠くで聞いていた。一番奥に押し当てられてロッソが爆ぜる、びくりびくりと痙攣するたびに奥に迸っているのを感じる。
ルナはただただロッソにしがみついていた。

 ほぉっと息が抜けて気づいた、どのくらい気を失っていたのだろう、毛布を掛けられていた。

 ロッソは隣で肘を枕に自分を見ている。手を伸ばしてティーカップを取り一口飲むとキスをしてきた。口に甘いハーブティが流れ込む、こくりと音をさせて飲んだ。

「このまま、ずっとここに居たい」
「そうね、白い雪、暖かな暖炉、ロッソが居て」

「ルナが居て、何も要らないじゃない」
「王国を捨てて、金山も捨てて、どこかへ行く?」

 パチパチと言う薪の爆ぜる音の中でルナは静かに言った。

「行きたいな」
「皇帝が巻き返すわ、貴方が居なくなったら、軍勢を率いて攻めてくるわ、マサカドさまだけで防げるかしら」

「無理だな」
「国民は?また、自称神様の代理人の奴隷になるわ」

「わかった、ちゃんと責任を取ってから逃亡する」
「そうしてください」

ルナがほっこりと笑った。

「よしよし、良い子ね」
 ルナはロッソの頭を裸の胸に抱きしめた、赤毛を撫でる。

「厭いたのね、血が嫌なのでしょう、人が死にすぎたもの」
 ロッソがゆっくりと息をしている

「がんばって、ここまでやって来て、国の人たちが自主的に動くようになって、偽の神の帝国の呪縛から抜け出せそうなのだから。シヴァの国だけじゃなくて、シヴァから北はほとんど・・・」

 ロッソは子供のようにルナに抱きついてきた。そっと赤毛を撫で続ける。

「貴方は途中で投げないでしょう、私の男はそんなものじゃない。がんばって私たちが居なくても動くようにシステムを創りましょう」
ロッソが腕の中で頷いた

「そうしたら、2人で暮らしましょう。私、猟師のおかみさんも良いな」
 ロッソが顔を上げた、蒼い瞳で微笑んでいる。唇を重ねた、ちゅっと音がする。ロッソがほぉっと溜息をついた。

「やるかぁ」
少し物憂げに言う。

「命だけは大切にしてくださいね」
「ん?もちろん」

「お父さんになりたいでしょう」
「なりたいよ、ってまさか?」

「きっと、赤ちゃんできたわ、今日」
「今日?」

「わかるの」
 ルナが自分のおなかに手を置いた。

「わかるんだね」
「えぇ」

ロッソの瞳がきらきらした

「ねぇ、ルナ」
「なぁに?」

「イタリア語で85」
「85?」

「おったんたちんくえ」

「ばか・・・いらっしゃい・・」
ルナは腕を差し伸べた。

人の交合は生命の慶び、求め合う時に感じられる幸せ。
権力や金、取引に使う犬の時代は終わり、真の歓びを求め合う風の時代に為る。



 翌日、雪が、かなり積もった。グラーネとスルスミは注意深く歩き、息を合わせ互いに助け合い、無事にシヴァの街へ戻った。

気温が低いから2頭の身体から湯気が立っている。

 賢くない馬だと、雪庇に隠れた流れで脚を踏みぬいたり、思わぬところで転倒する事が有るので危なっかしいが、この子達は任せっきりで大丈夫だ。賢い馬は何物にも得がたいとルナは実感した。

