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#30 真昼の月みたいなところ

こんにちわ。id_butterです。

人生で最高に不幸な時に恋に落ちた話 の30話目です。
突然ですが、今回はわたしのすきなひとの話をしても、いいですか。

変だと思うのだが、目の前にいない時の彼がすきだ、とわたしは思う。
わたしには見えないはずの、裏側の彼。
それは真昼の月のようで、いつもは見えないのだけれどそこにある。
離婚することがなかったら、あるいは今のわたしじゃなかったら、きっと気づかなかった。
今がすぎたらこの気持ちもどこかにいなくなってしまうかもしれない。


目の前の彼は、どこにでもいそうで意外とどこにもいないふつうのひとだ。
欠点がなさすぎて、現実感がなくて、逆にうさんくさいくらいふつう。
そう思っていたときは、彼のことをなんとも思っていなかった。
わたしの人生には、関係のないひとだった。
上司ではあるけれど、上司なんてすぐかわるものだ。
わたしの感想は、「今回の上司運はよかった。この人のことはよくわからないけど、とりあえず普通にいいひとだ、代わるまで適当にうまくやろう。」という、それだけだった。

彼がどんなひとかを書いてみる。
いつでも誰とでも同じようにゆっくりと丁寧に話すひとだ。
そつなく仕事ができるけど、偉ぶっているわけでも卑屈になるわけでもなく、常にフラットだ。
わからなければ、わからないと素直に質問して誰にでも教えをこう。
それでもわからないことは自分で調べて的確なアウトプットを出す。
物事をなるべくシンプルに捉えられるようにことばを選んで話す。
しんどそうなひとがいたら、それとなく声をかけて確認する。
ひとを責めているところを見たことがない。
ちょっと隙があって、愛嬌もあって、彼を嫌う人はあまりいないだろう。
服装は覚えていないくらい、尖っているわけでもダサいわけでもなかった。
いつもひょうひょうとしていてどことなくのんびりした雰囲気を醸し出す。
でも野心はありそうで、実はちゃんと考えて立ち回っている。
完璧すぎる。
要は「高め」のひとで、わたしには縁がないタイプ。
だけど、結婚していない。なんだか怪しい。
本当はちょっと腹黒いかもしれない、あるいは男性が好きなのか?なんでもいいんだけど、何かあってくれないと落ち着かないような気がする。


わたしが彼に目を向けるようになったのは、「だいじょうぶ?」と声をかけられてからだった。( #1
わたしが一番しんどいとき、わたしがおかしいことに気づいた唯一のひと。
毎日会っている家族すら気づかなかったわたしの違和感に、毎朝30分zoomでMTG(1対1ではない)するだけの彼が気づいた。
30分のうち、わたしが発言するのは30秒くらいだ。

「おかしい。」

わたしは、焦った。
たかをくくっていたのだ。誰も気づかないと思っていた。
いつものように目立たない感じで周囲に合わせられていたはず。
(彼はのちにいや、あきらかにへんだったけど?とのたまった。)

このときのわたしはひとのことを見ることがとても得意だが、見られることはとてつもなく苦手で、なんなら恐怖すら感じていた。(わたしだけじゃないかも。)
どうして気づいたんだろう、どういうつもりなんだろう、が頭をぐるぐるかけまわっていた。

それから、わたしは彼の観察をはじめた。(よく考えるとヤバイ人だ。)
上司として1対1で話すのは、2週間に一度くらいだったので、情報収集はチームのMTGが多かった。

彼が発言にすごく気を使っていることに気づいた。
雑談しているときの声とファシリテーションしているときの声が違う。
たぶん、声のトーンも話のピッチも意識されたものだ。
あまりにも自然だったから、ただ穏やかなひとだと思っていた。
誰にでもわかるようになるべくやさしい表現を使う。
質問しやすい雰囲気になるように適当に笑いを挟んだりする。
ちょっとでもひとを傷つけそうな発言をしたらすぐに言い方を変える。
細かい気遣いが散りばめられていることに気づいた。

