遠藤正二朗 完全新作連載小説「秘密結社をつくろう!」第10話 ─世界の果てまで逃げのびよう!─Chapter1
鬼才・遠藤正二朗氏による完全新作連載小説、いよいよ第10話がスタート!
「魔法の少女シルキーリップ」「Aランクサンダー」「マリカ 真実の世界」「ひみつ戦隊メタモルV」など、独特の世界観で手にした人の心に深い想いを刻んできた鬼才・遠藤正二朗氏。
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第10話 ─世界の果てまで逃げのびよう!─Chapter1
年が明け、新年も四日を迎えた。マサカズは株式会社の代表取締役としての責務を果たすため、ナッシングゼロの廃業と清算の準備を自宅のアパートで進めていた。事務所にあった自分が使っていたパソコンは、中のデータごと宅配便を利用してアパートに送らせたので、特に不便もなく調べ事や書類の作成は行えていた。
大晦日の夜、命を狙う黒い狂犬と対決し、内臓と肋骨、そして大腿骨を、習いたてのフルコンタクト空手で粉砕した。
あの男に装備を提供し、立場を保証する大きな組織がいることに疑いはない。そして彼らが定めているであろう奇妙で歪なルールは相変わらずであり、クリスマスからずっと空けていた自宅アパートに戻ってきたものの待ち構える者はおらず、マサカズには不安で信用ならざる平穏が訪れていた。
廃工場での決闘は、どの時点かまではわからないが、ドローンで監視をされていた。あれがホッパーを支援する政府機関の打った手だとすれば、彼らは飼い犬の惨敗を知っていることになる。それによって今後如何なる対応をとるのかは見当もつかない。
マサカズは大晦日の勝利を経て、以前よりずっと開き直っていた。あの黒い怪物を罠に落とし入れ、再起も危ぶまれるほどの重傷を負わせたのは、彼にとってかつてない成功体験になっていた。得体の知れない組織の思惑など無視して、自分の計画を突き進めるだけだ。空手家、真山から教わったのは、正拳突きや前蹴りといった具体的な技術だけではなく、戦いに際しての心構えが多くを占め、その中には「不確定なことは警戒したうえで無視する。なぜなら、不安は、無駄な選択肢を爆発的に増加させるからである」といった、雷轟流空手の心得も含まれていた。
元日は死闘の報酬として休みにして、一日中アパートで横になっていた。二日からは代々木の事務所に出社し、パソコンの配送手続きや、弁護士の木内から頼まれていた書類への署名や捺印を行い、三日、四日は自宅で作業を進めた。
結局、この年末年始はたったの一日しか休めなかった。先月二十九日から三日にかけては、社会人になってから初めて報酬が保証されている冬期休暇になるはずだった。非正規だった当時この期間は、収入が目減りするため少々憂鬱で、今回こそは久しぶりに気兼ねなくのんびりできると思っていたが、現実は逃亡と殺し合いと会社廃業へ向けての残務処理に追われる日々だった。マサカズは床に置かれたパソコンの電源を落とし、「思い通りなんて、ないよな」と、寂しそうに呟いた。
チェックのリネンシャツに鼠色のパーカー、その上にクリーニング店から引き取ったダブルのライダースジャケットを羽織ったマサカズは、着替えを詰めたリュックを背負い、新品のボストンバッグを手にし、アパートを出た。
「お、明けましておめでとさん」
マサカズが扉を開けたところ、外廊下でスウェット姿の青年と出くわした。彼はプロボクサーのレオリオ芝西で、マサカズが立ててしまった騒音をきっかけに、面識を得た隣人だった。
「あ、どーも」
「旅行?」
リュックにボストンバッグのマサカズを見て、芝西はそう言った。
「あ、ちょっと長期で。いつ帰ってくるかはわかりません」
「そっか」
「そうだ、僕がいない間……クリスマスから元日にかけてなんですけど、なんかありました?」
