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遠藤正二朗 完全新作連載小説「秘密結社をつくろう!」第10話 ─世界の果てまで逃げのびよう!─Chapter1


鬼才・遠藤正二朗氏による完全新作連載小説、いよいよ第10話がスタート!

魔法の少女シルキーリップ」「Aランクサンダー」「マリカ 真実の世界」「ひみつ戦隊メタモルV」など、独特の世界観で手にした人の心に深い想いをきざんできた鬼才・遠藤正二朗氏。

【遠藤正二朗 (えんどう しょうじろう) 】1970年3月3日生。父親は安部譲二氏。学生時代からその才能を発揮し、中学生にしてコミケデビュー。金子一馬氏と同じアニメ制作会社に在籍し、人気アニメの原画マンも担当。その後、出版社を経て、日本テレネットに入社。「魔法の少女シルキーリップ」「Aランクサンダー」などをメガCDで出し、セガサターンで「メタルファイターMIKU」「マリカ 真実の世界」「ひみつ戦隊メタモルV」などを手がけ、現在も現役として活躍中。現在『Beep21』に完全新作小説「秘密結社をつくろう!(略称:ひみつく)」を毎週連載で執筆!

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主人公の山田正一やまだ まさかず
は、ある時『鍵』という形で具現化された強大な力を手に入れる。その力を有効活用するため、主人公のマサカズと弁護士(伊達隼斗だてはやと)は数奇な運命を歩むことに。底辺にいた男が人生の逆転を目指す物語をぜひご覧ください!

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▼衝撃の展開が描かれる「第7話」はこちらから

▼新たに加わる5人の若者とホッパー対抗策が描かれる「第8話」はこちらから

▼ホッパーとの戦いが描かれる「第9話」はこちらから

前回までの「ひみつく」は

【前回までのあらすじ】ある日、手にした謎の「鍵」によって無敵の身体能力を手に入れた山田正一(やまだ まさかず・29歳)。彼はその大きな力に翻弄ほんろうされる中、気になる存在になりつつあった後輩を失うことになってしまう。最初の事件で縁ができた若き敏腕びんわん弁護士の伊達隼斗(だてはやと)に支えられながら、2人は「力」の有効な使い道について、決意を固め、会社を起業する。まるで秘密結社と思えるような新会社"ナッシングゼロ"に3年ぶりに会う、実の兄・山田雄大が入り込み、マサカズの秘密を知ってしまった彼はそれを暴露ばくろしようとし、最悪の結果を迎えることに。これからはとうな道を進もうとした伊達とマサカズはあるルートからその受注に成功し、新たなミッションをこなす中で、バスジャック犯を撃退する活躍も見せていた。そんな中、マサカズと伊達の元に非常に高い能力を持つホッパー剛という青年が現れる。ホッパーが活躍する中、伊達を凍り付かせる一報が入り、それをきっかけに伊達はマサカズに事業を辞めることを申し出る。そんな中、マサカズはホッパー剛に鍵の秘密と力をたくしてしまい、ゆがんだ暴走の矛先ほこさきは伊達に向けられ、マサカズが駆けつけた時にはもう…。その後、マサカズの元には新たな5人の若者たちが集まっていたが、そこにポッパーが現れ、戦いを挑む。ホッパーの追撃をかわしたマサカズは猫矢とコンタクトを取り、覚悟を決め、雷轟流らいごうりゅう道場で短期間の修行をし、ある秘策とともにホッパーと対決した。

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第10話 ─世界の果てまで逃げのびよう!─Chapter1

 年が明け、新年も四日をむかえた。マサカズは株式会社の代表取締役としての責務を果たすため、ナッシングゼロの廃業と清算の準備を自宅のアパートで進めていた。事務所にあった自分が使っていたパソコンは、中のデータごと宅配便を利用してアパートに送らせたので、特に不便もなく調べ事や書類の作成は行えていた。

