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第一章 奈々(絵美)と明彦、総集編

多少、加筆修正いたしました。第六話の続きは、第三章に。

第二ユニバース
第一章 奈々(絵美)と明彦

第一話 誘惑
1986年10月10日(金)

 1980年代。その頃のレストランやカフェバーの女子トイレには灰皿がおかれていた。テーブル席で女性が喫煙するのも格好が悪い時代だったのだろう。神宮寺奈々は同僚の沙織と女子トイレで一服していた。

「奈々、あなたちょっとイライラしているでしょう?」
「え?わかった?」
「近いの?」
「そうねえ、生理前四日位でしょうね。昨日からあそこのあたりがムラムラするのよ。私の場合、生理前でもムラムラしてしまう」
「奈々は生理が軽いからいいわよ。私なんて重いんだもの。腹痛、頭痛、腰痛の三拍子。おりものも多いのよ。白い服なんて着られないしね。奈々みたいにムラムラしないわ。イライラが募るのよね」
「アバンチュールが欲しいわあ。今日のメンツじゃダメだものね。既婚者と軽薄なのと。あ~あ、いい男いないかしら?」
「奈々は女性に興味がないの?」
「え?レズビアンってこと?そうねえ、あんまりそっち方面は興味ないかな?」
「奈々は中高一貫教育の女子校だったじゃない?そういうことってなかったの?」
「中にはレズやっている、って噂の子もいたけどねえ・・・」
「なんだ、興味がないんだ。私、奈々とならできそうな気がするんだけどなあ。奈々は気が強いから攻める方で、私が受ける方とか。ねえ、試しにしてみない?」
「う~ん、遠慮しておく。よほど男に縁がなくなって、ムラムラした時にもう一度いってちょうだい」

 実は、奈々には一回だけレズビアンの経験があった。高校の修学旅行の時に、同級生で親友の森絵美とキスをして相手の体をまさぐったことがある。お互い、修学旅行の高揚感があって、そういうことをしてしまった。それ以降は、何もなかったように付き合っていた。あの時は、絵美が攻める方で、私が受ける方だったなあ、と奈々は思い出した。

 彼女らがトイレから戻ると、隣のテーブルのグループが新しく来ていた。その中で、背の高い男性に目が止まった。どこかで見たような、と奈々は考えた。思い出そうとする。どこでだっけ?う~ん・・・あ!絵美のお葬式の時にいた人じゃないかな?絵美のママがいっていたっけ。絵美の件で一緒にニューヨークに行ってくれた人って。気になるな?
 
 奈々は隣りのテーブルの側を通る時に、わざとよろけて、その男性の肩に手をかけた。「あ!ゴメンナサイ。ちょっと酔っ払っちゃった」彼は持っていたグラスの中身を少しチノパンツにこぼしてしまった。「あ!ゴメンナサイ。ズボンにこぼしてしまって・・・」「いいですよ、気にしないで」と彼は言ってくれた。
 
 自分のテーブルに戻った奈々は「おはずかしい。ちょっと、酔ったみたいね」と沙織に言った。奈々のグループは、もう時間も時間だから帰ろうか、とみんな言っている。奈々は、私、ちょっと残って酔いを覚ますわ、と言って誤魔化した。テーブル席から、カウンターに移る。
 
 隣のグループの葬式で見かけた人がトイレに立った。しめた、と奈々は思って、女子トイレに行ったあと、彼が出てくるのをそしらぬ顔で待っていた。
 
「あら、さっきはごめんなさいね」
「いや、いいんですよ。ウィスキーの水割りだし、もう乾きましたから」
「あの、私、あなたをお見かけしたことがありますのよ」
「え?まさかそんなことはないでしょう?」
「いいえ、数ヶ月前、ある知人のお葬式で・・・あなたをお見かけいたしました」
「うん?葬式の席で?」
「そうですのよ。どうも、私たちには共通の知人がいたようですわね」
「・・・う~ん・・・」

 彼のグループもお開きにしようとしていた。彼は、ぼくはもうちょっと飲んでいく、と言って、グループを離れた。少し、残念そうな同じ会社の子らしい女性が恨みがましく彼を見ていたが、彼らは帰っていった。
 
 カウンターに戻ってきた彼が「さっきのお葬式の話、もうちょっとしませんか?」と言ってきた。しめしめ、亡くなった親友の彼氏と夜を過ごすのもいいかもしれない?と奈々は思った。

 彼が「知り合いのいる新橋の第一ホテルの十二階のバーに行きませんか?」と誘ってきた。私は「もう、遅いですし、どうしようかなあ・・・でも、その共通の知り合いの話、興味があります。お付き合いします。私、神宮寺奈々と申します」「あ、ぼくは宮部明彦と言います。よろしく」私はアキヒコの腕を組んだ。ちょっと胸を押し当てる。アキヒコは、カフェバーの前でタクシーを拾って「新橋の第一ホテルまで」と運転手にいった。
 
 ちょっと酔っているのかなあ、この人。宮部明彦くんと言ったっけ?絵美の彼氏だから、同い年くらいだよね?金曜日の夜だし、乱暴な人でもなさそう。でも、酔っ払いよね?あれ?私もそうかも?私も相当飲んじゃったから。
 
 私が腕を絡めているのか、彼が腕を絡めているのか。完全に酔っ払いのカップルじゃない?まあ、いいかあ。彼は慣れているようで、タクシー乗り場からホテルのエントランスまで私を引っ張っていく。エレベーターホールをすぐに見つけて、十二階へ。最上階だ。降りると、左手に長く広く、フランスレストランが左手にのび、右手にはバーのカウンターとテーブル席が広がっている。
 
 彼はスタスタ歩いていくと、「アマネさん、お久しぶりです」なんてそばに来たボーイに言っている。「なんだ、明彦か。今日は彼女さん連れかい?」などと話している。テーブル席に行くのかと思ったら、「神宮寺さん、ここへどうぞ」とカウンター席の革張りのチェアを引いて座らせられた。彼も隣に座る。カウンターの中のバーテンダーが「おいおい、明彦、今日はごきげんだね?キレイな女性連れでどうした?」と明彦に言う。

