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遠藤正二朗 完全新作連載小説「秘密結社をつくろう!」第10話 ─世界の果てまで逃げのびよう!─Chapter3-4


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【前回までのあらすじ】ある日、手にした謎の「鍵」によって無敵の身体能力を手に入れた山田正一(やまだ まさかず・29歳)。彼はその大きな力に翻弄ほんろうされる中、気になる存在になりつつあった後輩を失うことになってしまう。最初の事件で縁ができた若き敏腕びんわん弁護士の伊達隼斗(だてはやと)に支えられながら、2人は「力」の有効な使い道について、決意を固め、会社を起業する。まるで秘密結社と思えるような新会社"ナッシングゼロ"に3年ぶりに会う、実の兄・山田雄大が入り込み、マサカズの秘密を知ってしまった彼はそれを暴露ばくろしようとし、最悪の結果を迎えることに。これからはとうな道を進もうとした伊達とマサカズはあるルートからその受注に成功し、新たなミッションをこなす中で、バスジャック犯を撃退する活躍も見せていた。そんな中、マサカズと伊達の元に非常に高い能力を持つホッパー剛という青年が現れる。ホッパーが活躍する中、伊達を凍り付かせる一報が入り、それをきっかけに伊達はマサカズに事業を辞めることを申し出る。そんな中、マサカズはホッパー剛に鍵の秘密と力をたくしてしまい、ゆがんだ暴走の矛先ほこさきは伊達に向けられ、マサカズが駆けつけた時にはもう…。その後、マサカズの元には新たな5人の若者たちが集まっていたが、そこにポッパーが現れ、戦いを挑む。ホッパーの追撃をかわしたマサカズは猫矢とコンタクトを取り、覚悟を決め、雷轟流らいごうりゅう道場で短期間の修行をし、ある秘策をもってホッパーを撃退。逃避行の旅に出た先でマサカズはある男と出会う…。

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第10話 ─世界の果てまで逃げのびよう!─Chapter3

 街並みが車窓を過ぎる。記憶にあった風景が安定したスピードで流れていく。路面軌道を用いた交通機関に初めて乗ったマサカズは、混み合った車内で小さな興奮を覚えていた。栃木県の中心地となる宇都宮と、実家の芳賀町はがまちがいわゆるライトレールで結ばれる、といった内容の報道は、出身者としてたまに注意を向けていた。行政がなぜこの黄色と黒のずんぐりとした丸みを帯びたシルエットの路面鉄道を開通したのか、マサカズはその理由をよくわかっていた。県東部の芳賀町はがまちは工業が盛んで、就労者のための工業団地も建っていのたが、年々増加する労働力に輸送が間に合わず、特に流動人口が集中するターミナル駅の宇都宮からこの町までは、路線バスも整備されていたのだが、増加の一途いっと辿たどる乗用車による渋滞じゅうたいのため、運行面において時刻の安定性が年々担保たんぽできなくなっていた。それを理由に以前から鉄道の開通は県単位で必至と言われていて、こういった形で実現したということになる。

 昨日、マサカズは新幹線であやしげな男との遭遇そうぐうて、宇都宮駅にやってきた。そこから東に十キロほど離れた、工業と農業を産業基盤とした芳賀町はがまちを地元にしていたマサカズにとって、宇都宮駅は久しぶりに訪れるなつかしい繁華街はんかがいだった。宇都宮は北関東最大の商業圏実現を目指していて、マサカズも子供のころから年を重ねるごとに開発が進んでいたのは風景の変化を通じて実感していた。再開発によって風景は年々変わってゆき、知っていた店がなくなり、知らない店ができていった。到着が午後四時ごろということもあり、想定していた用事をその日にこなしてしまえる余裕よゆうもあったが、新たに建造された大きな商業施設に目をうばわれてしまい、想像以上に変化を生じていた懐かしい都会に、マサカズはすっかり好奇心を刺激され、その日は思い出の店舗の生存を確かめたり、この土地では見覚えのない、しかし東京では利用したこともあるチェーン店の存在をいくつか訪れたりとしているうちに時間が過ぎていった。
 中学生の頃、何度か通った餃子ぎょうざ店はなくなっていた。高校生の頃、気になるクラスメイトの女子に付き合わされたアサイーボウル専門店も、入っていたビルごと跡形もなくなっていた。そして将来の完成を知ってはいたものの、それを待たずに地元をあとにしたせいで初めて見る建物や、オープンしたこと自体を知らなかった店舗てんぽなどの発見が実に刺激的でもあり、興奮のうちに夜が訪れてしまった。

