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あちらこちらで環境問題と(Here and there)

本記事は、Bruno Faidutti氏が2021年12月28日に投稿した「Ici et là-bas(英題: Here and there)」の翻訳である。

環境問題が騒がれ始めて久しく、SDGsといった言葉が盛んに取り上げられている。ボードゲーム出版社も環境問題に対応している旨の発言を目にする機会が多くなった(本記事末尾の「持続可能なゲーム社会」という記事には、そういった出版社の取り組みが紹介されている。)。

今回のFaiduttiは、ボードゲーム出版社が環境問題に対応することについて否定的な話をするのかと思えば、否定的には捉えていないことがわかる。そこからむしろ予想もしなかったところへ話が飛んでいく。そこは、思想が特別な意味合いを持つ国である"フランスの"教師であり、歴史学者・社会学者という背景も持つFaiduttiならではなのかと思われる。

なお、元記事は昨年末に投稿されたものであり、今の世界情勢を反映してないことになる。念のために、あらかじめ指摘しておきたい。

本記事の翻訳・公開は、Bruno Faidutti氏の許諾を得ている。元記事は以下のリンク先を参照されたい。また、ヘッダー画像はみんなのフォトギャラリー機能を利用させていただいた。

クレジット: Bruno Faidutti

この数か月、突然、大小を問わず、ゲーム出版社が、自分たちに環境問題に対する意識があること(an ecological awareness)に気づき始めた。次から次へと、今後はミニチュア、インサート、包装といったプラスチック素材をゲームに使わないようにするとか、はたまた製造拠点をヨーロッパに戻そうと計画しているとかを公言している。アメリカではそうでもないようだが、この理由を見ていこう。

私は、それに関する数字(the numbers)を持ち合わせているわけではないし、そんなものが実在するかすらもわからない。しかし、おそらくリサイクルに最も適切な内容物であろう紙やボード紙を多く使っていることや、最終消費者(end customer)から近い場所で製造していることといった、ゲームに関する環境フットプリント(environmental footprint, ※製品や企業活動が環境に与えている負荷を評価するための指標)は、地球の裏側で製造されている、たくさんの内容物が詰め込まれて過剰に包装されている(overpacked and overwrapped)ミニチュアゲームの環境フットプリントよりもかなり低いことに疑いがようがない。こういった環境危機は起こるべくして起こるものだが(bound to)、環境被害を減らすために何もしないわけにはいかない。そういうことで、私はこういった動きを喜ばしく思っている。私は、中国よりも、ドイツ、ポーランド、チェコでゲームが製造されたほうが好ましいと思っているが、そうはいっても、この話題に関する出版社の話の偽善、不明確さ、限界について指摘しておきたいと思う。

おそらく、多くの人たちは、わずかであっても、経済を脱炭素化する(decarbonize the economy)ことに貢献できたことに安心感を覚えるだろう。だが、出版社が実行に移そうとしている、あるいは検討している(※製造拠点の)移転の主な動機は、エコとはほとんど関係がないものである。要は、環境的な意味合いとは別の意味があるわけだ(another shade of green, ※直訳すれば「緑の色合いとは別」となる。)。

だいたいこの20年間で、出版社のほとんどが、中国でゲームの一部又は全部を製造するようになった。同じドイツ製の機械を持っていることから、同じ品質を求めるのであれば、(※中国のほうが)賃金が安いおかげで製造費が安くなるので、そうしているわけだ。それに、今では中国の印刷会社がヨーロッパに代理店を設けており、そこまで手間がかからなくなった。

中国のHS Factory

しかし、近頃、出版社の中には、主に2つの理由から、既に製造の一部又は全部を変えたり移転させたりし始めているし、それを検討しているところもある。

まず、第1の理由は、西洋社会から中国への大規模な外注(outsourcing)がされていることもあり、賃金や、その結果としての製造費が着実に上昇し、Panda、Wingo、Longpack、Magicraft(※いずれも中国のゲーム製造工場)にゲーム製造を外注したところで、徐々に、しかし容赦なく利益が減ってしまっているからである。作業が自動化されるほど、全体的なコストの中で手作業の割合も小さくなるかもしれないが、この記事に埋め込まれている動画を見ればわかるとおり、多くの作業がいまだに人の手で行われている。つまり、今では、ヨーロッパやアメリカに製造拠点を移すか、あるいはインドやフィリピンのような他の外国に拠点を移すかのどちらかを選ぶことになった。