 大晦日おおみそかの夜、命を狙う黒い狂犬と対決し、内臓と肋骨ろっこつ、そして大腿骨だいたいこつを、習いたてのフルコンタクト空手で粉砕ふんさいした。
 あの男に装備を提供し、立場を保証する大きな組織がいることに疑いはない。そして彼らが定めているであろう奇妙きみょういびつなルールは相変わらずであり、クリスマスからずっとけていた自宅アパートに戻ってきたものの待ち構える者はおらず、マサカズには不安で信用ならざる平穏が訪れていた。
 廃工場での決闘は、どの時点かまではわからないが、ドローンで監視をされていた。あれがホッパーを支援する政府機関の打った手だとすれば、彼らは飼い犬の惨敗ざんぱいを知っていることになる。それによって今後如何いかなる対応をとるのかは見当もつかない。
 マサカズは大晦日の勝利を経て、以前よりずっと開き直っていた。あの黒い怪物をわなに落とし入れ、再起もあやぶまれるほどの重傷を負わせたのは、彼にとってかつてない成功体験になっていた。得体えたいの知れない組織の思惑など無視して、自分の計画を突き進めるだけだ。空手家、真山まことやまから教わったのは、正拳突きや前蹴まえげりといった具体的な技術だけではなく、戦いに際しての心構えが多くを占め、その中には「不確定なことは警戒したうえで無視する。なぜなら、不安は、無駄むだな選択肢を爆発的に増加させるからである」といった、雷轟らいごう流空手の心得こころえも含まれていた。

 元日は死闘の報酬ほうしゅうとして休みにして、一日中アパートで横になっていた。二日からは代々木の事務所に出社し、パソコンの配送手続きや、弁護士の木内きうちからたのまれていた書類への署名しょめい捺印なついんを行い、三日、四日は自宅で作業を進めた。
 結局、この年末年始はたったの一日しか休めなかった。先月二十九日から三日にかけては、社会人になってから初めて報酬ほうしゅうが保証されている冬期休暇になるはずだった。非正規だった当時この期間は、収入が目減りするため少々憂鬱ゆううつで、今回こそは久しぶりに気兼きがねなくのんびりできると思っていたが、現実は逃亡と殺し合いと会社廃業へ向けての残務処理に追われる日々だった。マサカズは床に置かれたパソコンの電源を落とし、「思い通りなんて、ないよな」と、さびしそうにつぶやいた。

 チェックのリネンシャツに鼠色ねずみいろのパーカー、その上にクリーニング店から引き取ったダブルのライダースジャケットを羽織はおったマサカズは、着替えを詰めたリュックを背負い、新品のボストンバッグを手にし、アパートを出た。

「お、明けましておめでとさん」
 マサカズがとびらを開けたところ、外廊下ろうかでスウェット姿の青年と出くわした。彼はプロボクサーのレオリオ芝西しばにしで、マサカズが立ててしまった騒音をきっかけに、面識を得た隣人りんじんだった。
「あ、どーも」
「旅行?」
 リュックにボストンバッグのマサカズを見て、芝西はそう言った。
「あ、ちょっと長期で。いつ帰ってくるかはわかりません」
「そっか」
「そうだ、僕がいない間……クリスマスから元日にかけてなんですけど、なんかありました?」
 マサカズの問いに、芝西は腕を組み、視線を廊下に落とした。しばらくの沈黙ちんもくののち、彼は「ねっ」と短い返事をした。
「じゃあ、試合、がんばってください」
 そう言ったマサカズは、右手を小さくげると外付けの階段に向かっていった。