 その日の夕飯は、高校生のころよく通った餃子店で餃子定食とビールを注文した。十年ぶりになるその味に変わりはなく、大変懐かしく満足できる食事だった。当時は注文しなかったビールの味は、なぜだか新鮮に感じられた。故郷から最も近くの繁華街は、当時からさらに栄えていた。マサカズはそれが我がことの様にほこらしく感じ、その夜は駅近くのスーパー銭湯で一泊し、その翌日、この三両編成の路面電車で、より馴染なじみのある懐かしい土地を目指していた。

 正午近く、マサカズは故郷である芳賀町はがまち雑木林ぞうきばやしの中にいた。
 芳賀町は農地と工業地帯が入り交じり、農地は稲作を中心にとうもろこしやいもといった穀類こくるいや大根やかぶなどの野菜、梨やイチゴなどの果物を生産するための田畑が広がり、のどかで穏やかな見晴らしとなっている。一方で工業地帯は、県道で結ばれた建造物が建ち並び殺風景さっぷうけいとも言える無骨ぶこつ景観けいかんとなっていて、同じ町でありながら居場所しだいでその風景は大きく異なっていた。
 マサカズは宇都宮駅の大型量販店で購入した、小型の双眼鏡をのぞき込んでいた。その先には波板で囲まれた小さな町工場があり、入り口には『山田製作所』としるされていた。この工場は県道から農道に入り、徒歩で十五分ほど進んだ先にあり、使われていない農地の一角にさびしげなたたずまいを見せていた。
 ホッパーに重傷を負わせ、彼は現在、治療を受けているはずだが、マサカズは決着の前から故郷で今も現役で働く両親の安全を心配していた。ホッパーの性格上、老いた両親を拉致らちしたり尋問じんもんしたりする可能性は低いと思われていたが、それでも安心はしていなかった。新幹線で気さくに無意味な言葉をさえずっていた、不気味な男の登場もあり、東京を旅発たびだつ前より懸念けねんは強くなっていた。
 この雑木林は、幼いころから父の工場を見張るのに使っていた場所で、兄と工場を探検したり、友だちと球遊びにきょうじるため敷地しきち内を事前に偵察ていさつしたりしておくなど、ここ一帯の様子や工場への人の出入りを監視するのには都合がいい場所だった。双眼鏡そうがんきょうに、父の姿が映った。自分より小柄こがらな父が、力強い足取りで工場の中へと消えていった。なんとなくだがわかる。あのくもりのない表情は、今日の仕事のことで頭がいっぱいで、駅弁を二つ購入するような得体えたいの知れない者からの脅迫きょうはくは受けていないはずだ。双眼鏡越しではなく、直接会って無事を確かめるという手段もあるが、できるだけ巻き込むことをしたくなかったマサカズは、子供のころ以来となる遠巻きからの観察で、父の安全を信じた。

 午後には母の姿も双眼鏡に映った。母はここから徒歩で二十分ほど離れた自宅から、工員たちにおやつの差し入れをするのを日課にしていたので、マサカズにとってその登場は違和感なく受け入れられた。母もまた、これまでと変わりなく安全な日常を送っていると考えていいのだろう。しかし一日だけの観察では、確信にはいたれない。あと数日のあいだ、この様な方法を積み重ねれば、両親が無事だと納得し、懸念のひとつを払拭ふっしょくできるだろう。双眼鏡から目を外したマサカズは、故郷に鈍く残っているもうひとつの懸念に向かい合うため、雑木林をあとにした。

 平松本町は、宇都宮市でも閑静な住宅街で、近隣には商業施設や飲食店が建ち並び、宇都宮駅までも自転車で行き来できる好立地にあった。その中に、ひときわ目立つ十階建ての、若い築年数のマンションがあった。オートロックの入り口の前に立ったマサカズは、インターフォンのコントロールパネルに、記憶にあった部屋番号を押した。
「あ? お? ヤンマサ? おう……」
 スピーカー越しに、戸惑とまどう幼なじみの声が響いた。両手をポケットに突っ込んでいたマサカズは、仏頂面ぶっちょうづらあごを引き、ごくりと唾液だえきを飲んだ。