「えへへ、吉田さん、素敵な女性でしょう?」と言う。「数十分前に初めて出会ったんですよ。何の因果か」と改めて私を見つめる。「しかし、神宮寺さん、このワンピース派手ですね?何の花かな?紫陽花?梅雨時の花でしょ?半年ずれているようだね?」と私に聞く。
「色合いで選んだんですよ。宮部さん、紫陽花の花言葉をご存知?」
「知りません」
「移り気、浮気、無常なの。でも、色ごとに花言葉はあって、このピンクと青は元気な女性で辛抱強い愛情、白だと寛容」
「ふ~ん、神宮寺さんは移り気で浮気性なんだ。ああ、お酒だ。神宮寺さん、何を飲まれますか?ぼくはカナディアンクラブ」
「私は・・・マーテルのVSOPベースでブランディーサワーを飲もうかしら。あ、宮部さん、私、奈々って言います。奈々と呼んで」
「うん、ナナさんね。わかりました。ぼくも明彦でいいや。吉田さん、いつもの・・・」
「ハイハイ、CCトリプル、ロックね。お嬢さんはブランディーサワーですね。了解。明彦、何か食えよ。酔っ払うぞ?」とバーテンの吉田さんと言う人がアキヒコに言う。
「いや、もう充分酔ってます。ビールを中華料理で飲んだのが失敗です。エヘヘ。じゃあ、お言葉に甘えて、牛のたたき、ナッツ、お願いします」とアキヒコ。語尾が怪しい。酔ってる。

 それから、私たちは乾杯した。奈々って言えば、渋谷の西武劇場で、木の実ナナと細川俊之の『ショーガール』って見た?と彼が聞く。見てないわ、と言うと、あれは見よう。面白い。今度、是非ぼくと見よう、と言う。でも、ナナはちょっと巻き毛なのは似ているけど、木の実ナナよりも脚は細くて長いね、唇も木の実ナナよりもカワイイ。でも、木の実ナナみたいに官能的だね、とか言っている。さんざん、ショーガールの論評を聞かされた。
 
「ナナはどこかにお勤めですか?」とアキヒコ。
「広告代理店のお仕事なんです。D社」
「D社?あそこはイカン。世界最大の詐欺会社だ」
「あら失礼ね。普通の広告代理店ですよ?」
「キミ、D社の社員なら知っているだろう?『鬼十則』、『責任三カ条』、『戦略十訓』を?」
「あら、アキヒコ、よくご存知ね?」
「知り合いがいるもんでね。『戦略十訓』なんてひどいよね?顧客に『~させろ』なんてさ。無駄使いさせろ、きっかけを投じろ、流行遅れにさせろなんて社員に教育してる。日本で一番大きな広告代理店に勤めている雌狐なんてクズだ」とひどいことを言う。

 私は取引先の部長とのことを思い出した。高額なプロジェクトで、私が部長にアプローチした。それこそ『戦略十訓』そのまま、部長にもっと使わせさせ、家族を捨てさせ、無駄使いさせている。好きでもなかったが、外見は色男で、オシャレだ。そのプロジェクトは日本政府も噛んでいて、私はどうしてもそれを受注したかった。それで、ハニートラップを仕掛けたのだ。自分自身を使って。酒を飲ませ、しなだれかかって、抱かれてやった。セックスはうまかった。でも、今は、プロジェクトも受注して、部長はお荷物。離婚するから結婚しよう、なんて言われていて負担だ。確かに、私はアキヒコの言うように雌狐でクズかもしれない。

「アキヒコ、ひどいなあ。雌狐でクズなんて」と言って私はグラスを干した。
「そういう業界なんだよ。女性はみんな雌狐でクズになってしまう。ああ、もう飲み物がないね?吉田さん、彼女とぼくにもう一杯」
「女性がみんな雌狐でクズになるわけはありません」といろいろと反論したが、部長との情事が頭に浮かんで、あまり、強く言えないわね。
「そうだ!ナナ、広告代理店など辞めて、ぼくと結婚しよう!」とアキヒコは言う。「ぼくは堅実な建築会社の社員だし、雌狐でクズになってしまう前にぼくと結婚すればいいんだ!」と言う。私は、もう雌狐でクズになっているんですけどね、と思った。
「ハイハイ、考えておきますね」と私は答えた。
 
 私は男運が悪いのかなあ。昔から、男性経験は悲劇的だ。部長とのアバンチュールは仕事がらみだけど、プライベートでは、たいがい相手から振られる。さんざん体を弄ばれて、飽きられる。私も癪だから、こっちからお断り、と言って三行半を突きつけて、悪い形で関係消滅なのだ。
 
 アキヒコとお互いの男女関係を告白しあった。絵美の話は出ない。アキヒコは、メグミとかマリコとかヨウコとかの話をし出した。私もさんざん体を弄ばれて、いつも悪い形で関係消滅なのと私の男性経験を話す。
 
 それから、アキヒコは「ぼくはキミに森羅万象を語る」と言って、多次元宇宙とか、相対論とか、ビッグバンの話をする。私が物理学を知っているわけないじゃない?でも、話として面白かった。頭は悪くなさそう。女を騙すような人間じゃないな。ルックスも悪くない、と私は思った。それに絵美のお眼鏡にかなった彼氏だった、というお墨付きがある。

 さんざん話をしていたら、二人共ヘベレケになってきた。私、六杯くらい飲んだかしら?アキヒコもCCのトリプルを浴びるように飲んだので、そりゃあ、ヘベレケよね?

