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罪深き救世主③



 その『例外』が見つかることもなく、理一はちょうど十二年目の八月十一日を迎えた。
 そうだ。あの時は小学生だったから、ちょうど夏休みだった。
 仮説が正しければ今日中に彼は死ぬという事になる。

「タカシ……。俺は今日死んでしまうだろう。だから、遺言というか、そういうのを言っておくよ」
「……わかった」
「俺が大切にしてきたものがある。そこでだが、お前に頼みたいことがある」
「ん? なんだ?」
「オレは今まで秘密にしていたのだが、ある場所で捨て猫を飼っている。家族が全員動物嫌いでね……それで……お前にその世話をたのみたいんだ」
「わかったよ。安心しろ。お前の頼みなら、仕方ねぇよ。つーか、いま何時だよ?」
「十時十五分……」
「ということは、えーと、あと14時間後か……。その時、お前がまだ生きていれば、もう大丈夫ということになるんだな」

 それから十三時間後、運命の時間まであと一時間を切った。正確には四十四分だ。神に祈るような気持ちで、理一は時計に目をやる。一分なんてあっという間に過ぎるものだが、やけに一分が長く感じられる。秒針が刻むチクタクチクタクと言う音が、脳を揺らして衝撃を与えているかのように感じられる。
 心臓を鷲掴みにされているような息苦しさがずっと続いている。理一にその覚悟ができているかと言えば、当然だができていなかった。これは拒絶できないロシアンルーレットなのだ。ふつうでいられる方がおかしい。
 長い長い時間が過ぎた。たった一時間弱の時間なのだが、本当に長い。
 しかし長い旅路ももうすぐ終わる。明日まであと、1分……50秒……40秒……。理一の目は時計の針に釘づけになっている。

 残り10秒……9秒、8秒、7秒……。

 5、4、3,2、1

 …………

 秒針はすでに真上の12の数字を過ぎていた。

 生きてる。生きてるぞ! 俺は生きてる!!
 やった! やった!
 どうして良いのか分からないが、取りあえずガッツポーズをとってみる。
 ジャンプした。万歳をした。それでもこの気持ちは表せない。部屋を出て真夜中の住宅街の道路を全力疾走する。
「ワー! イェイイェイ!! ヒュー……」
 大声でひたすら叫び続ける。
 この喜びはこのまま疲れ果ててボロボロになっても収まらないんじゃないのか、とさえ思えた。
 しかし、十分もすると警察官二人に呼び止められた。
 !!
「ヤッベー!!」
 大声でそういうと理一は逃げ出した。あれだけ騒いで走りまくったのに、まだ、走れる。
 しかし警察官の追跡にはやはり敵わなかった。五分としないうちに取り押さえられてしまった。全身汗でびっしょり、大きく肩を動かしながら喘ぎ声が混じった激しい呼吸をしている。
 その場で散々に叱られる。やたらに息が苦しいと思った。

 そこで、大きく息を吸い込む。気が付くとそこは真っ暗で自分のベッドの上で荒い息をしている理一がいた。
「おれは夢を見ていたのか?」
 理一が枕元のデジタル時計に目をやると、青白い光が日時を示していた。
 08/07 AM4:12
大きく息を乱しながら、理一はしばらく混乱していた。
 理一は窓を開けて大きく深呼吸した。東の空は白みかけている。
「いったい、何なんだ? 今の夢は……」

 休日は7時には家族そろっての朝食だが、食事を終えて自分の部屋に戻ると、部屋のドアをノックする音がする。ノックの仕方でそれがあずみのものだと分かった。
 ドアを開けると、あずみの笑顔が目に入った。屈託のない笑顔。家族だけにしか見せない笑顔。

「お兄ちゃん。見つかったわよ。『例外』!」



(つづく)


※画像は『GPS<初回限定盤>』空想委員会(Official Website|http://kusoiinkai.com)のアルバムジャケットより。


ご褒美は頑張った子にだけ与えられるからご褒美なのです