 2人が戻り自分たちで厩に馬を入れていると、執事のジョナが飛んできた。火急の用があり、自分がコテージに行こうと思っていたと言う

「着替えておいで」
 ロッソはルナに口付けをすると雪のついた外套と帽子を脱ぎ捨てながら、執務室へ向かった。

 夫の脱いだものを集めて着替えのために居住スペースになっている、あの塔へ行く。

 ロッソの着ていた物の片付けと乾燥を出迎えたベルに任せ、旅装を解いて着替えを済ませた。 4階の部屋から降りる途中2階からヒルダが合流した。

 部屋に入る前から良い匂いがした、普段使うダイニングにロッソが居る、ジョナとシグムントとで香りの高いコーヒーを飲んでいる。

 熱い大陸の特産でカヌートがサラサドとの交易で仕入れてきたものだ。 ロッソは気に入っていて、自ら厨房へ行って自分で豆を煎る。

 お茶請けにスコーンと蜂蜜が出ていた。

「2人ともおいで」

 ルナはヒルダと並んでダイニングのテーブルに着いた。目の前にコーヒーの入ったカップ。

「ガリア王から特使が来た」
 向かいに座るロッソが言う。

「かいつまんで言うと、神皇庁を200年前のように、大陸のラテン国の都ロマーナンに戻したいと言って来た、バチドラの聖堂を大聖堂にしたいそうだ」
「あら、ガリア王が?」

 ルナは驚いた、元々ロマーナンのバチドラにあった神皇庁がブラバス諸島に移ってきたのはルナの祖父の代だ。

 ただの宗教的権威であった神皇庁が人頭税、教会税を背景に武力を蓄え、法王から皇帝に変容しロマーナンから移転し大陸の中央、南ガリアのアビーンに都を構えたのが200年前。そして、ほぼ100年前当時のリチャード獅子心皇帝、カリギュレアが、旧ラテン帝国の版図にならい、ブラバス諸島も配下に治めんとアビーンからカウントベリーへ移した。

 北ブラバスには金銀宝石の鉱山が多いし、志半ばで暗殺されて果てた初代ラテン皇帝、カイザルの隠し財宝がブラバス島の何処かにあると神皇庁の資料に有るからだという。

 カイザルの財宝は金貨に換算して百万枚とも言われ、当時の金貨の質が現在より遥かに良質で、ほぼ純金であることを考えれば帝国の国家予算の数年分に匹敵するものだと思われる。

 カリギュレアの狙いは其の辺にあったのではと神皇庁の上級者は知っている。

 カリギュレアの在位は長く70年に及んだ、彼の代まで皇帝は大陸に所領を持っていたが彼の子、ネロアの時代に財宝探しに目がくらみ、ブラバス諸島にかまけすぎ、大陸の所領経営をおろそかにしたために、ガリア王やラテン国の諸侯に実権を奪われ、わずかな税金が上がるだけになっている。

 それでいて、皇帝の威儀を示すことに熱意を傾けたから、現在のミハイル・ハドリアヌスの代になって神皇庁の台所は火の車だ。

「そう、ガリア王が自分の国にあるアビーンじゃなくて、ロマーナンのパチドラに戻したいとさ」
「次代の皇帝が自分の外孫で自分の国へ神皇庁を持ってくると、反発がきついから、いっそ元へ戻しちゃえと言うことかしら」

ヒルダが楽しそうに言う、ルナもコーヒーを口にした。

「うまく行けば、ロマーナンへの影響力も増すし、南はグリーク、カステーリャから北ブラバスのアイラと隣のアイレル島にまで、覇権を唱えられるものね」
「ロマーナ帝国以来の大帝国ね」

「それを狙っているんだろうな」
「シヴァになにをしろと?」

「カウントベリーから神皇庁が移転するように、ご協力を願うとさ、要はハドリアヌスに出て行けと、俺に言わせたいわけだ、それによってフォン摂政の力も削ごうとしている」
「ハドリアヌスとフォンは聞くかしら?」

「聞かないだろうね、くえねぇオヤジだ、ガリア王も」
「ハイネス、どうなさりたいのですか?」

ヒルダが口を挟んだ。

「俺は笑って暮らしたいだけ、神皇庁があったほうが上手く行くなら、それで良いし、今みたいに弊害になるなら、退けちゃう」
「ハイネスがハドリアヌスを討つような事が有れば、ブラバス諸島と大陸の争いになりますね」

「そうだよね、奴らがこの島の鉱山や隠し財宝を諦めるわけが無い、ガリア王は俺を神敵にしても構わないと思っている」
「神敵にして滅ぼしてから簒奪してもよし、ハイネスが膝を屈して差し出すのを待つもよし、それで隠し財宝とおっしゃっていますけれど、既に見つけているのでは?」