「だから、ナナは、広告代理店など辞めて、ぼくと結婚すればいいんだよ」と元の話に戻ってしまう。「あれ?そもそも、ぼくらはなんでここに来たんだっけ?」と私に聞く。「忘れたの?アキヒコ?ある葬式の席で私があなたを見かけて、私たちには共通の知人がいた、という話だったじゃない?」

「それは目白の葬式だった?」と彼が聞く。
「そうよ、去年の年末のお葬式。そこで私はあなたをみかけたの」
「ふ~ん、そうか。あれはいろいろ大変だったんだ。ニューヨークに行って、いろいろあってさ。実に大変だった。モルグに行って、FBIも絡んで。死んじゃったんだものなあ」
「私は彼女の高校の同級生だったのよ」と言ったが、彼は吉田さんに酒を注文していて聞いていない。「絵美は私の親友だったの」と小声で言ったが聞こえたのかしら?私は、絵美の亡くなった経緯を彼女のママから聞いている。確かに大変だったようだ。そうか、彼が絵美の彼氏だね。間違いないわ。さっき彼が言っていたヨウコって、ママが言っていたお世話になった島津洋子さんのことかな?

 彼はCCのお代わりを飲み干してしまう。「さて、ナナ、ダスティン・ホフマンの『卒業』って映画があるだろう?最後にホフマンが彼女を結婚式の場から強奪して、逃走してしまう。同じことをしよう。キミはぼくの女だ。『卒業』だ。吉田さん、部屋を取って下さい。ぼくは彼女を強奪します」と言って、カウンターに突っ伏して寝てしまった。
 
「あ~あ、今年のはじめからいつもこれですよ。よっぽどショックだったんだろうね。明彦は横浜だから、今からタクシーで帰ってもかなりかかるし、いつも酔いつぶれるとここの部屋で寝てしまうんですよ。お嬢さんはどうします?私たちでこいつを部屋に放り込んでいきますが」と吉田さんが私に聞く。

 数秒考えた。「吉田さん、私が部屋まで連れていきます。もう少し、お話をしたいので」と言うと、「大丈夫ですか?こいつはね、大学の時にここでバイトしていて、いいやつですけど、こういっちゃなんだが、女性にはだらしない」

「いえ、私、彼がこうなった原因の親友だったんです。森絵美という女性の高校の同期で、彼女の親友だったんですよ。彼女のお葬式の時に彼を見かけて、それでさっきお酒を飲もう、ということになったんです」
「あれれ?あなたは絵美ちゃんのお友達だったの?」
「ハイ、吉田さんは絵美をご存知だったんですか?」
「いつも絵美ちゃんをここに連れてきてね。あなたが座っているその席にいつも座ってた。そうか、彼女の親友なのか」
「ここに?絵美が座っていたの?」私は何か彼女の幽霊が私と一緒に座っている気がした。気味が悪い、というより、彼女に会いたいという気がした。

 アキヒコがムクッと起き上がって、「吉田さん、お勘定、このカードで。部屋にここのお勘定も一緒につけておいて下さい」とジャケットの裏のポケットから財布を取り出し、クレジットカードを吉田さんに差し出した。「しょうがない酔っ払いだな。お嬢さん、ほんとにいいの?いいんだったら、部屋はツインを取るけど?」「いいえ、ダブルで結構ですわ。私は彼の言う雌狐でクズな女ですのよ」「ふ~ん、まあ、ご勝手に。でも、あなたは絵美ちゃんと雰囲気似ているね。高校が同じだからかな?」と吉田さんは言って、フロントに電話をかけて部屋を手配した。フロントからキーが届いて、キーを私に差し出す。「担げますか?」と私に聞く。

「アキヒコ、立って。お部屋に行きましょう」と私が彼に言うと、
「キミはぼくを強奪するのか?」と訳のわからないことをブツブツ言っている。

 ごちそうさま、と私は吉田さんに言って、失礼すると、エレベーターにアキヒコと乗り込んだ。部屋番号は・・・518ね。
 
 部屋に入ると、アキヒコはベッドに倒れ込んだ。仕方ないなあ。と彼を抱き起こして、ジャケットとチノパンツを脱がした。これ以上脱がすのは無理だな、と思って、クローゼットのハンガーにかけた。私が枕荒らしの女だったらどうするんだろう?財布とか盗まれちゃうじゃない?
 
 私も服を脱いだ。下着も脱いで、バスタオルで隠す。私も酔っているのかしらね?彼の頭をピローにちゃんと乗せてやった。これが絵美の彼氏なんだなあ。どれどれ?ちょっとぐらい彼の持ち物を点検してもいいじゃない?とアンダーパンツを下げてみる。あら?標準以上ではあるわね?味見しちゃダメ?と萎えているそれを口に含んだ。あら?酔っ払っていても元気のいいこと。もうちょっと舐めてみるかな?

 少しイタズラを続けていたら、出てしまった。おっと、出ちゃった。マズイ、と思って全部飲んでしまう。寝言で「絵美」とか言っている。癪だなあ、死んだ後でも思ってくれる男が絵美にはいるのね、と思った。彼のあそこをキレイにして、彼の横になって、起きて私を抱いてくれないのかしらね?と思っていると、寝てしまった。あ~あ・・・

第ニ話 転移
1986年10月11日(土)

 眼が覚めた。

 天井がグルグル回っている。ちょっと高級そうな天井だなあ、と思った。シャンデリアがある。枕はフカフカしている。羽毛なのだろうか?ぼくのうなじまですっぽりとおおっている。枕に頭が沈んでいるので、起き上がらないと右も左も見えない。

 どうにか頭蓋骨は首の上に座っているものの、星座を撮って早回ししているように視界がグルグル回っている。頭が痛い。飲みすぎたのはわかっている。ビールなど飲むからだ。どうも、ぼくの場合、ウィスキーを飲むよりもビールを飲んだほうが酔っ払ってしまうのだ。ビールの吸収率が非常にいい体なんだろう。瓶ビールは675ミリリットル。アルコール度数は5%くらいだから、34ミリリットルくらいしかアルコールは含まれていない。ウィスキーのシングルは30ミリリットル。アルコール度数はほぼ40%。つまり、12ミリリットルがアルコールだ。ウィスキーはいつもトリプルで注文するから、アルコールの量は36ミリリットル。瓶ビール一本とほぼ同じ。同じだけれども、ビールに含まれているアルコールはすべてぼくの体は吸収されて、ウィスキーのアルコールは半分ほども吸収しないようだ。ウィスキーのトリプルなら5杯飲んでもそれほど酔わないが、瓶ビールを5本のんだらぼくはベロベロだ。

 かすかに覚えている。ビールを飲んだのだ。三本くらい。その後、ウィスキーを飲んだ。ビールの後にウィスキーを飲んじゃいけないのはわかっていたが、飲んでしまったようだ。あれ?店は同じだったかな?誰が一緒だったんだろうか?

