最後まで、あなたは溶けきらない氷でした
一歩進むごとに、過去の一歩が失くなっていく。
いつかこの場所もゼロになってしまうのだろう。
『霜柱を踏みながら 13』
早朝、ベッドの中で起きようかどうしようかとうだうだとした時間を過ごしているときに携帯電話が鳴った。着信画面から相手は誰だかわからないが、日本からだということがすぐにわかって電話に出る。
「もしもし。私、お母さんだけど、ちょっとお願いがあるのよ」
「何?」
「明日ね、乳癌の摘出手術を受けるのよ、家族の立ち合いが必要なんだって、病院まで明日来てくれない?」
母からの電話であった。
2006年の夏、私はドイツに長期滞在していた。友人がミュンヘンでイベントをやるというのでその視察と、サッカーワールドカップがドイツで開催される年でもあり、6月から8月まで滞在してできるだけ多くのサッカーの試合を見ることで束の間のドイツ生活を楽しんでいた。そのことは母には言っていない。というより、その頃になると母との交流は一切なく、父ともたまに電話で話すくらいの家族関係になっていた。海外に行くくらいで両親にお伺いを立てる歳でもないし、「お土産何がいい?」などと会話する良好な関係になかったということだ。
「私さ、今ドイツにいるのよ。だらか行けない」
「ドイツ...それじゃしょうがないわね」
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