マサカズの問いに、芝西は腕を組み、視線を廊下に落とした。しばらくの沈黙ののち、彼は「ねっ」と短い返事をした。
「じゃあ、試合、がんばってください」
そう言ったマサカズは、右手を小さく挙げると外付けの階段に向かっていった。
「ボートなんて乗ったの、ガキのころぷりっスよ」
ローボートの船尾側で対座する猫矢がそう言った。
「僕はいつ以来だろう……もしかすると初めてかも」
「漕げます?」
「いや、ムリっぽい。やったことないし」
アパートを出て一件の用事を済ませたのち、台東区上野公園の不忍池で、マサカズと猫矢は一艘のボートに揺られていた。空はどんよりとした鉛色に覆われ、空気は凍てついていた。
「まず、依頼の件なんですけど、ホッパーは何らかの組織に回収されました。で、そいつらなんですけど、日本政府と繋がりが深いってことに間違いはありません」
「ホッパーはいまどうしてるの?」
「東大の附属病院です。今も治療を受けています」
「東大?」
猫矢の言う東京大学医学部附属病院は、ここ不忍池から見渡せる範囲のすぐ近くにあるのだが、マサカズはその所在地を知らなかった。猫矢は二度小さく頷き、両手で膝を叩いた。
「まぁ、そういうことです。最高峰の医療ってやつを、ホッパーは施されています」
予想通りの状況だったので、マサカズは頷いて手を顎に当てた。
「それで、アイツをフォローしている組織についてなんですが、東京地検の足がちらちらと見えてきました。ようやくってところです」
「手がかりがつかめたの?」
「ええ、前にも言いましたけど、見えない勢力なんで、動きが大きくなればなるほど、俺たちの網に細かいネタがこぼれ落ちてきたり、浮かび上がったりしてくるんスよ。それにマサカズさんから頂いた、巻鳥ってヤツの情報もいい感じでパズルのピースになってくれました。アイツのところは、東京地検がお得意先で、結構な量の裏仕事を手伝ってますね」
猫矢の言葉に頷き返したマサカズが池に目を移すと、真っ白なユリカモメたちが浮かんでいた。
「ホッパーを痛めつけた結果も大きいってことか」
「まぁ、そういうことですね。アイツの治療で、まぁまぁ情報は集められましたよ」
「地検って、検察ってこと?」
「ええ、俺はてっきり公安だと踏んでたんで、こいつはちょっと想定外でした。最も、公安の指示ありで地検がコキ使われてるって可能性もなくはないですけど、だとしたらちょっと動きが鈍すぎるんで、その線は薄いっスね」
「猫ちゃん、僕には難しい。アドバイス頼む」
「そうですね、連中のことを考えれば、東京を出れば監視は緩むでしょうね。えっと、説明しますと、あいつら組織は縦割りなんですよ。例えば大阪で東京の検察は動きが鈍くなります。具体的には、その地域の警察官とか指揮し辛くなります。この例だと、大阪地検がなにかと間に入って動きが鈍ります」
猫矢の説明を、だがマサカズはいまひとつ納得できなかった。彼は再び猫矢に目を向けると、大きく首を傾げた。
「あー、そりゃそうですよね。でもそういうものなんですよ。特にマサカズさんのケースだと、情報が極端に共有できない前提になりますから」
「えっとさ、なら……ほら、アメリカのFBIみたく、日本全国をコントロールできる組織が僕を担当するべきなんじゃ?」
「それって公安が該当する組織なんですけど、まぁ、さっきも言った通りっス」
マサカズは腕を組み、再びユリカモメに目を移した。しばらく沈黙したのち、彼は猫矢をじろりと見た。
「なんで公安は動かないんだ?」
猫矢は小さく頷き返し、チェック柄のハンチング帽のつばを摘まんだ。
「無関係ってことはないかもですけど、マサカズさん、言ってましたよね、ホッパーは地検を頼ったって」
「うん」