 だんだん思い出してきた。

 工事部の同僚と飲んだのだ。神田だ。インテリアが洋風の、中華レストランで食事をしたのだ。そこでビールを飲んでしまった。それから・・・それから、う~ん、同僚の何人かと、設計部と経理部の女の子とぼくを含めて5名くらいで、カフェバーに行って、ウィスキーを飲んだのだ。それで・・・それで、隣のテーブルのグループの・・・誰か女の子がいて・・・

「あら、眼が覚めたの?」と見知らぬ女性が、枕につつまれたぼくの頭越しに顔を出した。
「ヘイ?」とぼくは言う。
「酔ってしまったのね、アキヒコ」と彼女が言う。
「う~ん、そのようだね」

「何か、覚えている?たとえば・・・私とか?」と彼女はイタズラっぽく笑う。
「う~ん、キミは紫?え~っと、アジサイのプリントのワンピースを着ていて・・・もちろん、今は着ていないようだけど・・・」彼女は裸だった。

「え~っと、え~っと、ダスティン・ホフマン?何か、そのような・・・う~ん、これが思い出せる限界だな」とぼくは相変わらず天井を見上げながら、その視野の半分を占めている女の子の顔を見ていた。巻き毛でハスキーボイスで、木の実ナナみたいな女の子。う~ん・・・

「アキヒコはね、私のことを『これはぼくの女だ!これから拉致する!『卒業』だ!』と言って私を拉致したのよ、ここに」と彼女が言う。

「う~んっと、え~・・・ナナ?」
「あら、思い出してきたみたい?」
「ショーガールがなんとか・・・」
「私たちは、木の実ナナと細川俊之の『ショーガール』の話をしていたのよ」
「う~ん・・・」
「それで、アキヒコは、『キミはぼくの女だ。だから、これから寝るんだ!』って言ったの」

「う~ん、それでぼくらは寝ている?一緒に?」
「そうよぉ、アキヒコは、ホテルにチェックインして、文字通り、ベッドに倒れこんで寝ちゃったのよ。上着とチノパンツはもうしわけないけど脱がしたわ。クローゼットにかけてある。シャツは無理だったけど」
「なるほど・・・お世話になっちゃったわけだ・・・」
「何もしてくれないで・・・」
「倒れこんで寝ちゃったらぼくは何もできないな」
「私もすぐ横で寝ちゃったけどね」
「え~っと、ここは?・・・」

 ぼくは起き上がった。まだ、視野がまるで天井扇がグルグル回るように回っている。

 ここは、新橋の第一ホテルに違いない。インテリアに見覚えがある。

「新橋の第一ホテルのバーで飲んだんだな?」とぼくはナナに尋ねた。
「ますます、思い出してきたのね?」
「カウンターで飲んだ?」
「ピンポン!」
「ぼくはCCをトリプルで飲み続けた?」
「パンポ~ン!」
「キミは・・・え~っと、ナナは、ブランディーサワーを飲んでた」
「ほんの6杯だけど・・・」
「で、バーテンにチェックインのお願いをして・・・」
「そうそう・・・お友達のバーテンさんにね」
「それで、ぼくらはここにいるってわけか・・・」
「そうよ、アキヒコ、まだ、私、アキヒコに拉致されている最中なんだけど?」

「拉致した女の子に、え~、ナナに頼むのはもうしわけないんだけど、水、くれない?バスルームの蛇口の水でいいから。それも大量に」
「大量って、グラスは2個しかないんだけど?」
「2個とも、なみなみと」
「ハイハイ」

「ナナ、キミ誰?」
「あら、さっき・・・と言っても昨日の晩ね、アキヒコは『この広告代理店の雌狐め!』って罵倒してくれたじゃない?」
「そうだっけ?」
「そうよ。それで、カウンターで森羅万象を語ったのよ、アキヒコは」
「森羅万象?」
「だって、アキヒコが『ぼくはキミに森羅万象を語るんだ!』って言って、いっぱい話してくれたじゃない?」
「ナナは、広告代理店に勤めているの?」
「あら?日本で一番大きな広告代理店に勤めている雌狐なんてクズだ!って言ったじゃない?」
「う~ん、思い出せない。失礼なことをぼくは相当言ったようだね?」

「『広告代理店など辞めて、ぼくと結婚しよう!』と言っていたわ」
「やれやれ。ぼくはプロポーズまでキミにしたわけだ」
「そういうことです」
「それで、ぼくはナナに森羅万象を語ったの?」
「語りましたとも。まあまあ、女の子に不自由しなかったようで・・・」
「う~ん・・・」

「あのね、私、アキヒコの絵美とは高校の同級生だったのよ。だから、彼女のお葬式の時にあなたをみかけたってわけ。世界は狭いわよねえ。キミが絵美の彼氏のアキヒコだったってことね?

