遠藤正二朗 完全新作連載小説「秘密結社をつくろう!」第11話 ─新しい軍団を結成しよう!─Chapter5-6
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第11話 ─新しい軍団を結成しよう!─Chapter5
無人島にやってきて三度目の朝を迎えた。今日は四月十七日、世間では新年度が本格的に始動している時期に当たり、マサカズたちもまた、全く新しい試みに向けて準備を進めていた。アジトの建設にはより精密な地ならしが必要だと感じたマサカズは、シャベルでの細かな調整をメンバーに命じ、昨日のうちに更地はそれなりの体裁が整えられたように見えた。当初は道具が不足していると懸念はしていたものの、アウトローとゲバラが島を探検したところ、さび付いたシャベルが二本発見された。他にもドラム缶や木切れ、ペットボトルなどが島の随所に流れ込んでいるらしく、マサカズは今後も使える物を捜索する必要があると考えた。
メンバーの仕事ぶりとしては、プロフェッサーが物資の管理と確認を担当し、整地やゴミの廃棄などの実務はアウトローとゲバラ、アイアンシェフが行い、この四人についてはマサカズが想像する以上に、勤勉な働きぶりを見せていた。特に、暴走族のアウトローについては荒事対応の期待しかしていなかったため、ゲバラと互いに確認を細かに行い、テキパキと仕事をこなすのが意外でならなかった。小男のフリーダムと黒衣のデスサイズについては、想像以上に仕事覚えが悪く、教えたところでミスが目立ち、労働力として当てにはならないとマサカズは失望していた。膝に抱きついてきた夜、マサカズはデスサイズに他のメンバーと仲良くなって欲しいとお願いした。彼女はその命令を遵守し、翌朝から五人に対して積極的に話しかけるようになっていた。マサカズの目に入っている範囲では少なくともそうしているようなのだが、彼女の言葉はたどたどしいうえに、途切れ途切れの単語が連発されるばかりで会話として意味を成しておらず、メンバーたちは彼女から微妙に距離を置くようになっていった。
「ボス、風呂はどーすんだよ」
マサカズがチェアで朝飯のカップ麺を啜っていると、赤毛のゲバラが腰に手を当て、口先を尖らせていた。
「あー、風呂?」
「まさか、また考えてなかったのかよ? マジか?」
「ごめん、考えてなかった。どうしようか」
マサカズがそう言うと、ゲバラはツインテールを揺らして身を乗り出した。
「どうしようか、じゃねーだろ!? どーにかしろよ。もう四日も経ってんだぞ。風呂なしとかあり得ねーんだけど!」
「シャンプーとか石鹸は?」
「持ってきてるに決まってんじゃねーか!」
「じゃあ、川とかじゃ……ダメ?」
「はぁ!? まだ四月だぞ。冷たいだろーが! つーか、オメーはどーするつもりだったんだよ!」
「アジトには風呂もあるから、それまでいいかなって」
言いながらもそれを沸かすためのガスの用意がないことを、マサカズはあえて考えないようにしていた。
「なんなんだよオメーは! なんなんだよオメーは!?」
ゲバラは赤毛を振り乱し、頬を引き攣らせた。するとその背後からプロフェッサーが姿を現した。
「ゲバラちゃん、ちょうどいいもの見つけたんだけど」
プロフェッサーにそう言われたゲバラは振り向いて「なにが?」と返事をした。
キャンプ地に、ドラム缶とコンクリートブロック、そして木の板が運びこまれた。すべてはこの無人島で発見された資材で、ブロックを足場にしてドラム缶が縦に置かれ、それらの作業はプロフェッサーの指示の元、アイアンシェフが行った。完成したドラム缶のオブジェクトを前に、ゲバラは腕を組んだ。
「なにこれ? プロじい、もしかして、これが風呂って言いてーのか?」
「その通りだよゲバラちゃん。アジトができるまで、このドラム缶風呂で汗を流して清潔になろう。あ、でもすのこの上にちゃんと乗らないと大やけどしちゃうよ」
プロフェッサーの穏やかな言葉に、ゲバラは力なくうなだれ、肩を震わせた。
「どう考えたっておかしいだろ、こんなの? 誰もおかしいって思わねーのかよ!」
振り返ったゲバラは、両手を広げて仲間たちにそう訴えかけた。しかし少女に同調する者は誰もおらず、フリーダムは視線を外し、アウトローは口笛を吹き、プロフェッサーは「まぁまぁ」となだめるように声をかけ、アイアンシェフは火だねの準備に忙しく、デスサイズはマサカズをじっと見つめていた。