第2の理由は、ボードゲーム市場での競争が激化しており、値段よりも製品の質(prducts, 製品力)が重視されるようなったからである。出版社は、ますます(※消費者のニーズに)対応しなければならない(responsive)。もはや、コンテナが遅れるとか、広東語に堪能な競合他社によって直前になって(on the line)追い抜かれてしまったとかという理由で、クリスマス商戦に負けることはあり得なくなっている。予期せぬヒットのせいで、何か月も在庫切れを起こすこともあり得ない。ヨーロッパでゲームを製造することで、特に小規模で印刷する場合(small series)においては、手間をかけずに素早い対応をすることができるようになる。2つ以上の製造工場を行き来する(※生産ラインを2つ以上持つ)ことですら可能となる。私の「ブルーノ・フェイドゥッティのマスカレイド」というゲームでは、時として大量に印刷するために中国で印刷されることもあれば、在庫補充のための小規模印刷をスペインですることがあるのも知っている。

こういった2つの理由というのは、既に数年前からあったものだ。第3の理由は昨年付け加わった。港が渋滞し、コンテナ輸送コストが跳ね上がった。輸送費は2020年7月から2021年7月にかけて5倍増加した。9月からは少し増加が収まってきたが、いまだに感染症拡大前よりもずいぶん高いままだ。いつ以前の標準的な価格まで戻るか、誰にもわからない。仮に戻るとすればだが。(※輸送の)遅延が予測できなくなり、価格が激しく上下してしまうと、バリューチェーン(価値連鎖)や製造チェーンを短くする方法を採ることで、特に中小規模の出版社は自分たちの活動を制御しようとしている。

オランダのNSF Factory

同じような出版社が、新しく環境意識に対して大きな志を持ちながら、今度は、ゲームの中で、プラスチック素材を少なくすると言い張るようになった。この主な理由は、ヨーロッパの製造業者は小さい工場しか所有しておらず、いまだに木材、ボード紙、紙という非常に伝統的なセクターに属しており、ミニチュア製造については何も知らないからだ……そうでなければ、中国にミニチュア製造を外注してるからということになる。QueenとかCzech Gamesとかのように、ほとんどの場合、完全にヨーロッパで印刷している、数少ない出版社が製造するボードゲームは、ボール紙のインサートと木駒がある。とにかく、紙やボード紙の値段も上昇している。ヨーロッパにおける製造でも、同じように問題が生ずるかもしれない。

北米市場に向けたゲームについてはもっと複雑だ。いまだにヨーロッパ、特に東ヨーロッパには、中国よりもわずかに高いが、同じ品質で同じ物を製造できるようなボードゲームプリンタを置いている製造業者がある。アメリカでは、今やそういう実情にはない。ほとんどの製造業者は、普通のカード1組を印刷するためだけに利用されており、とにかく中国のゲーム製造を引き受けるのに必要な能力を備えてない。「あやつり人形」のFantsy Flight Games版の初版がカナダで印刷されたことを思い出す。カナダは、ボード紙や紙を生産するのに十分な木材がある場所だが、かなり昔の話で品質は平均を下回っていた(sub par)。アメリカに移転をしようと検討してる出版社は、構想が宙に浮いたままで、十分に満足できる品質と現実的な価格を提示してくれる製造業者が見つからないと常々文句を言っている。

そうして、まぁ、アメリカ向けの製品を中国で製造するのであれば、ヨーロッパ向けの製品も同じように中国で製造した方が簡単なわけだ(simpler)。ヨーロッパの向けのものをヨーロッパで製造するのであれば、アメリカ向けのものもヨーロッパで製造しない理由はない。いずれの場合も、輸送の削減という観点からは、あまり進展しないことになってしまう。しかし、良いこととして、新しい応用可能な(adaptable)技術のおかげで、今では大量印刷によるスケールメリット(economies of scale)がなくなりつつあり、そうこうするうちに、より地域に根ざした小規模印刷が可能になる時が来るかもしれない。まだ、「みんなが自分の家の3Dプリンタで何でもできる」というわけにはいかないが、近い将来、そうなるかもしれない。

ここまでは、ヨーロッパや北米市場に向けのボードゲームについてのみ話をしてきた。今まで小規模だったゲーム業界(The small gaming world)が成長し、ここ数年でグローバル化してきた。とはいえ、ヨーロッパとアメリカがいまだに主要な市場である。もちろん、韓国や日本、近いうちに中国や他のアジア諸国が続くだろうが、いずれの国でも、中国で製造すれば、多かれ少なかれその地域での製造(local)ともいえ、輸送が問題とはならない。