「え?」
「えっ?て、覚えていないの?」
「まったく。ナナは絵美の同級生だったの?」

「そうよ、昨日、そういったと思ったけど?」
「覚えていないよ」
「そっか、小声で言ったからね・・・」

「そんな偶然ってあるかい?」
「その偶然が目の前にいます!」

「なるほど・・・しかし、いったい、ぼくは何をしゃべったんだ?」
「森羅万象よ」
「森も林も樹もあるけど、そのうちのどの部分をしゃべったんだろうか?」
「森についてのポリシーと・・・あら?絵美の苗字じゃない?それから、林の構成と、樹のそれぞれのディテールを話して・・・」
「つまり、えんえんとぼくの悲しむべき女性経験を聞かされたんだね?ナナは?」
「ああら、私の悲しむべき男性経験も拝聴してくれたのよ、アキヒコは」
「それは実にもったいない話だ・・・ナナの悲しむべき男性経験がまったく思い出せないんだよ」

「まあ、そのうちまた話してあげるから・・・それよりもだね、アキヒコ?」
「まったく、ナナと絵美の高校の女の子はそういう絵美的な話し方ばっかりだったっけ?」
「そぉ?似てる?」
「似てます」
「なんか、絵美と似てるって言われるのもヤダな・・・」
「ま、いいさ、この世にいないんだから・・・」

「ねえねえ、アキヒコ、キミ、モルグ行ったの?そう聞いているんだけど・・・」
「行ったさ・・・え~、でも、この話後にしてルームサービスでも頼まないか?」

 彼女は素っ裸だった。「オッケー、朝食のメニュー、吟味していてちょうだい?」と言って、かなり豊満なヒップを揺らしながらバスルームに消えた。

 ぼくは、彼女が言ったとおり、シャツに下着姿だった。部屋のクローゼットを開くと、バスローブが二つあった。ぼくはシャツと下着を脱ぎ、バスローブを羽織った。バスルームのドアをコンコンとノックして開けた。

「バスローブ、いるよね?」とナナに訊く。「ああ、洗面台の上にほうりなげておいて」と彼女がシャワーを浴びながら言った。ぼくはバスローブを洗面台の上においた。

 さて、何を頼むんだろうか?ぼくが好きなのはハードボイルドエッグだけれど、たぶん彼女はサニーサイドなんだろうな?ベーコンはぼくと一緒でカリカリに。ジュースは・・・グレープフルーツだ・・・トースト。バター。コーヒーはアメリカンローストをポットで二つ、とこういったところだろうか?ぼくは自分で決めたチョイスで、ルームサービスに頼んだ。

 彼女がバスルームから髪の毛をタオルで拭きながら出てきた。ぼくは思うんだけど、ホテルの部屋で、男性だったらタオルはひとつで済むが、女性の場合、体に巻く用ひとつ、洗髪用ひとつの2ついるんじゃないだろうか?まあ、いいや。それにしてもバスローブをわたしたのに、バスタオルで胸を隠すだけででてくるの?目のやり場に困るんですが・・・

「何を頼んだの?」とナナが訊く。ぼくは、「キミのはサニーサイド、カリカリベーコン、グレープフルーツジュース、クロワッサンではなくトースト。コーヒーはアメリカンをポットで二本頼んだ」と説明した。

 彼女はベッドに腰かけた。「よく私の好みがわかるのね?」とナナが不思議そうに首を傾けてたずねた。
「たぶんそうじゃないかと、読んだんだけどね?」とぼくは答えた。
「絵美、と似たようなオーダーなのね?」とナナが当然のように言った。
「そう。わかるの?」
「わかるわよ、彼女、私の親友だったんだから・・・」
「ぼくは知らないよ、キミを」
「あら、聞かないと答えない子だったのよ、絵美は。アキヒコが聞かなかっただけでしょ?」
「確かに、あまり絵美の周囲の話ってしなかったな。ぼくらの話で忙しくて・・・で、NYのモルグの話だったよね?」
「そうそう、モルグよ。そこで何を見たの?訊いたの?アキヒコは?」
「何も訊かなかったよ。本人確認だけだ」
「なぜFBIが関与したの?」
「おいおい、キミはどこまで知ってるんだ?」
「絵美のママから聞いたのよ。ニューヨークであったことはほとんど知っているわ」
「じゃあ、それで全部だよ」洋子からFBIの最終報告書を受け取るのは来年の12月だった。FBIの関与は、ノーマンから話を聞いただけで、それがどういう経緯なのかは、ぼくはこの時知らなかった。

 ドアベルが鳴った。朝食が来たようだ。ドアを開けると二人分の朝食のトレイをトロリーに乗せてきたメイドが立っていた。トロリーを押して、ベッドの側に止めた。ぼくは、クローゼットの中のナナが吊るしてくれたジャケットから財布を出して、彼女に五百円札を渡した。「どうもありがとう」とぼくは彼女に言うと「朝食、どうぞお楽しみ下さい」と出ていった。
 
「ナナ、どうする?どこで食べる?」
「ソファーに座って並んで食べましょう」

 ぼくはトレイから料理をソファーテーブルに移して並べていった。ぼくの右横にバスタオルで胸を隠したナナが座った。ナナは長い右足を組んで、ぼくの方に体を寄せてくる。タオルがずれて、太ももの奥が見える。ぼくは、タオルを直してあげた。

 ナナはグレープフルーツジュースを飲みながら「あら?見えた?」と全然気にしないで言う。「うん、まあね」「一緒のベッドで、私は裸で寝ていたんだから問題ないわね」「ぼくの生理現象以外は問題なさそうだ」「え?ちょっと興奮した?」「ちょっとの三段階上くらい、メーターがあがったかな?」「私、アキヒコの鑑賞に耐えられるレベル?」「充分すぎるね」「どれどれ?」とナナはぼくのバスローブをはぐって手を差し入れてきた。「うん、確かに、充分な反応をなさってますね?」「ナナ、食事ができなくなるよ」
 