 八畳はちじょうほどの広々としたキッチンのダイニングテーブルに、マサカズはうながされた。夫は仕事で不在とのことで、エプロン姿の三条葉月さんじょう はづきは「コーヒーでいい?」とたずねてきた。マサカズは「うん」と、短く返した。
 マサカズはダイニングキッチンを注意深く見渡した。家具はいずれも真新しく、掃除も行き届いていて、ゴミがまっている様子もない。彼女は昔から細かいところによく気がついたので、主婦となった今ではその注意力をこのマンションの環境維持いじに振るっているのだろう。彼女と夫は、日常を送り続けている。死体を山中にめ、元サッカー選手に嫌疑けんぎがかけられているのにも関わらず、部屋のほこりを払い、スケジュール通りとどこおりなくゴミを出し、おそらくよく洗濯をし、食生活も充実しているのだろう。そのようなことを考えていると、マサカズの前にはコーヒーの入ったカップが置かれ、葉月はづきも対面にすわった。
「ほんと、驚いたよ。だって急じゃない。もしいなかったら、どうするつもりだったのかな?」
 おだやかな笑みを浮かべ、葉月はそう言った。マサカズはけわしい表情をくずさず、コーヒーをひと口ふくんだ。
「お家はどう? お母さんたちは元気? どうせお雑煮ぞうにとか食べて、ごろごろしてたんでしょ?」
 ごく当たり前の帰省を前提として、彼女はしゃべっている。昨年十月の末、上野のイタリアンレストランで、彼女は死体の遺棄いきを告白し、どうするべきかを相談してきた。自首を勧めたのだが、ニュースをチェックしてもその様子もなく、後日電話をしてみたが、その際彼女はとうない支離滅裂しりめつれつな言葉をき出すだけで、まるで会話が成立してくれなかった。今、目の前にいる彼女は一見すると、これまで通りの美しく、明るく聡明そうめいな様子であり、取り巻いている状況を前提とした場合、不気味ぶきみにも思えた。マサカズは、思い切って本題を切り出すことにした。
「知ってるとは思うけど、犯人じゃない別の、元サッカー選手に殺害と死体遺棄いきの疑いがかけられている。ネットでも大騒ぎだ」
「まだまだ不景気が続くのに、お父さんの工場、よくやってるわよね。ヤンマサも後をぐのはまだ遅くないんじゃない?」
 こちらの言葉を聞き取れなかった可能性を信じたい。マサカズはそう思うと、コーヒーをもうひと口飲み、テーブルの上で両指を組み合わせた。
「永野かりんの件、無実の喜田真きだ まことに疑いの目が向けられて、殺人と死体遺棄いきで検察から起訴される可能性もある。そして僕の目の前には真犯人のひとりがいる。葉月はづき、聞こえているよね?」
 マサカズはそう問いかけたが、葉月は表情を曇らせると視線をはずし、だまり込んでしまった。
「自首するんだ。夫婦二人で。僕の知り合いで、刑事事件を専門に活動しているベテランの弁護士の先生がいる。その人を紹介する」
 きっぱりとした口調でマサカズがそうげると、葉月は再び笑顔を浮かべ、首をかしげた。
「ごめん、ヤンマサ。何言ってんのか意味不明」
「ごまかさないでくれ。上野で言ってたじゃないか。クスリで死んでしまった永野かりんを、夫婦で山奥に埋めたって」
「あれあれ? なになになに? ヤンマサそれ、ちょ、ちょっとよくわかんないんだけど」
「証拠もないから、検察がみょう意固地いこじにならなければ、容疑を否認している“キダマコ”は起訴されない可能性もある。そうなれば捜査は再開……いや、もうすでに捜査機関は別口を探っているかもな」
「どうしたのよヤンマサ。なんか専門用語が連発って感じだけど、あ、そうか、弁護士さんと仕事してるんだよね? だからかな」
「伊達さんは死んだ……殺されたんだ。ニュースでも報じられた。この一ヶ月、僕の回りでは沢山たくさんの人が死んでしまった。それは僕にも原因がある。けど、永野かりんの件についてはその限りじゃない。これは君と三条の問題だ。だから解決するべきだ。君たちの手で」
 葉月は目を落とすと、両手でテーブルのはしにぎりしめ、肩を細かく上下させた。
葉月はづき!」
 返事をうながすため、マサカズは腰を浮かせてさけんだ。葉月も腰を上げると、顔をしかめてぶるぶると首を横に振った。
「わたしたちは、ずっとこのままなの! あんな女のことで、幸せを捨てるわけにはいかないのよ!」
「葉月!」
 再び、マサカズは彼女の名前を叫んだ。すると葉月はマサカズの手の甲に手を当て、目をうるませた。
「今のわたしは、“三条”だから」
 そうげると、葉月は空いた手で自分の腹部をさすった。
「三ヶ月よ。あいつ、ちゃっかりしてるのよね」
 苦い笑みを、葉月はマサカズに向けた。マサカズは身体からだを引き、手の甲に乗せられていた彼女のてのひらは、するりとテーブル落ちた。

