見出し画像

罪深き救世主⑥(最終話)



「何のことだ? 作り話って?」
 理一には妹が口にした言葉の意味がまるでわからない。

「すべては私が仕組んだことなのよ。ベジタリアンのお兄ちゃんを救うためにね」
「はぁ? だって、データがあるだろ? 俺が何年もかけてコツコツ集めたデータが」
「ああ、あれね。お兄ちゃんが食肉製造業に興味を持っているのは私も知っていたの。だからね。偽のデータをお兄ちゃんが掴むように仕組んだんだ。お兄ちゃんはまんまと騙されたってわけ」
「…………」
「あ、でもね。ラーメン屋さんからの帰り道で偶然倒れて亡くなった人のことは本当の偶然だからね。あの時お兄ちゃんに電話したでしょ? その時わたし思いついたの」
「……何をだ」
「遺族の方からお礼の電話があったの。そのときに兄は海外出張の準備で多忙なのでお伝えしておきますって、わたし嘘を吐いたの」
「おまえ……」
「それでね。会社の同僚にご家族の振りをするように頼んでお兄ちゃんにこれまた偽情報を流したってわけよ」
「……ということはここにいる佐々木さんは……」
「そうだよ。理一君。私は君の妹さんに頼まれて演技をしていたという訳なんだ。すまなかった」
「そうなの。佐々木さんはうちの会社の社長よ。社長、この度は本当にありがとうございました」
 そう言ってあずみは佐々木社長に頭を下げた。
 狐につままれたような気分とはこのようなことを言うのだろう。わずかに働いた頭で理一はぼんやりとそう思った。
「さあ、気分直しにもう一杯行こうではないか。店主。今日は置いてあるかね。オー・ブリオンは」
「はい、ございます」
「…………」
「お兄ちゃん! しっかり味わうのよ」
 次から次へと出される肉料理と素晴らしい時間を過ごせる空間。それはこの世界の住人が作り出した幻の天国へと人々を誘う。いつの間にか理一もその世界に引き込まれていった。
 楽しい時間を過ごした三人は店の前で解散となった。佐々木社長には待たせている車があったからだ。
 理一とあずみは夜の銀座の雰囲気を楽しみながら駅へと歩いていった。

 一晩で三十万近い大金を使って肉を食べる。普通の人にはなかなかできない経験だろう。そう考えると理一は身震いした。しかし騙されていたとはいえ、失くしたと思い込んでいた命を再び取り戻した気分は最高だ。そして肉という食べ物が彼の人生の一部に加わり数え切れないほどの喜びを今後の人生に与えることだろう。

「お兄ちゃん。どう? 私が女神様に見えるでしょう?」
「いや、そうには見えないな」
「じゃあ、何に見えるの?」
「そうだな。敢えて言うなら罪深き救世主かな」



(おしまい)


※画像は『ビジョン/二重螺旋構造<初回限定盤>』空想委員会(Official Website|http://kusoiinkai.com)のシングルジャケットより。


 



ご褒美は頑張った子にだけ与えられるからご褒美なのです