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18禁じゃないスピリチュアル 緑のドア 〜変調

こんばんは。id_butterです。

今日もただの脳内妄想、自己満足100%でお届けするので、必要のない人は全身全霊をもって避けてください。。。

▼前回


●アーニャside

「わたしの後任になる、薬師のザイオンよ。」

そうサキに紹介された目の前に立っている男を見て、ひっくり返りそうになった。自分の絵の中に登場した、空想上の男が現実に現れたのだから、当然だと思う。
けれど、誰も驚いていないようなのだ。

もしかして誰も気づいていないのだろうか。
わたしにしか、わからないのかもしれない。
このひとはなに。

怖いのに、どこか懐かしさがこみ上げる。

この男を描いたときのことが急に思い出された。
何度も描いては消し、最後は正確に描くのをあきらめた。
輪郭を描こうとして目を凝らすと、ぼんやりする。全体の特徴を捉えようとすると、頭の中でできたイメージを描こうとする瞬間、砂のように崩れ落ち消え去っていくのだった。
誰かがこの男の存在を世に残すのを嫌がっているようだった。

怖いのは、彼の目だ。
すべてを見透かされてしまいそうだった。

どこか懐かしいのは、ヒースのおじいさんに似ているからかもしれない。
おひさまをまとっているような、柔らかな黄色のオーラ。
そして、違うのは同時に闇を統べているところだった。
歩く彼の跡を闇が追っているように見える。

得体の知れない男だけれど、特に支障はなさそうだった。
月に数回顔を合わせるだけだ。害がないだけで十分なのだった。


●サキside

衛兵に案内されて現れたその男は、あの頃と全然変わってなかった。
得体が知れないのに、なぜか安心感がある。

「お久しぶりです。」
声をかけると、口の端が少しだけ上がる。
慣れた人にしかわからないその笑顔も、変わってなかった。
「元気そうだな。」

目が合っただけなのになぜかふと涙がこみ上げ、慌てて引っ込ませる。
「なれなれしいですよ、ほんと。」
「気が強いのも、相変わらずだ。」
笑っていて、完全に男のペースなのが腹立たしい。
経過した時間を感じさせない、絶妙な距離感を心地よいと感じる自分はもっと腹立たしい。けれど、何より感謝が上回った。

「まぁでも、来てくださって、本当に助かります。」

「素直だと気持ち悪いな。」と笑っている男は無視して、疲れているだろうから、と早々に会話を切り上げる。
仕事は明日から徐々に進めると説明し、夕飯を一緒にとる約束をとりつけるだけでこの場は十分だった。

少し離れているヒースが、こっちを見ているのを背中に感じる。
なぜか少し気まずいので振り返らないことにした。
その空気を振り切るように、急いでこの場を終わらせる。

「アン、お部屋に案内してあげてくれる?」

胸がざわついている。
何かのスイッチを押してしまったような気がした。


●ヒースside

例の薬師の男とサキが会話を交わすのを見ていた。
サキが小さく見える。
あんなにかよわい女だっただろうか。
あんな風に笑う女だっただろうか。
それは俺の知らないサキの一面だった。
子どものころから一緒にいるはずの、サキに知らない部分が存在することに苛立ち、同時にその気持ちを打ち消した。

腹がモゾモゾする。
最近、こんな風に感じることが増えて、なんだか落ち着かない。
手の中に握りしめていた大事なものが、別のものだったと気づいたときのようだ。

「では夕飯のときに。」
とこちらに声をかけてくれた男に会釈しながら、後ほど、と返す。

去っていく後ろ姿を見ながら、あらためて思う。
男に不審なところはなかった。
以前と変わっていない。
塔に上がってきたときも息ひとつ上がっていなかったから、体力も落ちていないようだ。薬師の能力も以前と変わっていないなら問題ない。
後任として、これ以上の適任はいないだろう。

目が気になった。
あの男が、アーニャを見る目はなぜあんなに優しいのだろう。アーニャほどでないにしろ、俺やサキへの向ける視線も特別なように思える。
気づけばひどく懐かしい、愛おしいものを見るような目をしているのだった。いつも、誰にでもそうなのだろうか。村にいるときはそんなに人と関わろうとしているようにも見えなかったが。
じいちゃんと似た雰囲気はここから来るのだろうか。

それなのに、あの男がそこにいるだけで不安になる自分がよくわからない。
根底から何かがひっくり返されるような予感。
足元がぐらついているような、何かを見落としているような不安。

けれどそれは、男の問題ではなく、俺側の問題なのかもしれなかった。


●アンside

紹介された薬師の男性を見て、アーニャ様は驚いていた。
そりゃあそうだろうと思う。
わたしも驚いた。

だって、アーニャ様の中にいるひとたちとあまりにも似ているのだった。
影が少しだけ薄くて、幾重かに層が重なっているような感じ。
目を凝らしても、一人の人間として姿をとらえきれず逃げていく。位相がずれていて、この世のものではないように時折感じる。

そのひとが動くと、周りの空気も蠢く。
光と闇を同時に背負っているようなひと。

けれど、サキ様もヒース様も何も感じていないようだ。
お二人とも、以前からその薬師と知り合いのようで、和やかに言葉を交わしている。その姿に違和感はなかった。

男を部屋に案内しはじめると、なぜか心臓がバクバクを音を立て始めた。

男の部屋に入り、ひとしきり説明をした後鍵を手渡す。
「ではこれで。」
と部屋を出ようとしたら、呼び止められた。

「おい、あんた。男が怖いのか?」

顔がこわばった。
そのことがわかったのか、男の口調は少し柔和になった。

「そんなんで、だいじょうぶなのか?」

意味がわからないのでそのまま返す。
「どういう意味ですか。」

「自覚がないのか。あんた時々ひどく腹が痛まないか?それと、夜うなされないか?…心当たりはあるんだろう。」

容赦無く切り込んでくる男だった。
睨み返そうとしたけれど、男の目が心配そうにこちらを見つめていることに気づいて、目をそらす。

「気のせいじゃないですか。」
と部屋を出ようとしたけれど、腕を掴まれて引き戻される。
怖い。抵抗する。心があの日に戻されそうになるのを必死でこらえる。
「離してください。」
声が震えるのを止められない。

「まぁ、ちょっと待て。ベッドに横になれ。俺を信用しろよ。楽にしてやる。他のやつに知られたくないんだろう。このまま体調不良が続けばどうなるかわかってるんじゃないのか。」

秘密を知られていることを確信した。
屈辱で顔が赤くなった。
けれど、軽い口調とは相反する男の真剣な表情に抵抗する力が消えていく。
それに、どうせ失うものはもうないのだから、という気持ちが後押しする。

今日初めてあったうさんくさい男に背中を押され、自分でベッドメイキングしたばかりのベッドに横たわる自分は他人のようだ。
体の感覚が消え、体温が感じられなくなっていく。

「まぁ、そんな悲観するな。目を瞑って、力を抜いていろ。」

男の目に同情がなかったのは唯一の救いだった。
なぜ、このひとはわたしの秘密を知っているんだろうと思ったけれど、アーニャ様の中の存在たちのことを思い出せば、そんな疑問も消え去る。
あれらとこのひとは近いところにいる。
寒気がする。
けれど、男の手は温かく、優しい。
はじめての感覚に戸惑う。
わたしは混乱している。

目の前の男は何者なのか。
疑問は膨らむのに、手の感触に警戒が消え去っていく。


▼続きます。


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