「ボートなんて乗ったの、ガキのころぷりっスよ」
 ローボートの船尾側で対座する猫矢ねこやがそう言った。
「僕はいつ以来だろう……もしかすると初めてかも」
げます?」
「いや、ムリっぽい。やったことないし」
 アパートを出て一件の用事を済ませたのち、台東区上野公園の不忍池しのばずのいけで、マサカズと猫矢は一そうのボートにられていた。空はどんよりとした鉛色におおわれ、空気はてついていた。
「まず、依頼いらいの件なんですけど、ホッパーは何らかの組織に回収されました。で、そいつらなんですけど、日本政府とつながりが深いってことに間違いはありません」
「ホッパーはいまどうしてるの?」
「東大の附属病院です。今も治療を受けています」
「東大?」
 猫矢の言う東京大学医学部附属病院は、ここ不忍池から見渡せる範囲のすぐ近くにあるのだが、マサカズはその所在地を知らなかった。猫矢は二度小さくうなずき、両手でひざを叩いた。
「まぁ、そういうことです。最高峰の医療ってやつを、ホッパーはほどこされています」
 予想通りの状況だったので、マサカズはうなずいて手をあごに当てた。
「それで、アイツをフォローしている組織についてなんですが、東京地検の足がちらちらと見えてきました。ようやくってところです」
「手がかりがつかめたの?」
「ええ、前にも言いましたけど、見えない勢力なんで、動きが大きくなればなるほど、俺たちのあみに細かいネタがこぼれ落ちてきたり、浮かび上がったりしてくるんスよ。それにマサカズさんから頂いた、巻鳥まきどりってヤツの情報もいい感じでパズルのピースになってくれました。アイツのところは、東京地検がお得意先で、結構な量の裏仕事を手伝ってますね」
 猫矢の言葉にうなずき返したマサカズが池に目を移すと、真っ白なユリカモメたちが浮かんでいた。
「ホッパーを痛めつけた結果も大きいってことか」
「まぁ、そういうことですね。アイツの治療で、まぁまぁ情報は集められましたよ」
「地検って、検察ってこと?」
「ええ、俺はてっきり公安だと踏んでたんで、こいつはちょっと想定外でした。最も、公安の指示ありで地検がコキ使われてるって可能性もなくはないですけど、だとしたらちょっと動きがにぶすぎるんで、その線はうすいっスね」
「猫ちゃん、僕には難しい。アドバイスたのむ」
「そうですね、連中のことを考えれば、東京を出れば監視かんしゆるむでしょうね。えっと、説明しますと、あいつら組織は縦割たてわりなんですよ。例えば大阪で東京の検察は動きが鈍くなります。具体的には、その地域の警察官とか指揮しづらくなります。この例だと、大阪地検がなにかと間に入って動きが鈍ります」
 猫矢の説明を、だがマサカズはいまひとつ納得できなかった。彼は再び猫矢に目を向けると、大きく首をかしげた。
「あー、そりゃそうですよね。でもそういうものなんですよ。特にマサカズさんのケースだと、情報が極端きょくたんに共有できない前提になりますから」
「えっとさ、なら……ほら、アメリカのFBIみたく、日本全国をコントロールできる組織が僕を担当するべきなんじゃ?」
「それって公安が該当がいとうする組織なんですけど、まぁ、さっきも言った通りっス」
 マサカズは腕を組み、再びユリカモメに目を移した。しばらく沈黙ちんもくしたのち、彼は猫矢をじろりと見た。
「なんで公安は動かないんだ?」
 猫矢は小さくうなずき返し、チェック柄のハンチング帽のつばをまんだ。
「無関係ってことはないかもですけど、マサカズさん、言ってましたよね、ホッパーは地検をたよったって」
「うん」
「だからなんですよ。現状だとまだ地検止まりの案件なんでしょう。今後はわかりませんけど。ただ、ホッパーやマサカズさんの超能力って、あいつらが一番扱いづらいって言うか……これはおやっさんの意見なんですけど、事なかれ主義が蔓延はびこってる連中にしてみれば、不思議な力なんて、一番関わり合いを持ちたくないでしょう」
「えー? のどから手が出るほどってやつじゃない? あ、具体的にどんな力なのか言えないのが申し訳ないんだけど」
「いえ、今んとこ知りたくないので問題ないです。つまり、俺と連中はマサカズさんの超能力に対しては同じ立ち位置です」
「関わるのが危険ってこと?」
「俺の場合はそうです。けど、連中の場合はちょっと違います。マサカズさんの力に首を突っ込むと、綿密めんみつに立てていた人生計画のレールが大脱線する。それがイヤなんですよ」
「うーん……」
 自分よりずっと若いのにもかかわらず、猫矢は経験に基づき積み重ねてきた、確かな見識を持っているようだ。マサカズは感心したが、それでもまだ納得はできていなかった。
「まぁ、いいか。これ以上は僕の守備範囲を逸脱いつだつしてる。考えるのはやめておこう」
「ホッパーを病院送りにした以上、当面は安全って考えていいとは思いますよ」
 そう言うと、猫矢は両手で左右のオールを持った。
「死ななくてよかった。かなりやっちゃったからね」
「マサカズさんってケンカするってタイプじゃないと思ってましたから、意外です」
「空手をかじったんだよ。それがかなり助かった」
 たった一日ではあったが、真山まことやまの優れた指導のおかげで、人と戦うといった、これまで経験してこなかった行いの第一歩が踏み出せた。初代のマスターキーの力があったとしてもあの学びがなければ、ホッパーに対してけ引きを試み、必殺の一撃はり出せなかっただろう。相手の肉体を破壊するため、対象を冷静に観察し、戦力と現状を分析し、取るべき選択を決める。この心得こころえ自体に、マサカズは深く納得した。初代の力を以てして拳が当たりさえすれば、敵の肉体は確実にたたつぶせる。その根拠が得られたのが、市ヶ谷の道場でり返して修練しゅうれんした打撃技だった。

