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遠藤正二朗 完全新作連載小説「秘密結社をつくろう!」第10話 ─世界の果てまで逃げのびよう!─Chapter5-6


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【前回までのあらすじ】ある日、手にした謎の「鍵」によって無敵の身体能力を手に入れた山田正一(やまだ まさかず・29歳)。彼はその大きな力に翻弄ほんろうされる中、気になる存在になりつつあった後輩を失うことになってしまう。最初の事件で縁ができた若き敏腕びんわん弁護士の伊達隼斗(だてはやと)に支えられながら、2人は「力」の有効な使い道について、決意を固め、会社を起業する。まるで秘密結社と思えるような新会社"ナッシングゼロ"に3年ぶりに会う、実の兄・山田雄大が入り込み、マサカズの秘密を知ってしまった彼はそれを暴露ばくろしようとし、最悪の結果を迎えることに。これからはとうな道を進もうとした伊達とマサカズはあるルートからその受注に成功し、新たなミッションをこなす中で、バスジャック犯を撃退する活躍も見せていた。そんな中、マサカズと伊達の元に非常に高い能力を持つホッパー剛という青年が現れる。ホッパーが活躍する中、伊達を凍り付かせる一報が入り、それをきっかけに伊達はマサカズに事業を辞めることを申し出る。そんな中、マサカズはホッパー剛に鍵の秘密と力をたくしてしまい、ゆがんだ暴走の矛先ほこさきは伊達に向けられ、マサカズが駆けつけた時にはもう…。その後、マサカズの元には新たな5人の若者たちが集まっていたが、そこにポッパーが現れ、戦いを挑むが惨敗。ホッパーの追撃をかわしたマサカズは猫矢とコンタクトを取り、覚悟を決め、雷轟流らいごうりゅう道場で短期間の修行をし、ある秘策をもってホッパーを撃退する。逃避行の旅に出た先でマサカズはある男と出会った後、自らの地元に降り立ち、いまだ自首をしない幼なじみの葉月の元を訪問するが…。

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第10話 ─世界の果てまで逃げのびよう!─Chapter5

「永野さんとは、二年のころから付き合っていました。きっかけは……同級生だったんですけど、あっちから声をかけてきたんです。それで、半年ぐらい? カラオケ行ったり、ご飯食べたりって感じです」
 永野かりんの父親、永野利満としみつに接触した二日後の夜、宇都宮駅近くのファミリーレストランのボックス席で、ブレザー姿の男子高校生が向かいに座るマサカズにそう言った。マサカズの前には会話を録音するためのスマートフォンが置かれていた。男子高校生は顔立ちが中性的でスタイルも良く、物腰が柔らかく、アイドルグループの中に混ぜても遜色そんしょくがないとマサカズは感じていた。
「岡本さんにとって、永野さんはざっくり言って、どんな印象でしたか?」
「あっ、すっごい明るくて元気……あ、違う、違う。割とネガることも多かったですね。それで甘えてくるんです」
「えっと、それって……負担に感じたりしました?」
「いや、それも可愛かわいいかなって」
「どうして別れたんですか? 答えられればでいいんですけど」
「あ、答えます。僕、フラれたんです。永野さん、別に好きな男ができたって。年上のサラリーマンだって」
「なるほど」
 それが三条哲秋さんじょう てつあき、つまり葉月はづきの夫であることは、岡本という男子高校生が語る時系列と一致する。マサカズはグラスに入ったコーラをストローですすると、目を伏せた。
「永野さん、あんなことになっちゃいましたけど、あ、ごめんなさい。いいです」
 質問を途中で止めてしまったマサカズだったが、眼前の少年は両手をひざに乗せ、上体を強張こわばらせ、肩が小刻こきざみにふるえていた。顔はくしゃくしゃにしかめ、目はうるみ、その感情はマサカズにも充分すぎるほど伝わっていた。
「“キダマコ”のヤロー、ぜってーブッ殺す。かりんちゃんを殺しやがって!」
 悲しみではなく、怨恨えんこんだとは予想外だった。想像とは違う言葉だったので、マサカズは自分の人間観察のレベルがまだまだ未熟みじゅくだと実感した。
「最後になり……」
 マサカズが言い終えるのを待たず、岡本少年は腰を上げて身を乗り出した。
「“高田”さん! マスコミはかりんちゃんにも落ち度があるとか、テキトー言ってますけど、あの子はキダマコをたぶらかして離婚を迫るようなことはしません! 彼氏だった僕が保証します!」
 三条哲秋との不倫ふりんの末、別れ話によってたんを発した違法薬物の過剰摂取かじょうせっしゅで自ら命を失ったのが、永野かりんの真実だ。元の彼氏が知っている実像とは、大きなひずみがそこにはある。しかし、それをげることは今日の目的ではない。マサカズはもう一度、言いかけた言葉を口にした。
「メールでも書きましたが、永野さんの写真を提供してください。利用目的はルポルタージュ本の掲載けいさいです。もちろん報酬ほうしゅうは支払います」
 マサカズは鍵の力に頼れない戦いを続けていた。勝利条件は明確だったが、彼はそれを達成できる自信をまだ持てなかった。

