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罪深き救世主②




 理一と藤原はラーメン屋を後にして駅へと向かっていた。

 彼らの前を如何にも営業マンという感じの三十代くらいの男が歩いていたが、突然胸を押さえて、その場へしゃがみ込んだ。

「どうしました!? 大丈夫ですか?」
 理一はその男を抱きかかえるようにして話しかける。
 だが、男はそのまま意識を失った。
「タカシ! 救急車!!」
「わかった――」
 わずかに青ざめた顔で藤原はアイフォンをポケットから取り出して、電話をかける。
「もしもし! もしもし! ○○駅前のロータリーで人が倒れました……いいえ、意識はありません……急いでください! ……はい、わかりました」

 しばらくするとけたたましいサイレンを鳴らして救急車が到着した。そしてパトカーも続いてやってきた。
「いいえ、たまたま前を歩いていた人です」
 理一は救急隊員に状況を説明すると、引き続き警察に事情を説明するために警察署へ出頭した。

 二時間後、理一はようやく解放された。
「ご協力ありがとうございました。ご希望の場所までお送りします」
「いいえ、ここから近いので、このまま歩いて帰ります」
 理一はそう言うと、倒れた人のことが無性に気になり思わずそれが口をついて出た。
「あの……倒れた方はどうなったのでしょうか?」
「残念ながら亡くなったそうだよ」
「……そうですか」
「あ、そうだ。ご家族の方からご迷惑をお掛けしたと直接お伝えしたいそうだが、連絡先を教えてもかまわないかな?」
「はい、大丈夫です」
「では、ご家族の方には伝えておきます」

 警察署をあとにした理一はふと思った。
 ……あの人、動物の血の臭いがしていた。なぜだろう?
 そう考えているところにスマホの着信音が入る。思わずぎくりとしてしまったが、画面を見ると妹のあずみからだ。
「お兄ちゃん! 何してるの? 今日は演奏会に参加しないの? 行かないなら私ひとりで先に行ってるからね!」
 趣味で二人共ジャズの演奏を楽しんでいるのだ。理一はサックス。あずみはピアノだ。今晩は仲間と集まる予定があった。
 妹に事情を説明して謝ると、何故かいつもなら愚図るはずの妹が素直に理解を示したのだ。そのことに何となく薄気味悪さを感じる理一であった。

 翌朝、あの亡くなった営業マン風の男の母親から電話が入った。
「もしもし、はい、そうですが、はい」
「本当にこの度は残念なことに……いいえ! とんでもありません。……ああ、そんなお気になさらないでください」
「あの、ちょっとお聞きしてもいいですか?」
「ええ、あのですね。どんなご職業だったのでしょうか?」
「はい、そうです。ええ? 食肉製造業! それは本当ですか?」
「もしかして、息子さんは屠殺現場を目の当たりにしていませんか?」
「はい、やはり、そうでしたか……それでいつの事でしたか? あ、いえ、不躾ですみません。…………え?!!!!」


 偶然なのだろうか? それとも神は同じ運命を辿った人を見せて、理一を弄んでいるのだろうか?

 今回のことで理一はひとつの確信を得た。それは、最初に屠殺現場を見た時から、キッカリ十二年で一日も違わずに高確率で突然死に見舞われるということである。

 それでは他の二十四例も同じなのだろうか?

 ……。


 二十四例中三例はすぐに調べがついた。その結果は例外なく十二年目の同月同日であった。
 それの意味するところは理一の命はあと一週間もないかもしれないという事である。正確には六日と十八時間三十四分になる。八月十一日。この日が命日になるかもしれない。
 ……あと一週間後にはおれは死んでしまうのか?
 いや! 必ず、逃れる方法があるはずだ! 死んでたまるか!
 理一は覚悟を決めた。もう悠長になりふりなんて構えていられない。思いつく限りのことをためすのだ! と。

 ……そうだ! こういう事はあいつに聞いてみよう。
 
 理一は妹のあずみの部屋のドアをノックした。
「おれだ。あずみ。ちょっと相談にのって欲しい。緊急事態なんだ」
 すると、すぐにドアが開いた。妹と言っても双子の妹なので、ずっと同じ学校で同じ学年であり、しばしば同じクラスになる事もあった。
 兄と違って秀才で先生のお気に入り。おまけにどこかのモデル並みのスタイルと女神を想わせるような美貌を併せ持っているのでモテモテである。毎日見ていれば全くありがたみは感じないのだが……。

「お兄ちゃん……それってほんと?」
「こんなこと冗談で言ってどうする? それで俺に何か得なこととか楽しいことなんてあるのか?」
「まあ、そうよね。じゃあ、取りあえず信じるよ」
「サンキュウ……お前に相談してよかった」
「まず、データの信憑性をもう一度検証する必要があるわね」
「確かにそうだが……」
「どうやって調べたのか、データのソースは信頼できるものなのか。まず、そこのところからね」

 理一はデータ入手の経緯やソース、分析方法などをまとめたディスクを手渡し、補足説明を加える。あずみはそれに目を通し整合性を確認し、疑問点を洗い出す。

 翌朝、あずみは理一に告げる。
「お兄ちゃん。わかったわ。簡単よ。物事には必ず例外があるのよ」
「例外?」
「そう、れ・い・が・い!」
「じゃあ、俺は助かるのか?!」
「ちょっと、待って、結論出すのはまだよ」
「私なりにもう一度調べてみたいの。だから少し時間を頂戴」
「いや、でももう時間がないのはわかってるよな」
「もちろんよ。そうね。二日あれば十分だから」
「わかった。任せる。俺にできることがあれば、お金でも何でもいくらでも言ってくれ」
「あら、ずいぶん気が利くのね」
「当たり前だ。自分の命がかかっているんだ」
「そうね。死んだりしたら、お金も必要ないものね」
「…………」
「あら、どうしたの?」
「なあ、まさか一人で調べるなんてしないよな? 俺なんてあれだけの資料をそろえるのに何年もかかっているんだ」
「大丈夫よ。知り合いに結構大きな探偵事務所の社長をやっている人がいるからその人に依頼するわ」
「ってお前、お金はどうするんだよ!」
「ふふっ、大丈夫。私にまかせて。タダで全社員を動員させるから」
「どうやって?!」
「それはヒ・ミ・ツ」
 あずみはその透き通るような白い手で彼女のサラサラの長い髪の毛先をクルクルといじりながらそう言った。その瞳は妖しく輝いている。

「おまえ、危ない事だけはしないでくれよ」
 理一は一片の不安を抱えたまま、あずみに賭ける自分がもどかしかった。
 しかし理一は不安を消し去ることができないまま、ただ待つような人間ではなかった。彼なりに出来ることはやろうと思ったのだ。
 ……あずみは『例外』って言ってたな。そうだ! 同じ状況なのにまだ生き残っている人を探す。できれば複数人見つけ出す。そうすればおのずとその方法が見つかるというものだ。

 そうだ。そういう事なんだ。でもどうやって探す? 時間がない……。



(つづく)


※画像は『ビジョン/二重螺旋構造<通常盤>』空想委員会(Official Website|http://kusoiinkai.com)のシングルジャケットより。

ご褒美は頑張った子にだけ与えられるからご褒美なのです