いずれにせよ、輸送量を減らし、プラスチックを減らそうと真剣に努力しているゲーム出版社の動機(主観)なんて気にする必要はないわけだ。移転は、無駄のない(leaner)環境に配慮した持続可能なボードゲームの製造に向けた動きで、良いことといえる。だが、残念なことに、この経済的な移転は、喜ばしくない(less pleasant)文化的な後退も併せて伴うことが多く、ボードゲームにおいてもときどき起こる。

チェコのOriens Karton

私は、経済的・文化的なグローバル化、つまり製品、人々、アイディア、料理のレシピ、本、音楽、あらゆるものが混ざり合って溶け合うことを常に支持してきた。その主な理由は、18世紀のフランスの政治哲学者であるモンテスキューが、「甘い貿易」(sweet trade, 仏: doux commerce, ※正式な訳語があるかは不見当だったので、ご教示いただけると幸い。)と呼んだことを私が信じているからである。彼の理論は、基本的に、お互いを知れば知るほど、混ざり合えば混ざるほど、取引すればするほど、お互いの違いが極めて表面的であると気付いて、お互いに戦争をしなくなるだろうというものだ。私がいつも世界中のデザイナーや出版社と共に仕事をしようとしてきたのは、もちろん、ちょっと違う人たちを見つける楽しみもあったが、彼らとそこまで違いがないということをより一層確信するためでもある。このことは、音楽や文学といった古い文化的なメディアよりも、ボードゲームのような比較的最近の文化的なメディアのほうが更に当てはまる。感染症拡大の危機が始まった時、私は、中国に招かれて、自分のゲームが製造されている工場を少なくとも1つは訪問しようとしていた。そして、このプロジェクトが頓挫したことを残念に思っている。

環境的な要請と公衆衛生上の危険から、人や物の移動を少なくしなければならない。経済的な移転は必要悪で、ボードゲーム業界よりも、他の多くの経済セクターのほうがはるかに大きな影響を受けるだろう。主たる敗者は、おそらく次の波や外注先から利益を得ようと準備をしていた人たちになる。ボードゲーム業界にとっては、それ(※次の波や外注先)はインドなのかもしれない。私たちは、経済的な移転が文化的な移転を確実に伴わないようにするために、できること全てをするべきだ。感染症の拡大と、フランス上流階級版Donald TrumpであるEric Zemmourとの狭間にいて、今のところ、(※フランスは)とても悪いスタートを切りつつある。

フランスにおける「メイド・イン・フランス」、アメリカにおける「メイド・イン・USA」、そしておそらくあらゆる場所でもそうだろうが(counterparts)、(※原産地についての)よくある話は曖昧なものだ。その話は、必要な環境意識と、ナショナリストとは言わないまでも保守的・懐古的な難点(drawback)が混在している。最近、ゲーム全体をフランスで製造しようと考えていると誇らしく語っている、いくつかの出版社から連絡があった。彼らの話を聞いて、風になびく小さな国旗に掲げられた「メイド・イン・フランス」のロゴを見ると、嬉しく思わせるようなことなのに、不安な気持ちに駆られてしまった。地方紙が「ご当地」(local)ゲームを取り上げているのを見ると、地元で製造されたということと、デザイナーがその近くに住んでいるということを、両者は全く違うはずなのに混同してしまっている。最近、Facebook上に「ブルターニュ産のゲーム」という記事を投稿した人すらいた。フランスはすっかり(※領土が)小さくなってしまっており、ちょっとバカらしくて(ridiculous)、願わくば時代遅れになっていてほしいと思っているので、ブルターニュの話を持ち出すべきではないと思うが……(※歴史的な背景についてはこちらを参照。もっとも、ブルターニュに関するニュアンスまではちょっとわからなかった。)。

ヨーロッパにゲームの製造拠点を移転させる方向のトレンドが続けば、自分のゲームが世界中を旅して、プレイヤーの卓上に運ばれる必要がなくなるので嬉しく思う。ただ、自分のゲームがフランスで印刷されようが、ベルギーで印刷されようが、チェコで印刷されようが、私は気になんてしない。箱の裏側に小さいフォントで"メイド・イン・フランス"だとか、"メイド・イン・ヨーロッパ"だとかと記載されても構わないさ。でも、いずれにせよ、小さく箱に掲げられた(floating)国旗だけはやめてほしいね。

以上

※ボードゲーム業界と環境問題の関係について包括的に取り上げた記事として、以下のものがある。

※製造拠点を中国からヨーロッパへ移転させることや、輸送費の高騰について述べた記事として、以下のものがある。

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