ヒルダの問いにシグムントとジョナが顔を見合わせた、どうしてわかったという顔だ。

「どうしてわかった?」
 それをロッソが問うた。

「塔の図書室にあった古文書で、大浴場の下辺りではと見当をつけましたが」
「ヒルダ、すごい分析だね、ビンゴ!!」

「本当なの?ロッソ」
ルナが驚いた。

「本当、俺のへそくりにしている」
「どんなへそくりなのよ!!」

ルナは思わず叫んだ。

「別に女遊びに使っているわけじゃなし」
 ロッソは笑った。

「私的にはびた一文使ってない、Geld山と図書塔の地下に分散して置いてあるよ、金鉱で金を掘って精製したときに、いっしょに混ぜて出しているんだ、山で取れたことにしてね」
「それでシヴァは財政が豊かなのね」

 ルナが得心が言ったという顔で頷いた。

「そうだよ、ラテンの隠し財産をネコババしたから、お金持ちなのさ」
「それで、ガリア王の申し出は如何なさいます?」

ジョナが聞いた。

「素直に聞いてあげようかと思ったんだけど、アルテミスさんを嫁にしたらどうかなんて言ってるのがひっかかる」
「え?」

ルナとヒルダが同時に言った。

「俺に皇帝になれってさ、今の王妃は側室にだって・・」
 ロッソは右の頬だけで笑った、怒っているときの癖だとルナは思った。

「それが気に入らないから、ブラバス諸島で独立しようか? 新教つくってさ、ブラバス国教会で良いじゃない、ブリトンを真似してさ、国民の中には教会が無いと気分が出ない奴も居るだろうから」
「信仰は気分の問題ではないのでは?」

「気分で良いよ、サーディンの頭も信心さ、この国からは強制するものを、排除しようよ、抑えつけるものは真っ平、猫みたいに自由が良い」
「ハイネス」

「はい、なんでしょうヒルダ」
「ずっとお聞きしたかったのですが」

「はい?」
「今回、戦争を起こした動機は何ですか?」

 ロッソは目を大きく開いて、ちょっと困ったように笑いながらヒルダを見つめた。

「俺が始めたの?」
「はい、一見偶発的に仕掛けられたように見えますが、実は、ハイネスが全て・・・」

「これは異な事を、ヒルダさま」
ロッソが笑う

「たとえば、セイワー公爵を成敗した事。神皇庁の本意に反しマサカドさまと手を組みスファラディを擁護した事」

ヒルダは真面目な顔で数えあげる

「ハドリアヌス帝は、15歳で即位後すぐに、初夜権を復活させ、実際にエデンの都では自らその権利を行使したと聞き及びます」
「そのせいで、神皇庁はエデンで毛嫌いされるようになったのよね」

 ルナが繋いだ。ロッソがスコーンを齧って口の周りをパウダーシュガーで白くした、さくさくと咀嚼する音がする。

「貴方は世直しがしたかったの?ロッソ」
 ルナが言うと、ロッソはお菓子をほおばったまま、首を横に振った。コーヒーで口の中を綺麗にする、嚥下し終わって、にこりと笑った。

「辛かったんだよ」
「え?」

「3人が、フォンに拉致されたとき」
「だから、フォン司教を真っ二つにしましたよね」
ヒルダが学者のように言う。

「3人が辛い思いをしたと思ったら、俺もとてつもなく辛かった」
「ロッソ・・・」

 ルナはロッソを見つめた。
「何故かを考えた・・・理不尽だからだ、それも神の名に於いて為された理不尽、創造主はそんなことを望むわけが無い」
「では、神皇庁は邪教ですか?」

 ヒルダが問う。

「邪教なんてものもない」
「邪教はないとおっしゃるんですか、ハイネス」

「だって、教えはヒントだもん」
「ヒント?」

「生きる為のヒント、千五百年も前に書かれた聖典だぜ、先人の知恵が詰まっていても、役に立つ事が沢山あっても、今を生きるのにそぐわないこともあるだろうさ」
「そうですね」

「それを押し付けて人を都合よく動かそうとする奴、それを鵜呑みにして、事足れリとする奴、気づかずに悪知恵の片棒を担いで楽をしようと言う奴と、自分の知恵を使う苦労をしない奴。全部、嫌い」
「だから、世直しをしようと?」