 ナナは涼しい顔で、バスケットからトーストを取って、バターとマーマレードを塗っている。「お腹空いちゃった。まずは性欲よりも食欲ね」とトーストを齧った。唇の横についたバターを小指で拭う。非常にそそられてしまう。「やれやれ、ぼくも食べよう。コーヒーついでいい?」「ええ、お願い」ステンレスのサーモスからぼくはカップにコーヒーを注ぐ。

「アキヒコ、今、何時?」腕時計を見るとまだ八時半だった。
「八時半」
「チェックアウトは何時なの?」
「十二時だけど」
「ねえ、アキヒコ、今日は日本全国土曜日よね?あなた、明日は暇なの?」
「予定はないけどね」
「ふ~ん、チェックアウトまで三時間半じゃない?初めて出会って、男の方は昨日のことをあまり覚えていない、何もしなかったカップルが三時間半ではお互いを知り合うには短すぎるわよね?」
「短いとも言えるし、長いとも言えるし」
「あのね、もうワンナイト、このホテルに泊まる気ある?わたしと一緒」
「それは別にいいけど、キミ、大丈夫なの?」
「もちろん、大丈夫よ。そうすれば、明日の昼まで、二十七時間半、私のことを隅々までアキヒコは知ることができる。午後は銀座をブラブラして、食事して、お喋りして、またこの部屋に戻って来るの。どう?」
「すごく刺激的な申し出だね、ナナ。ぼくは別に構わないけど」

「そう?だったら、そうしましょう。それで、これ、食べ終わったら、私を抱いてね。絵美だと思って抱いてくれてもいいことよ」
「絵美はキミのような巻き毛でハスキーボイスじゃないよ」
「同じ女子校なんだから、中身は一緒よ。私も自分を絵美だと思ってアキヒコに抱かれてあげる。親友の彼氏に抱かれるって始めてなんだ」
「ぼくだって、ガールフレンドの親友を抱くのは始めてだ」あれ?初めてじゃないや・・・

「あ、ナナ、避妊が・・・」
「大丈夫、たぶん。生理四日前なんだ。たぶん、大丈夫。でも、大丈夫じゃなくっても、どうせ、拉致してプロポーズされちゃったんだから、できたら、産んじゃおう。それで結婚してくれればいいわ」
「昨日の夜、会ったばかりで?」
「昨日の夜、会ったばかりで、拉致して、プロポーズしたのはキミだぞ?」と元気なナナは言ったが、ちょっと具合が悪そうで、額と後頭部を押さえた
「どうしたの?」
偏頭痛がして、後頭部が少し熱いのよ。でも、キミが抱いてくれたら治るわ」記憶転移の症状なのだが、この二人はそれを知らない


 いつものように明彦が私の腕をあげさせて手を絡めてくる。私が自分で動けなくさせるように。そして、これから、数十分もゆっくり挿入されたまま焦らされる。嫌いじゃないけどムラムラする。脚は動くので開いたり閉じたり明彦の体をちょっと締め付けたりして邪魔してやる。これじゃあ、標本箱に串刺しにされた蝶々じゃない。こいつは、浅く突いたり奥まで挿れたりして、私を焦らして楽しむ。もう、始まってすぐなのに逝かされる。

 やっと開放してくれる。私の腰を持って起き上がらせる。あぐらをかいた彼に座っている。これも樹にすがりついているセミみたいなものだ。体の中心線を貫かれている。これも私にとってはたまったものじゃない。わたしの体重がほとんど一点で支えられていて、ずっと奥までこいつのが届いている。悔しい。また何度も逝ってしまう。

 今度は私が上。ふん、私の好きな所をグリグリして、かき混ぜて、キスしたり離したり、乳首を虐めたり。私の番よ。と思っていると、私が腰を沈めた時にこいつは私の腰をつかんで突き上げてくる。一回だけ。思いっきり。これでもうダメ。一番奥まで抜かれたまま、こいつの上で果ててしまう。

 ハアハアしていると、仰向けにされる。脚を開かされる。しばらく挿れずに上から下へ、下から上へ、私のあそこをなぞるだけ。私が腰を動かして彼のを捕まえようとするが、そらされてしまう。いい加減ジリジリしてきたところで、やっと挿れてくれる。それも一秒間に1センチ動かす程度で、ゆっくりと挿れだす。一番奥まで届いた。自分でも子宮が下がってくるのがわかる。それからは抱き合って、お互い貪り合って、夢中で体を動かして二人共果ててしまう。

 二人でハアハア言う。「アッちゃん、今回もまんざらじゃなかったよ」と言った。

 明彦は目を瞬いて私の顔を覗き込む。「アッちゃん?今、そう言った?
「うん、なあぜ?」
「終わった後、ぼくをそう呼ぶのは絵美だけだ!」
「何を言ってるの、明彦?だって、私じゃない。あれ?これって、リアルな夢なのかしら?ニューヨークじゃないものね。ここは・・・東京のホテル。おっかしいなあ・・・」
「ナナ、キミは変だろう?」
「奈々?私は奈々じゃないですよ。第一、明彦はなぜ私の友達の名前を知っているの?変なのはキミだよ」

 急に明彦が起き上がって、私を立たせる。バスルームに連れて行く。鏡の前に立たせた。「なにするの?明彦」

「鏡を見るんだ。キミは神宮寺奈々だ」
 
 私は鏡を見た。鏡にうつっているのは私の友達の奈々だ。「え?」
 
 私はこの体を点検した。腕、脚、お尻、首、胸、乳首、指、顔を触る、骨格が違う。あれ?なぜ?ニューヨークのアパートメントのベッドに入るまで、私は森絵美だったのに。え?え?