「ゲバちゃん、これも経験だよ。大人になってから自慢話にするといい」
さり気なく略称を紛れ込ませ、プロフェッサーは穏当な口調でそう説いた。ゲバラは再びうなだれると舌打ちをした。それを渋々の諒解だと理解したマサカズは、アウトローに水汲みを、フリーダムには遮蔽のために使うビニールシートを用意するよう指示をした。次々と進んでいくドラム缶風呂の準備を背に、ゲバラは今にも泣き出しそうに顔を顰めて打ち震え、デスサイズがその肩をそっと掴んだ。
「女子組として、一緒に入りましょう? 洗いっこしましょう」
「珍しくまともなこと言うじゃねーか。けどよ、どう見たってありゃ一人までが定員だ」
ゲバラは最後に「あんがと」と付け足すと、海岸に向けて歩き始めた。デスサイズは一度マサカズに目を向けると、ゲバラのあとに続いて行った。
ドラム缶風呂が完成してから四日が経ち、佐世保港を出港してからこの日で二週目を迎えた。この一週間、天候にも恵まれ、雨に降られることはなかった。ゲバラの不平不満は相変わらずだったが、言葉の量に対して怒りの熱量は幾分だが和らぎ、嫌味や小言にまでトーンダウンしているようでもあり、マサカズは彼女がなにかと希望を諦めることで、状況を受け入れるための折り合いをつけているのだろうと分析した。
経験者であるプロフェッサーの指導のもとアウトドア生活も順調に進み、“アジト完成までの風呂”というマサカズにとって想定外かつ大きな問題は一応だが解消できた。そして予め持ち込んでいた着火用のライターや電源、ライトや工具などといった、便利な道具のおかげて小さく細かな不満も今のところグループ内で表面化せず、食料にもまだ余裕があった。実際のところ今後は様々な問題が発生されることが予想できたが、マサカズはそれに対しては思考を停止させていて、少しでも不安がよぎれば具体的に頭を振ることで、それを振り落としていった。
この日はセルフビルドの建材が到着する予定になっていた。セルフビルドとは大工の手を借りず、自力で家を建てることを意味する。マサカズはシンちゃんの動画でその存在を知り、彼が購入したものと同じメーカーに一軒家の建材を注文していた。今日の午後、輸送船でそれが到着することになっていたので、昼食のあとマサカズは桟橋までやってきた。実際の建築に、実践済みのシンちゃんは必要不可欠な存在だったが、動画の中でシンちゃんは最後に「これ、誰にでもできるんじゃ」と締めくくっていた。だから、マサカズは何とかなるだろうと高をくくっていた。
だがしかし、そこに現れたのは輸送用の中型船舶ではなく、一艘のモーターボートだった。
「山田さんですね!」
ボートから一人の女性が桟橋まで降りてきた。年齢のほどは五十代といったところで、女性にしてはマサカズと変わらないほど背が高く、髪は短く薄い化粧をして容姿は整い、オレンジ色のブルゾンと灰色のスラックスにスニーカーを身に付けていたしていた。初めて見る人物にマサカズはちりちり頭を掻き、首を傾げた。
「そうですけど、あなたは? セルフビルドの人?」
「私はT&Bツアーズ株式会社の今野です」
「ああ、旅行代理店の人ですね。わざわざなんです?」
「あのですね、今もおっしゃいましたが、セルフビルドって、山田さん、この島であなた方は一体なにをするつもりなんです?」
旅行代理店とは、この桜葉島で八名三週間のキャンプ旅行といった名目で申し込みと契約を行ってはいたものの、一軒家建築については知らせていなかった。なし崩しでなんとかなるだろうと踏んでいたマサカズは急に恐ろしくなり、額と脇の下から大量の汗を噴き出し、首をブルブルと振った。
「昨日、港から輸送船について確認の連絡があったんです。こんなもの島に運び込んで、本当にいいんですかって? で、行ってみれば山田さんが注文したっていう家の材料が積まれてて、だから私、慌ててここまで来たんですよ! 電話じゃなくって直接聞いておく必要があると思って」
「あ、う、え、う……」
言葉にならないうめき声をマサカズは漏らした。
「輸送船の出港は取りやめにさせました。あんなもの我々の島に持ち込ませられませんし、契約違反です」
「我々の……島? だって、無人島でしょ?」
「はぁ? なに言ってるの? 国土には所有者がいて当然よ? この島は当社が所有して、キャンプと観光に利用しているのよ」