 マサカズはここをおとずれる前、市ヶ谷の道場をたずね、真山に戦勝報告をした。彼は我がことの様にとてもよろこび、次は回しりを伝授でんじゅしたい、その前に道場での礼儀についても指導したい、と言ってきた。マサカズは、いずれまたここに学びに来ると約束をした。
 真山は最初こそ瓜原うりはらともなって事務所に押しかけてきて、そのあとも強引なアプローチで得体えたいの知れない武道家や、相撲取りとの果たし合いを押しつけてくる厄介やっかいな人物でしかなかったが、今では戦いの先生と言ってもいい。人間関係は自分の意思で、時には劇的にまで変えることができる。これもマサカズにとって、新たに学んだことのひとつだった。挨拶あいさつの際、真山まことやまの背後には白いブレザー姿の春山瞬はるやま しゅんが、ポニーテールを波打たせ、ちらちらと姿を見せていた。マサカズが挨拶をすると、彼女はほお紅潮こうちょうさせて頭を下げ、両手を突き出すように紙包みを手渡してきた。中身はサンドウィッチで、今回の訪問を道場のグループチャットで知り、急いで作ってきたとのことだった。今日の昼飯にとても都合のいい差し入れだったので、マサカズは礼を言い、彼女は小さな目を輝かせ、「押忍おす」と返した。