「奈々、キミは演技しているだけだよね?」
「あ、明彦、演技じゃない。私は、私の記憶は、自分が森絵美だと言っている。私は神宮寺奈々じゃない」
「なにが起こった?どうしてこうなった?」
「私にもさっぱり、わからない・・・、第一、明彦、これが現実だとして、なぜ、キミは私の友達とホテルで抱き合っていたの?また、おちゃめをして、私を裏切ったの?」
「・・・絵美、キミは死んだんだ」
「え?」
「今日は何年の何月だ?」
「え?1985年12月じゃないの?」
「今日は、1986年10月11日、土曜日だ。キミは、ニューヨークで1985年12月6日に銃で打たれて殺されたんだ」
「そんなバカな!」
「ぼくはキミのママとニューヨークに行って、モルグでキミの死体を確認して、火葬して、お骨を持ち帰り、森家で葬儀を行ったんだ」
「なんてこと!」

「ちょっと、確認させて欲しい。ぼくらが初めて会ったのは?」
「あ、雨の降っていた1979年2月17日の土曜日よ」
「どこで出会った?」
「明治大学の小講堂」
「キミはなにをしていた?」
「キース・ジャレットのケルン・コンサートを弾いていたわ。それであなたが小講堂に入ってきて・・・」
「その後どこに行った?」
「山の上ホテルのバーよ」
「何を話した?」
「ユングの話。ペルソナの話」
「キミの好きなチェロの曲は?」
「バッハの無伴奏チェロ組曲」
「ぼくらはキャンプに行った。どこ?」
「日光の中禅寺湖」
「ぼくらが始めてセックスしたのは?」
「1983年2月12日。帝国ホテルで」
「・・・」

「明彦、何が起こっているのよ?」
「わからない。でも、その記憶は間違いなく絵美だ。ナナがそんなことを知っているはずがない。ぼくだって、日にちまで覚えていない。女の子はそういうメモリアルデイをよく覚えているんだろうけど」
「なぜ、私が奈々なの?」
「心理学はキミの専門だ。なんでこうなるのだろう?・・・じゃあ、ナナは?ナナの人格は、絵美、どこに行ったんだ?」
「・・・ここに、この中に」と自分の頭を指し示した。「彼女はいる。あ!彼女の記憶も私はわかる。知っている。彼女の28年間の記憶がある。彼女、出してよ、ってジタバタしているわ」
「じゃあ、キミの人格はどっちなんだ?キミのアイデンティティーはどちらだ?」
「あれ?どっちかな?絵美かな?」
「・・・少なくとも、事実は、1985年12月までの森絵美の記憶が神宮寺奈々に転移して、絵美、奈々の記憶が双方ともナナの肉体に存在している、ということなのか?それも去年死んだ人間の記憶が?」
「・・・」
「じゃあ、昨日の夜のことは覚えているのか?ナナ?じゃない、絵美?」
「・・・ああ、なるほど。神田のカフェバーよね?彼女は、奈々は、私のお葬式であなたを見かけて、わざとあなたを誘って・・・あ!こいつ、最初から明彦と寝るつもりだったんだ!死んだ親友の彼氏と寝るのもいいかも、だって。ひどいなあ・・・明彦、私、死んじゃったんだ・・・」
「死んだ、とも言えるし、記憶は今のその体にあって、確かに存在しているし。どういう物理現象なんだろうか?」
「二重人格?いや、そんなはずはないわ。多重人格、つまり、解離性同一性障害は自己防御のために、その人格が別のペルソナを創造して作った人工物。こんなに事実に基づいた明確な人格を奈々が創れたとは思えない」
「つまり、独立した記憶、人格が、すでに死亡した肉体から、別の肉体に転移したのか?」
「そのような・・・あら?私、死んだのに、すごく客観的にこのフェノミナを受け止めているわ」
「絵美、ナナの口から、いつものキミの口調が出てくるのに違和感がある」
「そうよね。私の声じゃないしね。私、こんなハスキーボイスじゃないもの」
「う~ん、記憶というのは、質量のないエネルギーとも言える。質量がないのだから、E=mc^2の質量「m」はゼロだ。光速の制約を受けない。単なるデータなのだから、それが1985年12月から一年後に飛んで出現することは理論的には可能だ。でも、どういう理由で?タイムリープ?生まれ変わり?輪廻転生?幽体離脱?こんな話は聞いたことがない」
「ああ、明彦、私はどうすればいいの?私たちはどうなるの?」
「事実として、実体があるのは、神宮寺奈々なんだから、キミは、神宮寺奈々として振る舞わざるを得ないな」
「・・・仕方ないわね」
「でも、ナナの人格は出てこないのかい?」
「わからない。この状態が続くと、私なのか、奈々なのかもわからなくなるかもしれない。記憶が混ざり合って、融合してしまって・・・いつものパターンのセックスで、私の人格が出てしまって、勝っちゃったのかしら?ただ、解離性同一性障害の場合は、衝動の統制、メタ認知的機能、自己感覚などへの打撃となって、負のスパイラルに陥って、人格が崩壊する場合があるけど、このケースの場合・・・」
「『このケースの場合』だって?自分のことなのに?」
「うるさいわね。私がこの人格を制御できているうちは崩壊しない自信があるけど・・・ああ、奈々もタフだわ。大丈夫そうね」
「キミたちは、同じ肉体の中で会話しているのか?」
「あら?どうやっているのかしら?このメカニズムがわからないなあ・・・」
「う~ん、頭が痛くなってきた・・・」
「それはそうと、明彦!あなた、私が死んだからって、洋子とかメグミとかとヨリを戻してないわよね?浮気性なんだから」
「洋子はモンペリエに行って助教授しているし、メグミは彼氏を見つけて、結婚するって言っているよ」
「そう、安心した」
「いや、絵美、あのね、そもそも、キミは今ナナの体にいるんだし、もしも、洋子とかメグミがぼくらを見たとしたら、キミは新参者のぼくの彼女に見えるんだよ?」
「まあ!確かにそうだわ!・・・私、本妻の地位を追い落とされた可哀想な妻って気分になってきた・・・」
「ああ、ややこしいなあ・・・」
「まあ、いいわ。こうなったら」とナナの胸を両手で押し上げて「この体でなんとか生きなきゃ。私より背はちょっと低いけれど、美人だし、私よりも胸はあるし、頭も悪くない。広告代理店勤務なんだ。なるほど。彼氏はいまいないのね?それで、明彦に目をつけったってわけなのね?」
「絵美、その内部会話、あとにしてくれない?」
「うん、わかりました」
「どうしようか?」
「いいんじゃない?奈々のアイデアの予定通りで。朝食も終わったし。明彦、トロリーとトレイを廊下に出してくださらない?ホテルの部屋で食べ散らかした食物があると、生活感が感じられてイヤ」
「ハイハイ、了解」
「そうね、それで、もう一回しましょ?」
「え?」
「セックスよ、セックス。ニューヨークで、どうしようもないから自分で慰めていたのよ。私にとってはご無沙汰なの。それで、午後は銀座をブラブラして、食事して、お喋りして、またこの部屋に戻って来るの。明日の昼までに時間はたっぷりあるわ」
「ハイハイ、了解」

