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【掌編小説】最後の花火が打ち上がる#夏の香りに思いを馳せて

(読了目安3分/約1,400字+α)

「じゃあ大樹、コーラ3つな」

 じゃんけんで負けた僕は諦めて立ち上がる。スマホを見ると花火まであと10分しかない。人の間を縫うようにして土手を抜けると、ドリンクの出店を探す。

 花火まで時間が無いからか人々は足早に店の間を行き来する。

 その流れに似合わずゆったりと歩く、朝顔柄の浴衣を着た女性がいた。結いあげた髪は出店の照明で茶色く、うなじが白く輝いて見える。楽しそうに店を眺めながら歩くその横顔には見覚えがあった。

「え? 織部さん?」

 僕は無意識で彼女に近づき過ぎていた。呟きは彼女の耳に届き、彼女はびくりと肩を震わせる。そして僕の顔を見ると表情を和らげた。

「あー、びっくりした。鈴木君か」

「びっくりしたのはこっちだよ。確か織部さん、夏祭りの日は家の行事が」

「うん。逃げてきちゃった」

 彼女は悪びれも無く微笑む。その笑顔に僕は顔が紅潮するのが分かる。

 彼女はクラスでも有名な秀才で、高校でも有名な美人で、街でも有名な資産家の一人娘だ。生まれたときから許嫁がいて、その許嫁と会う日が夏祭りの日と決まっているらしい。

「さっき来たばっかりなのに、もう見つかっちゃったのかと思った」

「えっと、まず変装しましょう」

 僕は目の前にあったお面屋でおかめとひょっとこのお面を買い、彼女におかめを渡す。僕はひょっとこの面を被り、紅潮している顔を隠す。

「いいね! 楽しそう。似合うかな」

 彼女は髪型を崩さないようそっとお面を被り、どう?と僕の顔を見あげる。僕はだらしなく緩んでしまう顔をひょっとこで隠しながら、何度も頷いた。

 破裂音とともに、空が明るくなる。花火だ。出店の間からいくつもの花火が空を彩るのが見える。

「もっと見えやすいところへ移動しましょう」

 その場で立ち尽くして見あげている彼女に声をかけた。

 僕は出店でコーラを2つ買い、土手と出店から離れる。近くの神社の階段には先客がいたものの、座れるし会場よりは静かだ。

 彼女は階段にハンカチを広げその場に腰を下ろした。僕は隣に座り、コーラを渡す。彼女は礼を言い、口に含んだ途端、むせる。

「これ何?」

「え? コーラ」

 彼女はへえ、と呟き、もう一度ストローに口をつける。眉間の皺が消えない。

「ごめん、違うの買ってくるよ」

 僕は彼女のドリンクに手を伸ばすと、彼女は身をよじって逃れる。

「嫌。慣れてきたら美味しいから」

 花火に照らされた彼女は嬉しそうに笑い、ストローから口を放さない。彼女は時々咳き込みながら、鮮やかな花火を見つめる。

「私ね、許嫁がいるの」

 彼女はポツリと呟く。知っている。けど何故か僕の心にその言葉が突き刺さる。

「牛田家ってね、ウチの親戚なの。よくわかんないけど、縁が近づき過ぎず切れ過ぎないように、ハトコ同士で結婚するんだって。意味わかんないよね」

 彼女は無表情に前を見つめる。

「物心ついたときから、この人と結婚するんですよ、って言われ続けた。博彦さんって私の12歳も年上だよ。私が20歳で結婚するらしいからそのとき32歳だよ。もうオジサンじゃん」

 彼女は膝を抱くようにして背中を丸める。

「私だって、好きな人と自由な恋愛とかしたいよ」

 僕は相槌を打つことしかできない。無言で空を飾る花火を見つめ続けた。

 花火の連投が収まると、彼女は立ち上がる。

「そろそろ帰るよ。いい加減、見つかりそうだしね」

僕は立ち去ろうとする彼女の腕を思わず掴んだ。

「織部さん、僕――」

 僕の言葉に、今年最後の花火が重なる。

 明るく照らされた世界で、彼女の瞳が揺れるのが見えた。



うだるような暑さの中、素敵な企画があったので乗っかってみました。

テーマは「夏祭り」「七夕」「青春」からどれかひとつで、まさに七夕の日までの募集。時間が無いから全部乗せです。

そしてこの企画を見つけるとほぼ同時期にソーさんが花火のイラストをアップしてくれました。もう使うしかない。当て書きです。


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