無人島に所有者などといった概念があること自体を知らなかったマサカズは、頭の中で平屋の一軒家が盛大に爆発し、木っ端微塵になった。
「あ、あ、あれとかこれとかそれで、一千万円もかかっちゃってるんですけど」
「知らないわよそんなこと。建材は港に留め置いてるから、どこか土地でも買って、勝手に建てればいいでしょ」
「そ、そんな……」
「今日にでも佐世保まで戻ってもらいます。契約違反ですから、現時点でこのツアーは中止します。帰りの船代と建材の保管費用はあとで請求させてもらいますね」
今野はそう言い切るとブルゾンのポケットに両手を突っ込み、威嚇するように顎を上げた。彼女は美しい熟女ではあったのだが、その美貌が目に入らぬほど、今のマサカズは困惑していた。もがくように思考の迷宮を這い出てきた彼は、何度も瞬きして腰を落とした。
「ごめんなさい! けど、今日帰れは、いっくらなんでもあんまりです。せめて契約の三週間はここにいさせてください。もうヘンなものは持ち込みませんから」
我ながら筋道の立った要求ができた。震えつつもマサカズがそう得心していると、今野は頭を何度か振り、ため息を漏らした。
「今日で一週間だから、残りは二週ね……旅程通り二週間後の正午に来る船に乗って帰るってくれること? 本来なら契約違反ですから、すぐにでも離島してもらいたいんですけどね」
「そこをなんとか。違約金とかあれば後ほど支払いますから。仲間たちもこの島気に入って、楽しんでるんですよ、アウトドアを」
何度も頭を下げ、マサカズは懇願した。今野はもう一度深いため息を漏らした。
「わかったわ。実際、想定外の船を手配するのだって手間だし。けど、二週間後には絶対に帰ってもらいますからね! 約束を破ったら、今度は私だけじゃなくって警察も連れてきますよ!」
「ありがとうございます! 本当にありがとうございます!」
桟橋から去って行くモーターボートに、マサカズは頭を下げ続けて見送った。建材は、アジトの元はもうこの島には届かない。二週間を過ぎれば警察が乗り込んで強制退去になる。マサカズはしかめっ面でその場にしゃがみ込むと、強く目を閉ざした。
「波の音は風情があっていいね。無人島、最高じゃないか」
桟橋でもスーツ姿だった“彼”は、いつものように煙草をふかしていた。
「どーすんだい、マサカズ?」
「ハッキリ認めます。無謀です。浅はかです。無知無学です。愚かです。そして、作戦は失敗です」
「だからさ、これからどーすんだよ。あのポンコツ共になんて説明する?」
「仲間の悪口はやめてください。今日はショックが大きいので、明日の朝、説明します」
「それまでどーすんだ?」
「テントに戻って、体調不良を偽って寝ます」
「またあのメンヘラゴシックねーちゃんが、夜這いでもかけてくるんじゃないのか?」
「震えて寝るだけです。そうか、アレは色仕掛けだったのか。それにしてもなんてヘタクソな。鍵の力を手に入れたかったんだろうな。しょうもな」
「気づいてたクセに」
「彼女は好みから外れるので、意識しないようにしていました」
「お前さ、那覇で彼女作ろうって意気込んでたけど、意外とお前って女性との出会いが多いよな」
「帯に短したすきに長し……でしたっけ? ちょうどいい具合の出会いがないので困っています。いくら可愛くて好意を持たれても女子高生ではどうしようもありません。今年三十ですので。犯罪です。それにまぁ、あの別れ際で嫌われたのかも」
「仲間への失敗宣言さ、俺が原稿書いてやろうか?」
「いいです。それぐらいは自力でやります」
「どーすんだ? これから」
「今日の伊達さん、そればっかりですね」
「だって、そうだろ?」
「確かに、今の僕はお先真っ暗です」
「作戦というか、お前の人生の敗因分析なら、いくらでも付き合ってやってもいいぜ」
「伊達さんは優しいんですね」
「お前も人に優しくなれよ。そうすれば運が巡ってくる」
「僕は優しくしているつもりですよ。いつでも誰にでも」
「本当にそう思ってるのか?」
マサカズはその問いには答えず、目を開けて立ち上がった。キャンプ地への足取りは鉛のように重かったが、それでも彼は仲間の元へ戻るより他に選択肢がなかった。
第11話 ─新しい軍団を結成しよう!─Chapter6
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