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ありがとうを届けに行かねばならないの

一歩進むごとに、過去の一歩が失くなっていく。
いつかこの場所もゼロになってしまうのだろう。

『霜柱を踏みながら 5』


2018年11月末、私は大阪・鶴橋駅発奈良行きの特急電車に乗っていた。冬間近だというのに暖かくて、出かける間際まで悩んで上着は持って来なかった。電車内は奈良観光に行く人で満席に近い状態だった。そのテンションの高い人たちの熱気でセーター1枚でもちょっと汗が滲むくらいで上着を持ってこなかったのは正解だと思う。指定の窓際の席に座って今日をどう振る舞うべきか、どう振る舞うのが正しいのかを車窓からの景色を見ながら模索していた。

近鉄奈良駅に着いて時計を見る。開始時間までにはあと1時間ほどある。ここから会場であるホテルまで10分もあれば十分だろう。コーヒーでも飲んで気持ちを落ち着かせよう。地下の改札から階段を上がってすぐ近くあるチェーン展開しているカフェに入る。不思議と観光客っぽい人はい。地元の主婦仲間たちが楽しそうに騒いでいたり、年配の男性が新聞を読みながらコーヒーを飲んでいる。同じカフェでも地域によって客層がずいぶん違うな...。そんなことを思いながらアイスコーヒーを手にして一番奥の席に座る。ガラス張りになった店内から外を見回してみる。18歳までここに住んでいてこの辺りを遊び場所として生きていた頃の景色はもうほとんどない。高校生のくせに大学生だと偽ってバイトしていた喫茶店もなくなっていた。それより今日の集まりだ。模索は続く。さて、私はあなたの顔を見つけた時に、どんな言葉を第一声として出せばいいのだろうか?どんな笑顔を、どんな困惑顔を、どんな感激を、表したらいいのかまったくわからなかった。

ホテルの玄関に立てかけてある案内板に『歓迎 〇〇高校同窓会 様』と大きく書いてあった。その下に[受付は2階ホールで行っております]とある。意を決して階段を使って2階へ行く。同じ時間に到着した女性も出席者らしく私の後をついてくる。その人もどこか不安げだ。顔に見覚えはない。きっと違うクラスの人だろう。

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