もともと、そういうひとなんだと思っていたけど、違った。
彼は努力して、今の彼を作り上げているんだ。
そう思ったら、なんだか感動してしまって、勝手に彼をうさんくさいと判断した自分が恥ずかしくなった。

ここまでだったら、「プロだな、すげー」で終わっていたかもしれない。
ここからが本番だ。

彼は優しいだけのひとではない。
わたしは、彼の上司が失礼ともとれる発言をしたときにその場で異議を唱える彼を何度か見た。穏やかないいかたではあったけど、毅然とした態度で異論を挟む余地がないような言い方をしたので、上司はその場で間違いを認めるしかなかった。彼がそういう態度をとるのは、だいたい仲間に何かあったときだ。
部下であるわたしには見えないところでも、たぶん彼は戦っていた。

そして、わたしが離婚すると決めてから、隔週に行う1対1でのMTGでの会話が濃くなり、彼を知る機会が増えた。
上司である彼に、今後の勤怠等々の話を相談する必要があった。

「離婚することになりました。」
そう言ったわたしに、彼は驚いていたものの、それでも思いやりのこもった対応を崩すことはなかった。
離婚理由などには一切触れず、わたしの話に相槌をうちながら、淡々と上司である自分がすべきことだけに焦点をあてているように見えた。
途中、あまりにも驚いて「え、別居してるってこと?」と口をついて出た発言は「いや、ごめん。」とすぐに引っ込められた。
以降、部長やその他必要な人への説明は、彼がすべて行ってくれて、わたしは淡々と仕事をしていればよかった。
それ以来、いたるところに彼の思いやりを感じることになる。

いつもより少し長めに設定された納期、自分だけで完結できるような業務の多さ、など至るところにそれはあらわれていた。
離婚の話を部署のみんなに言おうとするわたしを、Kさんが「いう必要ないんじゃない?」とやんわり制したので、タイミングを逃したのだ。

↑は #28 優しくされたらダッシュで逃げたくなってしまう件 からの抜粋だ。
これはわたしに見えている部分なので、おそらくこれ以外にもあった。

「いつもより少し長めに設定された納期」については、本人に確認したことがある。
「…いや、してない、適正な納期だよ……いや、したかもしれない。」

はい?
どうやら、彼には自覚がないらしい。
わたしは、このことにとても驚いた。
彼もわたしと同じように、無意識に操られているひとなのだろうか。
やっている自覚がないから、彼のやさしさは見返りを期待していないのだ。

人生で一番つらかったわたしに気づいてくれた彼の視線には、わたしが心配していたような害はなかった。ほんとうにただ純粋に心配してくれただけ。
今までも、ずっとその視線はあったのに、わたしが気づかなかっただけ。
もうひたすらに自分が腹立たしかった。
劣等感やら過去のトラウマやらで、ひとを見ようともしないで、勝手に判断してきたことがほんとうに情けなかった。
勝手にひとりだと思ってただけで、彼だけじゃなく手を差し伸べてくれたひとはいたのかもしれない。
今まで、わたしはやさしいひとを傷つけてきたかもしれない、と思った。

このことに気づいてから、わたしの世界はやさしいものになった。
気づけば、周りはやさしいひとであふれていた。

今まで、どちらかというと逆ばかりを考えてきた。
見えているそのひとは、仕事をしているときのそのひとだということ。
よくも悪くも、目の前にいるそのひとは100%じゃない。
仕事だからあるいは利害関係があるから、そのひとは今こういうひとだけど、プライベートでは別のひとだ、と。
裏側にはわるいものしか隠れてないと思い込んでいたのだ。

いや、わからないふりをしていただけかもしれない。
知ったら今の自分が惨めになるから、その暖かさに慣れたら元の場所に戻れなくなるから。

思えば、たぶん気づかないやさしさはたくさんある。
こころの中で誰かを思っているとき、誰かを見ているときにそれは存在している。
誰でもその人を傷つけないように言葉を選ぶ瞬間があるはずだ。
その選ばれなかった言葉は、やさしさによってその人に届かなかっただけで、無数に存在していたのだ。
選ばれた言葉だけが外に出て、相手に届くのだ。