 ルナが聞いた。

「いや、女房を強姦されたから怒ったのさ、帝国を滅ぼそうと、あのとき決めた」
ルナとヒルダが顔を見合わせて笑い出した。

「おい、笑う所か?」
「うぅん、嬉しいの」

「あらま」
「ロッソ大好き」
「ハイネス、大好きです」

「光栄ですね」
「私たちこそ、貴方の妻でよかった」
「ありがとう、ところで」

ロッソがシグムントとジョナに向き直った。

「2人はどう思う?」
ジョナが手をあげた。

「大陸と断絶して困ることはありません、かえって、甜菜が出来ず砂糖を熱い大陸のサトウキビに、全て依存するようになれば困るのは大陸諸国でしょう」
「なるほどね」

「わが国に関して言えば、スロンのカーリヤからスファラディを移民させたことで大陸に居たスファラディからも徐々に、移民が増えています。彼らが来れば交易はもっと上手く行くようになり、神皇の大陸を通り越して、サラサドやエイジアや熱い大陸と交易が出来、経済的にも潤うでしょう」

「で?結論は、やっちゃって平気?」
ロッソが右の頬で笑う。嬉しいときだ。

「やっちゃいましょう」
 シグムントが親指を上にして突き出した。

「軍事的に懸念は?」
「通常の懸念はありません、兵の数では神皇軍は我らブラバスの3倍ですが、兵の質、士気と装備、戦法で我が方が上回ります、ここまで来て負ける懸念はありません、ただ・・」
「ただ?」

「ドラグーンが」
「ドラグーンって魔法の軍団ってやつか?」

シグムントがヒルダを促した。

「書庫で調べました、百年前、神皇軍がブラバスへ攻め寄せたとき、スコッツとアイルの連合軍が優勢で、神皇軍をほとんど海に追い落としたのですが、そのとき」
「突如、ドルバの断崖絶壁に現れし竜の戦士か?」

「はい、神皇軍が本当に窮地に陥ったとき神の魔法で顕れる、神の竜の軍団百騎、1万のケルト人を追い払ったとあります」
「神が魔法に加担するものか、まやかしさ」

 ロッソが笑う。

「でも、実際にドラグーンは顕れたと」
「竜の顔したのが百匹? アキュラの竜みたいに不細工なのかな。それが百匹じゃ、げんなりだね」

「ハイネス、げんなりとか言う問題じゃなくて」
「だってさ、ヒルダ、魔法だったら対策なんて、立てられないじゃない」

「そうですが」
「平気だよ、俺たちも魔法を使えるから」

「え?」
「そのときになったら教えるさ、ジークフリートは竜の天敵だし、俺たちには赤龍、マサカドがついているじゃない」

「竜の戦士は全員不死身だそうです」
「不死身でも動けないのが神皇区の旧教会にいるぜ、いまだに喚いているみたいじゃない」

「はい、夜な夜な吼えるので、皆恐ろしがって」
 ジョナが言った。

「でも、貼り付けで動けないから面白がって見に行くんだろう」
「えぇ、巫女たちも居ないみたいで」

 ジョナが笑う。

「あらま、心が通じ合っている恋人同士だったのに、見捨てて行っちゃったんだ」
「カノン巫女は皇帝に召されて、カウントベリーのようです」

 シグムントが言った。
「あらま、まずいな」
「どうしたの?」

ルナが聞いた。

「ん?川からレジデンツを艦砲射撃するようにカヌートに言ってある」
「艦砲射撃って?」
 ルナが目を丸くした。

「大砲が出来たってヘイバイトスが持ってきたから、レジデンツで試撃ちをカヌートに頼んだ」
「どうして、そんな無茶苦茶を」

 ヒルダが驚いている、神皇の宮殿に撃ちかけたら、神敵にされる。

「え?実験で強度は出ていて、兵に損害ないし、ターキーがコンスタンティノーブルを落したときの砲より性能抜群だぜ」
「そういう問題じゃなくて」

「推進薬の詰め方で命中率も変わるから的がでかくて頑丈で派手な所で練習を」
「ハイネス・・・」
 ヒルダが呆れたように嘆息した。 戦争で遊ぶなと思っている。


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