「だからなんですよ。現状だとまだ地検止まりの案件なんでしょう。今後はわかりませんけど。ただ、ホッパーやマサカズさんの超能力って、あいつらが一番扱いづらいって言うか……これはおやっさんの意見なんですけど、事なかれ主義が蔓延ってる連中にしてみれば、不思議な力なんて、一番関わり合いを持ちたくないでしょう」
「えー? 喉から手が出るほどってやつじゃない? あ、具体的にどんな力なのか言えないのが申し訳ないんだけど」
「いえ、今んとこ知りたくないので問題ないです。つまり、俺と連中はマサカズさんの超能力に対しては同じ立ち位置です」
「関わるのが危険ってこと?」
「俺の場合はそうです。けど、連中の場合はちょっと違います。マサカズさんの力に首を突っ込むと、綿密に立てていた人生計画のレールが大脱線する。それがイヤなんですよ」
「うーん……」
自分よりずっと若いのにもかかわらず、猫矢は経験に基づき積み重ねてきた、確かな見識を持っているようだ。マサカズは感心したが、それでもまだ納得はできていなかった。
「まぁ、いいか。これ以上は僕の守備範囲を逸脱してる。考えるのはやめておこう」
「ホッパーを病院送りにした以上、当面は安全って考えていいとは思いますよ」
そう言うと、猫矢は両手で左右のオールを持った。
「死ななくてよかった。かなりやっちゃったからね」
「マサカズさんってケンカするってタイプじゃないと思ってましたから、意外です」
「空手を囓ったんだよ。それがかなり助かった」
たった一日ではあったが、真山の優れた指導のおかげで、人と戦うといった、これまで経験してこなかった行いの第一歩が踏み出せた。初代のマスターキーの力があったとしてもあの学びがなければ、ホッパーに対して駆け引きを試み、必殺の一撃は繰り出せなかっただろう。相手の肉体を破壊するため、対象を冷静に観察し、戦力と現状を分析し、取るべき選択を決める。この心得自体に、マサカズは深く納得した。初代の力を以てして拳が当たりさえすれば、敵の肉体は確実に叩き潰せる。その根拠が得られたのが、市ヶ谷の道場で繰り返して修練した打撃技だった。
マサカズはここを訪れる前、市ヶ谷の道場を訪ね、真山に戦勝報告をした。彼は我がことの様にとても喜び、次は回し蹴りを伝授したい、その前に道場での礼儀についても指導したい、と言ってきた。マサカズは、いずれまたここに学びに来ると約束をした。
真山は最初こそ瓜原を伴って事務所に押しかけてきて、そのあとも強引なアプローチで得体の知れない武道家や、相撲取りとの果たし合いを押しつけてくる厄介な人物でしかなかったが、今では戦いの先生と言ってもいい。人間関係は自分の意思で、時には劇的にまで変えることができる。これもマサカズにとって、新たに学んだことのひとつだった。挨拶の際、真山の背後には白いブレザー姿の春山瞬が、ポニーテールを波打たせ、ちらちらと姿を見せていた。マサカズが挨拶をすると、彼女は頬を紅潮させて頭を下げ、両手を突き出すように紙包みを手渡してきた。中身はサンドウィッチで、今回の訪問を道場のグループチャットで知り、急いで作ってきたとのことだった。今日の昼飯にとても都合のいい差し入れだったので、マサカズは礼を言い、彼女は小さな目を輝かせ、「押忍」と返した。
ボートは猫矢が漕ぎ、乗り場まで戻された。二人は細い桟橋に降りると、並んで歩き始めた。
「会社、畳むんですよね。これからどうするんです?」
ハンチング帽からこぼれたくせ毛を撫でつけ、猫矢はそう尋ねた。
「ひとまず旅に出る……って、ぶっちゃけ逃げるよ。まぁ、それと心配事がいくつかあるから、そいつの確認とか含めてかな」
株式会社ナッシングゼロの廃業手続きについては今年から本格的になるので、マサカズはその対応のため一定の住所に留まるのが最適だった。担当弁護士である木内に相談してみたところ、なんとかしてみるが、来月の中旬ぐらいには集中して東京に滞在し、署名や捺印などの事務手続きに立ち会って欲しいとのことだった。