そういう感性がわたしの中に息づくようになり、それを芽生えさせてくれたのは彼だった。
それが彼をわたしの中で特別にしたのだと思う。

それから、彼がしてきてくれた様々なことの裏側がわかるようになったり、わざとしないでおいてくれることがなんとなく見えるようになった。
彼は、周囲が働きやすいようにいつも何かを考えてくれたり、何かをしてくれたり、あえて放っておいたりしてくれるけど、見ていてくれる。
よい仕事をすれば、反応が返ってくる。

彼の中で消えていくやさしさは他の人より多いように思えた。
MTGで話すうちに、そう思うようになった。
彼から出てきたやさしさは、たくさんの小さなやさしさから取捨選択された極上のものなのだ、たぶん。
だから、わたしをとりまく空気がこんなに心地よいのだ。

それは、あたりまえじゃない。
そう思ったのは彼の弱さを見たときだ。

彼が体調を崩したことがあった。
もしかしたらうつなのか、と考えてしまうほどに、彼はいろいろなことがあたりまえにできなくなっていて、そんな自分をおかしいと思っていながらもどうしようもないようだった。
心配だったけれど、心配していることを表に出すことのデメリットを考えて何もできないでいた。
体調を崩すこと自体がキャリアに影響してしまうこともあったし、何より体調が悪いと周囲に思われていると彼に意識させて、プライドを傷つけることは避けたかった。

とはいえ、世界が端から少しずつ崩れていっている、色褪せている、そんな感覚がきていた。
彼が大事に作り上げてきた世界がこんなにももろく崩れはじめたことで、皮肉にもわたしは初めて彼が今まで日々重ねてきた努力に気づくことになった。わたしは、なすすべもなくそれを見つめていた。

それでも、わたしは結局おさえられなくなり、つい1対1の面談で「だいじょうぶですか?」と聞いてしまった。
彼は「僕、プライベートが雑なんですよ」と自嘲しながら、胃が痛いこと、夜についお酒を飲んでしまうこと、もうやめなくちゃいけないと思っていることなどをぽつぽつと話してくれた。
そんな風に弱みを見せる彼を見たのははじめてで、わたしはそのことにいたたまれない気持ちになった。
いつも穏やかで明るく元気な彼と接してきた。ちょっと疲れていることはあっても、落ち込んでいたことなんてあっただろうか。
ただの部下であるわたしの前で無防備な彼の姿が胸に痛い。

彼は、受け取ってないんだ。
そう思った。
彼が周りを思いやっていることに、気づいているひとだってわたし以外にもたくさんいて、その人たちだって彼を思っている。
その気持ちは、彼に届いていないんだろうか。
それに、仕事をあれだけがんばってること、それは彼のコンプレックスなのだろうか。
いろいろな気持ちが渦巻いて、なんだかくやしくて涙が出そうになった。

受け取ってよ!

そう、わたしは爆発してしまった。( #8 のときの話です。)

わたし、Kさんがだいすきです。

Kさんいつも周りの人のためにいろいろ考えてくれて、やってくれてますよね。わたし「だいじょうぶ?」って聞かれるまで、それに気づけなくてごめんなさい。でも今はわかってますから。
だから、全部肯定します。
Kさんは上司だから、わたしに話せないこととか言えないこととか立場上たくさんあるじゃないですか。
でも、中身なんてどうでもいいことです。
わたしは、Kさんの仕事も判断も今までずっと見てきました。
Kさんが間違ったことは一度もなかったです。
フォローだってずっとしてきてくれたのも知ってます。
わたしはそれに助けられてきたんです。
全部信じてるから、見えないところでやられているKさんの仕事も、全部肯定します。
わたしはただの一人の部下だけど、できることがあります。
絶対に裏切らない、敵にまわったりは絶対にしない、味方です。
Kさんの仕事は全部受けます。
ただ鵜呑みにしてやるんじゃなくて、ちゃんと自分なりに解釈してパフォーマンスを出します。
どんなに無理でも、Kさんがわたしに依頼する意味があるって今はわかってますから。

だから、元気になってください。
病院、自分で予約しないならしてあげましょうか?
倒れて入院でもしたら、病院に行って目の前で泣きますけどいいですか。
わたしだけじゃなく、心配している人他にもいますよ。
その人たちも全員連れて行きますから。

