見出し画像

教育は、「学齢期の子どもたち」だけの問題じゃないんだけど

…と、高等教育(高等専門学校や大学生)の課程にある若人たちが声を上げた。

6月1日の本日から、学年度末試験期間突入なのでこのタイミングであるわけだ。

例年なら大教室で行われる学部生の筆記試験につき、ゲント大学は「フランダースExpo」という、幕張メッセ的な見本市会場を試験場として実施する、と既に発表しており、

本日は、そうした変則的試験実施ということと併せ、
学生たちが「高等教育を受ける権利が十全に満たされていない。我々は無視されている」と強く感じていることについて署名運動(geef ons een stem;「我々に声(or投票権)を与えよ」の意)を展開した結果、

フランダース教育相が本日コメントを出して反応せざるを得なくなった、というのが報道されていた。

フランダース地域の大学生は約30万人、そのうちの2万4000人ほどが、上記署名運動に賛同したという。10%弱。有意かなあ?

ベン・ウェイツ(Ben Weyts)フランダース教育相は「学生連合や教職員代表部と話はして来ており、順次対策は講じてきている。報道されないからと言って、無視しているとか無策だとかは当たらない」「既に、今学年の単位は基本的に全員に出すという形で、不利益を最小限度に留めると通達済みである」等と述べた。

いや、問題はそこじゃない気がするぞ…?!

高等教育は政府の対策において優先順位が低く、オレら無視されてんじゃんね、と学生たちに思わせてしまったこと、が問題であろう?

署名運動を展開した学生たちは「我々はシグナルを出さなければならないと思った」と言っている。

一昨日も書いたけど、

ベルギー政府(本件についてはフランダース政府、と局限するべきかもだが、他地域だと劇的に違う、というはずもないので国全体に敷衍しても問題ないと思う。いやホントは大問題になってくれ!なんだけど!)は、基本的にコミュ障であり、外圧に弱い。ここいら、すんげえ日本と似ている気がしてしまう。

良くも悪くも、結構いろいろやってるのに、伝え方がヘタクソ(または、単に伝えてない)なため、余計な摩擦が発生して全体としての効率が有意に低下してしまう、というあたり。

…行政とか政府とか、そもそもユニバーサルにそういう宿命を持ってるだけ、の話ということなんだろうか?

2020/06/01(月・祝)公表のデータ

感染が判明し入院している人の数: 807(前日比+25)
のべ感染者数:58.517
新規感染者数:136
ICU収容患者数:163(前日比-5)
のべ退院者数:15.919(前日比+32)
のべ死亡者数: 9.486(+14が病院、+5がWZC(うち陽性確定は100%):計+19)

ただ正直なところ、高等教育と初等教育は、同じ地平でする話ではないという気がする。

高等専門学校など、物理的・身体的に経験からしか学べない技術習得系の教育機関については確かに、「教育を受ける権利」というのは、卒業生の質的担保(クオリティコントロール)という意味でも、厳密に扱われるべきである。

でも大学はどうかな?

「教えてもらう」場所じゃないんじゃないの?
「教育」を経て、「研究」に入っていく鍛錬をするところ、なんじゃないの?
「教授が教えてくれない」って、大学生にもなって教授にそんな期待してたの?

「先生に教えてもらう」高校までとは違って、
「教授を使って知りたいことをもっと分かるようになる」のが大学じゃないの?
だったらコロナ禍で、余計な必須うんたらが減ってラッキー、とは考えんのかな?

…という、イマドキの大学生のメンタルに対する違和感が、どうしても先に来てしまうな。

もしかしたらこれは、「古き良き時代の学府」の観念にどっぷりの、迷惑老人の繰り言に過ぎないんだろうか(- -;

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?