 ボートは猫矢がぎ、乗り場まで戻された。二人は細い桟橋さんばしに降りると、並んで歩き始めた。
「会社、たたむんですよね。これからどうするんです?」
 ハンチング帽からこぼれたくせ毛をでつけ、猫矢はそうたずねた。
「ひとまず旅に出る……って、ぶっちゃけ逃げるよ。まぁ、それと心配事がいくつかあるから、そいつの確認とか含めてかな」
 株式会社ナッシングゼロの廃業手続きについては今年から本格的になるので、マサカズはその対応のため一定の住所にとどまるのが最適だった。担当弁護士である木内きうちに相談してみたところ、なんとかしてみるが、来月の中旬ぐらいには集中して東京に滞在たいざいし、署名しょめい捺印なついんなどの事務手続きに立ち会って欲しいとのことだった。
 ホッパーの脅威きょういは去ったものの、それは一時的なものに過ぎない。彼を抹殺まっさつすることができなかったこともあり、クリスマスの惨劇さんげきがいつまた来り返されるのかわからない。それをけるためには、ゲームのルールを握っているはずの東京地検なりに交渉を持ちかけるしかないが、今のマサカズにそのようなコネクションはない。柏城かしわぎ井沢いざわたよれば、あるいは道がひらけるかも知れないが、やり方をひとつ間違えば彼らを大きな危険らさらすことになりかねない。この無為無策むいむさくとも言うべき状況で貴重な人脈をたよりたくない。できれば自分の力だけで事を先に進めたかった。ホッパーを撃破げきはしたように逃げ続けるうちに、考え抜くことで、いずれは対抗策の糸口を見つけたい。逃避行とうひこうの目的にはそれも含まれていた。
 そしてなにより、ひどくつかれてしまった。伊達や久留間くるまたちは命を奪われ、その惨殺ざんさつ現場を目撃したり、居合いあわせたり、決闘のため空手を学び、無免許で長距離のライディングをこなし、初めて能動的に、強く意識して人体を破壊した。その間、スーパー銭湯と神楽坂かぐらざかの豪邸とビジネスホテルを転々と泊まり渡る。さすがに疲れた。心配事を解消したあと、どこか遠くでゆっくりと休みたい。全てはそれができてから手をけよう。今はただひたすら自分のペースで逃げたい。マサカズの思いは強固だった。ボート乗り場のロッカーまでやってきたマサカズは、そこからリュックとボストンバッグを取りだした。猫矢は二つの荷物を興味深そうに細い目で見つめ、長身を少しだけかがませた。
「パンツとかシャツ。一週間以上の旅になるから」
「なんかあったらいつでも連絡してにゃん。猫矢春平ねこや しゅんぺいはマサカズさんのためなら即参上……はさすがにムリか」
 猫矢はマサカズに屈託くったくのない笑みを向け、マサカズも同じように返した。ユリカモメは水面から飛び立ち、二人の青年の頭上をゆっくりと旋回せんかいした。

第10話 ─世界の果てまで逃げのびよう!─Chapter2

 “ときわグリーン”としょうされる、メタリックグリーンの車体はテレビで見たことがある。マサカズは上野駅のホームに停車していた新幹線の前に並び、乗車待ちをしていた。清掃員たちが降りてしばらくしたのち、乗車の許可がアナウンスされたので、マサカズは盛岡行きの新幹線“やまびこ”に乗り込んだ。
 最後に新幹線に乗ったのは、いつのことだったか。不忍池しのばずのいけ猫矢ねこやと別れ、上野駅でやまびこの自由席を求めたマサカズは、これまで特急列車に乗った記憶自体が曖昧あいまいだった。彼は宇都宮までのチケットを購入しようとしたものの、特急での移動に対する経験値が恐ろしくとぼしかったため、いくつかの試行錯誤しこうさくごを重ねてようやく自由席の特急券を手に入れた。自分に知識さえあれば、もう一本は早い列車に乗れたのだろう。

 盛岡行きの新幹線は、一月四日ではあるものの下り列車ということもあり、自由席もいくつかの空席があった。座席の配置は中央の通路をはさむ形で、左列が二席、右列が三席ずつとなっていて、マサカズは左側最前列の窓際にすわった。右どなりは空席のままだったので、彼はボストンバッグとリュックをいったんそこに置いた。
 宇都宮までは一時間足らずの移動ではあったが、途中で誰が乗ってくるのかはわかったものではなく、いささか緊張感きんちょうかんともなった旅になるだろう。かわジャケットとリュック、ボストンバッグを頭上の荷物だなに収納し身軽になったマサカズは、市ヶ谷の道場で春山瞬はるやま しゅんから受け取ったサンドウィッチを手にした。内訳はハムにチーズ、レタスといったシンプルな構成で、ほどよい辛子からしがいい刺激となっていて、マサカズにとって好みの味だった。ホームで買ったペットボトルのあたたかい紅茶をまじえながら、マサカズは遅めの昼食を楽しんでいた。
 発車ベルが鳴ると、列車全体が静かにれ、やまびこはゆっくりと発進した。

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