彼はびっくりしていたと思う。(そりゃそうだ。)
というか、実はそれを狙っていた。
ショックを受けたら、我にかえるんじゃないかなと思ったのだ。
そのショックを受けさせる方法に自分の告白くらいしか使えるものがなくて、使ってみた。Kさんを離婚かそれ以上驚かせる方法が他に思いつかなかった。

どこまで何が彼に伝わったのかは正直よくわからない。
ただ、結果としてお休みが明けた後翌週からの彼は元通りになっていた。
弱っていた姿が幻と思えるほどに、いつも通りだった。
本当に回復したのかどうかはわからないけど、安心した。

その後、彼はそのときのことを単なる不摂生ですから、で通した。
まぁプライドもあるんだろうし、そうしておいてあげようと思う。
彼がいつも通りだったらわたしはそれでいい。

わたしは、季節の話とかを少し業務中に挟むようになった。
「今夜は満月です」そう言えば彼はお酒を飲んでいても、少しは空を見上げてくれるかもしれない、ひとりで飲んでるより月を肴に飲んだ方がちょっとはいい気がする。そんなことを願って、毎日を過ごす。

こうやって、わたしは日々恋をしている。

わたしの恋は生活とともにある。
恋は箱のような感じである。
彼が「だいじょうぶ?」といってくれたとき、わたしの心の中に箱のようなものがぽんと置かれた。
空っぽの真っ白な大きな箱。
わたしは、毎日少しずつ彼を知って、そのたびに箱に色を塗る。
思ったことのカケラをその箱にしまったりする。
箱から、カケラを出して眺めてみたりする。
そうやって、日々恋を更新したり、味わったりしている。

わたしの片思いはそんな感じだ。
いや、そもそもこれは恋なんだろうか。
こんな気持ちははじめてで、よくわからない。

彼に近づきたいとか、彼が欲しいとか、そういう気持ちはもちろんある。
けれど、丁寧に過ごす日々と、彼を知ることと、仲間と仕事と、そういう毎日が愛おしくてたまらない。
彼がかかわってくれた、わたしの世界を紡いでいくことが楽しい。

だから、変なのだけれど安定して恋を続けたいと思う。
やさしくされたら、グラグラする。
甘えたいときだってある、だけど依存するのは心底怖い。
しんどいときはもうあきらめちゃえば楽になれるよ、と誰かが囁く。
…これはわたしの負けだな、と思うこともあるし、彼にいったら「いやいや、負けとかないでしょ」と言うだろうなとか考えてぐるぐるする。

彼は、わたしがすきなことを知っていると思う。
だけど、なんだろう拒否をされているわけでも100%受け入れられているわけでもなく、彼も毎日をふつうに過ごしている。
彼は、わたしのはなしを聞いてくれる。

「なんだか、最近すごく〇〇さんのことを理解した気がする」

と言われて、まぁいまのところこのまま恋を続けよう、に落ち着いた。
そして、せっかく神様がくれたギフトなんだから楽しんでしまおう。

わたしは、彼のプライベートを全然知らない。
だから、わたしが恋をしている彼は全体の半分くらい。
だけど、彼だけじゃなく、彼の仕事もすきだし大事に思っている。
だから、このポジションから彼を見ている今も貴重な時間だ。

そんなかんじで俯瞰して自分の恋を捉えることは、わたしを少し落ち着かせてくれる。
そういう風にそばにいたいのだ。
燃えるような一時的な感情とかで彼を邪魔したりしないで、だけど自分を殺したりもしないで、ありのままのふつうモードのわたしで上手にふわふわ一緒にいたい。
溺れないで、甘い恋にほどよく酔いながら波間をゆるゆる漂っていたい。

今の結論は、こんな感じだ。
書いたものを読んでみて、ところどころ、わたしがこどもっぽすぎてばかみたいな瞬間がある。
だけど大人になったから、思う存分こどもみたいになれるんだ、きっと。

真昼の月って、なんだか複雑恋愛の匂いがすると最後に思った。

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