ホッパーの脅威は去ったものの、それは一時的なものに過ぎない。彼を抹殺することができなかったこともあり、クリスマスの惨劇がいつまた繰り返されるのかわからない。それを避けるためには、ゲームのルールを握っているはずの東京地検なりに交渉を持ちかけるしかないが、今のマサカズにそのようなコネクションはない。柏城や井沢を頼れば、あるいは道が拓けるかも知れないが、やり方をひとつ間違えば彼らを大きな危険ら晒すことになりかねない。この無為無策とも言うべき状況で貴重な人脈を頼りたくない。できれば自分の力だけで事を先に進めたかった。ホッパーを撃破したように逃げ続けるうちに、考え抜くことで、いずれは対抗策の糸口を見つけたい。逃避行の目的にはそれも含まれていた。
そしてなにより、ひどく疲れてしまった。伊達や久留間たちは命を奪われ、その惨殺現場を目撃したり、居合わせたり、決闘のため空手を学び、無免許で長距離のライディングをこなし、初めて能動的に、強く意識して人体を破壊した。その間、スーパー銭湯と神楽坂の豪邸とビジネスホテルを転々と泊まり渡る。さすがに疲れた。心配事を解消したあと、どこか遠くでゆっくりと休みたい。全てはそれができてから手を着けよう。今はただひたすら自分のペースで逃げたい。マサカズの思いは強固だった。ボート乗り場のロッカーまでやってきたマサカズは、そこからリュックとボストンバッグを取りだした。猫矢は二つの荷物を興味深そうに細い目で見つめ、長身を少しだけ屈ませた。
「パンツとかシャツ。一週間以上の旅になるから」
「なんかあったらいつでも連絡してにゃん。猫矢春平はマサカズさんのためなら即参上……はさすがにムリか」
猫矢はマサカズに屈託のない笑みを向け、マサカズも同じように返した。ユリカモメは水面から飛び立ち、二人の青年の頭上をゆっくりと旋回した。
第10話 ─世界の果てまで逃げのびよう!─Chapter2
“ときわグリーン”と称される、メタリックグリーンの車体はテレビで見たことがある。マサカズは上野駅のホームに停車していた新幹線の前に並び、乗車待ちをしていた。清掃員たちが降りてしばらくしたのち、乗車の許可がアナウンスされたので、マサカズは盛岡行きの新幹線“やまびこ”に乗り込んだ。
最後に新幹線に乗ったのは、いつのことだったか。不忍池で猫矢と別れ、上野駅でやまびこの自由席を求めたマサカズは、これまで特急列車に乗った記憶自体が曖昧だった。彼は宇都宮までのチケットを購入しようとしたものの、特急での移動に対する経験値が恐ろしく乏しかったため、いくつかの試行錯誤を重ねてようやく自由席の特急券を手に入れた。自分に知識さえあれば、もう一本は早い列車に乗れたのだろう。
盛岡行きの新幹線は、一月四日ではあるものの下り列車ということもあり、自由席もいくつかの空席があった。座席の配置は中央の通路を挟む形で、左列が二席、右列が三席ずつとなっていて、マサカズは左側最前列の窓際に座った。右隣は空席のままだったので、彼はボストンバッグとリュックをいったんそこに置いた。
宇都宮までは一時間足らずの移動ではあったが、途中で誰が乗ってくるのかはわかったものではなく、いささか緊張感を伴った旅になるだろう。革ジャケットとリュック、ボストンバッグを頭上の荷物棚に収納し身軽になったマサカズは、市ヶ谷の道場で春山瞬から受け取ったサンドウィッチを手にした。内訳はハムにチーズ、レタスといったシンプルな構成で、程よい辛子がいい刺激となっていて、マサカズにとって好みの味だった。ホームで買ったペットボトルの暖かい紅茶を交えながら、マサカズは遅めの昼食を楽しんでいた。
発車ベルが鳴ると、列車全体が静かに揺れ、やまびこはゆっくりと発進した。
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