「かりんかー、重いんですよね」
「たしかに、たしかに」
 岡本少年への取材から四日後の夕方、宇都宮駅近くのステーキハウスに、マサカズは二人の女子高校生と共にテーブルを囲んでいた。少女たちの前にはそれぞれ湯気を立てた三百グラムのステーキとライスが、マサカズの前にはコーラのグラスが置かれていた。
「友だちだったんですよね」
「うん、親友?」
「マジか?」
 ステーキを美味しそうに頬張ほおばりつつ、ブレザー姿の少女たちは息の合ったような、そうではないようなやりとりを続けていた。マサカズは聞き取ること自体に若干じゃっかんの負担を感じながら、ヒレ肉がフォークで突き刺され、早いペースで次々と消えていくのに感心してもいた。
「ざっくりとでいいんですけど、“重い”ってどういう意味なんです?」
「んっとですね、恋愛気質きしつなんです。愛されたいっていつも言ってた」
「そだっけ?」
「そだよー、よく恋バナしたし」
「こっちはしてないなー」
「信用されてないんだよ。だってフミ、わたしのアレだって、すぐらしたし」
「ちげーよ。“うっくん”のは、ララミが拡散したんだよー」
「ホラ、“うっくん”のことってわかってるし。やっぱ犯人はお前だ」
「え? メイメイって“うっくん”以外とも二股ふたまた?」
「さー、真実はどこでしょー?」
 “メイメイ”と“フミ”、二人の少女がなにを言い合っているのか、マサカズにはまったくわからなかった。ただ、言葉の内容に反して二人は笑顔でステーキを頬張ほおばっていた。そのせいでとげのあるような、このやりとりも幾分いくぶん芝居しばいがかっているようにも感じられたのだが、マサカズにとってこの席の本題ではないので、深掘りは避けることにした。
「永野さんだけど、今回の事件、二人はどう思ってます?」
「かりんかわいそう」
「ん……」
 二人は途端とたんにフォークを止め、表情を曇らせ、互いに肩を寄せ合った。

 マサカズは永野利満とその妻への取材を重ね、そこから得た情報を糸口に、永野かりんの交際相手やクラスメイト、アルバイト先の同僚などに連絡を入れ、連日にわたって直接会い、話を聞き、永野かりんの動画や写真データを手に入れていた。それは週をまたぎ、マサカズは目的が到達したと判断したため、次の行動に移ることにした。

 マサカズが葉月はづきと再びダイニングテーブルをはさみ対したのは、一月十九日のよく晴れ渡った朝のことだった。彼は一枚のUSBメモリを人差し指で、将棋のこまのようにテーブルに打った。葉月はそれを、興味深そうにのぞき込んだ。
「なんだろう? メモリ……だよね?」
「USBメモリだよ。中って見られる?」
「うん、もちろん。わたしのノートも哲秋てつあきさんのパソコンもUSBなら大丈夫だよ」
「なら、置いていく」
 メモリを手にした葉月は表情を消し、それをじっと見つめた。これはこの十日間でマサカズが足を使い、積み重ねてきたあかしである。永野かりんの両親、かつてのボーイフレンドたち、そしてクラスメイトへ身分をいつわって接触をり返し、それによって得られた彼女の動画や写真データは百を超えるファイル数に及び、この小さな記憶媒体に記録されている。
 幼いころは、誕生日ケーキに破顔はがんし、運動会の徒競走でビリになって泣きじゃくり、やがて成長すると男子と二人でお祭りなどのイベントを楽しみ、クラスメイトの女子たちとはカフェやセレクトショップをめぐり、いずれも生き生きとした様子が写されていた。これは永野かりんという十八歳で命をった少女の、生涯しょうがいが記録されている。スマートフォンのデータをファイル転送サービスにアップロードし、ネットカフェのパソコンでメモリにコピーする、といった手間をかけ、マサカズが取りまとめたものだった。
「なんだろ? えっ? なになに?」
 ぎこちない苦笑いを浮かべ、葉月はマサカズに問いかけた。
「永野かりんって子が、どんな娘さんだったのか、どんなで、どんな恋人で、どんな友だちだったのか、その中を見れば分かる。たぶん、三条を誘惑したひどい女子高生って印象も変わるだろう」
 言い切ったマサカズは、葉月が用意してくれたコーヒーをひと口含んだ。葉月は手にしていたメモリをテーブルの上に戻すと、横を向いて口を真一文字まいちもんじに結び、視線を床に落とした。
「見るかどうか、判断は任せる。見ないまま処分してもかまわない。ただ、これだけは言っておく、君もこれから人の親になるのなら、この娘さんが死んでしまうまでの記録は見ておくべきだと思う」
 返事は期待していなかった。今の自分には、故郷に残していた懸念けねんするべきこの問題に対して、この程度しかできることはない。鍵の力はまったく当てにはできず、しかし以前の自分なら想像すらできないほどの行動力を発揮はっきし、ある少女の記録を集めた。“この程度”ではあるのだが、それを上回る手立てを、マサカズは思いつけなかった。彼は立ち上がると、玄関に向かった。
「ヤンマサ」
 背中から呼び止められたので、マサカズは足を止めた。
「ヤンマサ、なんだよね。キミ」
「もう“ヤンマサ”じゃないかも。一番の親友からは、“マサカズ”って呼ばれてたし」
「だよね。こんなのって……なんかドラマのキャラクターだよ」
微妙びみょうなラインだよなぁ。ドラマのなら、もっといい手が打てたかも」
 背中に、葉月が吹き出す笑い声が聞こえてきた。マサカズもそれに合わせて笑い声を上げた。かわいた二つの笑声が途切れ途切れに響き、時にはせきき込み、ため息も交じり、時をきざむにつれ、それらの雑音によってダイニングキッチンにはゆがんだ空気が作られていた。