 説得せっとく上手うまくいくとは思っていなかった。それでもマサカズは、おさなじみのぐな正義感にあわい期待もいだいていた。しかし、彼女は母親になろうとしている。一見してたところで体型に変わりはなかったのだが、あのようなうそをつくはずもない。死体遺棄いきの実行犯として警察に自首するには、彼女の現状はあまりにもハードルが高い。それでも、だからこそ罪を自ら警察に告白し、ばつを受けてほしい。住宅街を歩きながらそのようなことを考えていたマサカズは、足を止めた。空はいつの間にかどんよりとくもり、白い雪が静かに降り落ちてきた。
 殺人をおかし、金庫をうばい、それらの罪をうやむやにし続けている自分に、自首をすすめる資格がないことなど、とうにわかっていた。そしてあれからさらにもう一つ、自分は罪を重ねている。鮮血をき出し、のたうち回る黒い体躯たいくが鮮明に思い返される。あれは、自分としては身を守るためであり、伊達たちの復讐ふくしゅうでもあった。それでも日本の刑法に当てはめれば単なる傷害罪しょうがいざいとして扱われ、そこには正当防衛も当てはめられず、一方的な暴行と断じられるだけだ。あれからさらに、山田正一やまだ まさかずは“言えた義理ではない者”の道を進んでしまっている。
 ポケットに両手を突っ込んだまま、マサカズは電柱をった。これはくだらない考えだ。自分と葉月の罪は違う。立場や資格など関係がない。罪人であろうとも知ってしまった義務は果たさなければならない。マサカズは、次にするべきことを定め、きびしい表情のまま背中を丸め、雪の中を歩いて行った。

第10話 ─世界の果てまで逃げのびよう!─Chapter4

 身籠みごもった彼女は、死体遺棄いき犯といった現実から認識を遊離させていた。その罪は存在せず、これから生まれてくる命を守り、育てることをなによりも優先しようとしている。男であるマサカズにとって葉月はづきの気持ちは理解が難しく、その奥底までは分からなかった。
 マサカズは宇都宮駅近くのビジネスホテルを拠点として、あの日から五日ほど滞在たいざいを続けていた。朝から昼までは父が経営する工場の様子を隣の雑木林ぞうきばやしから双眼鏡でうかがい、そのあと夜までは、ある事柄についての情報収集に努めていた。最初は路面電車のライトレールを使っていたが、利便性という面からレンタルサイクルサービスで電動アシスト自転車を利用するようになり、今日に至るまで幾度いくどかの降雪こうせつはあったものの、おおむね天候に恵まれていたおかげで、移動は問題なく行われていた。
 ターミナル駅から地元に通うのは、考えてみれば奇妙な状況ではあるのだが、マサカズはそれを意識せず、今朝も宇都宮駅前で借りた自転車で、晴天の中、淡々たんたんとした気持ちで芳賀町はがまちを目指していた。
 県道は随所ずいしょに雪解けのぬかるみがあったので、それを避けての走行となるが、マサカズはそれを難なくこなしていた。ほぼ十年ぶりともなる本格的な運転に、マサカズは当初こそ不安をいだいていた。代々木の事務所には自転車を購入していたが、使う機会は自分より木村たち老人の方が圧倒的に多く、乗り慣れるほどではなかった。それでも宇都宮駅前と芳賀町の往復二十キロもの長距離を毎日走行しているうちに、高校生以来となる自転車運転のコツをすっかり取り戻していた。なによりも初めての利用となる電動アシスト自転車は、想像以上に快適だった。ぎ出しの加速に初めは戸惑とまどったが、三十分もかからずそれにも慣れ、坂道も難なくこなせるパワフルなアシストに、マサカズは感動すら覚えた。

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