 葉月との茶番ちゃばんめいた一幕を終えたのち、マサカズはレンタルした自転車で両親の工場まで向かった。県道はトラックの往来が激しく、すぐ傍では、先日乗った路面電車のライトレールが、ほぼ満員で走行していた。

 県道から農道に入り自転車を停めたマサカズは、リュックから双眼鏡を取り出し、工場のかたわらにある雑木林ぞうきばやしに向かった。マサカズの父が経営する『山田製作所』は、自動車の排気管を主な製造物としており、複雑な形状を手作りの加工で生み出す技術は、地元の大手自動車メーカーからも高く評価され、この工場で取り扱う排気管は最高級ランクの車にのみ使われていた。従業員は七名で、その中には事務仕事を一手に引き受ける母も含まれている。現在、急速にEV化が進んでいるため、排気管の製造は今後縮小の一途いっと辿たどる。いま持っている技術を活かして、早々に新しい商材を開発する必要がある。父はそのようなことを前回の帰省の際、マサカズに語っていた。
 マサカズが双眼鏡をのぞいていると、作業着姿の父が工場から出てきた。新商材の開発がどう進捗しんちょくしているのかはわからないが、どうやら今朝も平穏無事な様子だ。
 葉月があの記録とどう向き合うのかは分からないが、これ以上故郷にとどまる理由はない。むしろ長期の滞在は、招かれざる連中をここに引き入れてしまう危険性もある。次にするべきことを決めたマサカズは双眼鏡をリュックに収め、林から道路に出ると自転車にまたがった。

 一時間ほどかけ、正午近くに宇都宮駅まで到着したマサカズは、自転車を無人のポートに返却すると、駅ビルに向かった。合鍵作製と革靴修理の専門店までやってきたマサカズは、カウンターで一本の鍵を受け取った。これは破損はそんしていた初代のマスターキーであり、宇都宮に到着した時点で修理を依頼していたものだった。この二週間近く、二代目の鍵しか所持できず、もし万全な状態のホッパーに遭遇そうぐうした場合の力に対しての懸念けねんもあったのだが、初代を使うたびにラジオペンチを使うのは緊急事態において現実的とは言えず、思い切って預けることにした。鍵はこわれる前の状態に戻っていたので、マサカズはそれを見つめ、安堵あんどの息をらした。

 駅のホームまでやってきたマサカズは、盛岡行きの新幹線に乗り込んだ。悩んだ末、昼食の駅弁はジャンバラヤをメインにした洋食弁当と、とりめし弁当の二つを購入した。しかし、これはあの奇人きじん真似まねをしたわけではない。この午後一時半から、今日は夜まで特急を乗り継ぐことになるからだ。であれば道中に追加で駅弁を買うといった選択もできたが、現状はまだ一寸先いっすんさきやみといったところで、いつどこで何があるのかわかったものではない。二つ同時購入は、夕飯を買いそびれるのを事前に防ぐための予防策だ。そこまで考えたマサカズは、車窓に流れる故郷の風景を見ながら、肘掛ひじかけに頬杖ほおづえをついた。たかが駅弁に、自分は何を策などっているのか。馬鹿馬鹿ばかばかしいにも程がある。この先、いちいちにおいてこのように面倒な手順をて暮らしていくなど、どう考えても割が合わない。そう思ったマサカズは前の座席からテーブルを下ろすと、二つの弁当を置き、それぞれを開封して同時に平らげることにした。

第10話 ─世界の果てまで逃げのびよう!─Chapter6

 マサカズが特急北斗19号で札幌さっぽろ駅に到着したのは、その日の午後十時前のことだった。午後一時半、宇都宮駅を東北新幹線でち、仙台駅で北海道新幹線に、そして北海道に入り新函館はこだて北斗駅でこの北斗19号に乗り換えた末の、実に八時間を超える鉄道の旅だった。列車を降りたマサカズは腰を軽くさすり、移動中にスマートフォンで予約した駅前のビジネスホテルに向かった。駅弁を二つ同時に食べてしまったおかげで、夜になっても空腹ということはない。せっかく北海道にやってきた以上、明日からは地域のグルメを堪能たんのうしよう。まだ情報は集めていなかったが、マサカズは味噌みそラーメンやジンギスカン、スープカレーといった知りうる限りの北海道名物を思い出し、気持ちも高揚こうようしていた。

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