――――――――――――――――――――――――――――
第一ユニバース

 その頃、と言っても異なる時間軸だから平行した同じ時間とは言えないが、別の宇宙では、湯澤研一が改良型の記憶転移装置のデータを解析していた。湯澤は、同じ部屋にいたメンバーに声をかけた。

「小平先生、明彦、絵美、恵美、ちょっとこのデータを見てくれ」と言ってPCのモニターを見せた。「なんだね?このデータは?」と小平が聞くと、

「第一ユニバースと第三の記憶データ転送は機械間で可能になったじゃないですか?それで、第二はどうなっているんだろう?と思って、記憶データが同調できる個体、類似体を探っていたんですよ。そうしたら、明彦は見つかった。それで、絵美らしい個体も発見できた。でもね、第二の時間軸でいくと、絵美はこの時点では死亡しているはず。洋子と絵美の偶発的な第二からの記憶転移ではそうなっている。ところが、絵美の記憶データと同調する個体がいるんですよ。絵美は生きているんですよ。死んでいるはずなのに」

「ちょっと、研一、それはわけがわからないわね?」と絵美が言う。「私と洋子の記憶だと、そのデータの第二の時間軸の1986年は私はいないのよ?私が第二で死亡したのは、1985年の12月よ。洋子の記憶でもそうなんだもの。なにがあったのかしら?」

「まだ、装置の改良中だから、もっと精度をあげて、時間軸を追跡できるようになったら、ハッキリするかもしれない」と湯沢は言った。

第三話 交代
1986年10月11日(土)

 絵美が長い間ご無沙汰して可哀想だから、今度のセックスは絵美のしたいようにさせた。させていたのだが・・・

 ぼくにのしかかっていた絵美が急に「あ!」と言った。「え?どうしたの?」と聞くと、「アキヒコ、戻ったわ。今は奈々よ、私」と言った。

「え?なにがどうなってナナに戻ったんだ?」

「わかんない。アキヒコのを挿入してしばらく経ったらこうなったの。よかったぁ。もう、戻れないんじゃないかと思ったわ。それにしても、あなたと絵美で人の体を好き勝手やってくれましたね?私が自分の体をどうすることもできないでいるのに、私を傍観者にして、ガンガン、人の体を突いていただいて!」
 
「それって、ナナ、絵美が出ている間もキミに感覚があったの?」
「ええ、ええ、もう死にそうだったわ。あんなにいくなんて始めて。でも、自分で体を動かせないで、絵美のヤツ、ロボットを操縦するみたいに人の体を使って。あったまくる!アキヒコとの初セックスを絵美に乗っ取られたわ。って、こら、アキヒコ、考え込んでいないで、腰を動かして。私、騎乗位って好きじゃないの。正常位にしましょうよ」

「あ、わかった」とナナをぼくの上から下ろして横たえた。「アキヒコ、絵美との時みたいに優しくしないでいいわよ。乱暴にして。胸も握りしめていいから。乳首も捻っていいわよ。虐めて頂戴」
「いや、調子狂うなあ。同じ体なんだけどなあ」
「ブツブツ言わないで。話はあとよ。私を気持ちよくして頂戴」

「まいるよなあ。じゃあ、ナナの言うとおりに」とぼくはナナの脇の下から手を差し入れて、後ろ髪を思い切り引っ張ってやった。ナナは顔をのけぞらす。そこで、腰を思い切り突いてやる。絵美の時と違って、脚でぼくをグイグイ締め付けてくる。それを強引に引き剥がして、股さきにして突いてやる。ナナは大きな声で叫ぶ・・・

「まったく、同じ体なのに、人格が変わるだけで、こうも反応が変わるのか?どうなっているんだろう」

 ナナはハアハアいいながら「ねえ、アキヒコ、私、このまま絵美が入ったままなの?」

「う~ん、この現象が心理学的現象なのか?物理学的現象なのか、はたまた、心霊的な現象なのか、さっぱりわからないんだ。ナナは、ぼくと絵美の会話は聞こえていたの?」

「体を自分の思うように動かせなくって、絵美に操縦されている以外は、私の、あれなんて言えばいいの?・・・ああ、五感は正常に働いていて、受動的なものはすべて共有されていたの。演劇の舞台の袖に引っ込んでいたみたいだけど、観客の反応はすべてわかる、というような。と、絵美は言っているのだけどね」

「その内部会話?ってどういう仕組なんだ?」

「どうなっているの?これ?え?同じコンピューターに二つのオペレーションソフトがインストールされていて、基本的には奈々の基本ソフト上を絵美のソフトが走っているという状態で、何らかのインターフェースで、二つの人格間の意思の疎通がはかられているのではないか?と絵美は言っています。どういうこと?」

「う~ん、つまり、たとえば、ナナの体、脳はパソコン、ナナの人格はMS-DOSみたいなもので、MS-DOS上を絵美のウィンドウズが動いているってこと?で、データをやり取りするインターフェースが存在していて、ナナの意思データを絵美に翻訳してわたす、絵美の意思データもナナに翻訳してわたされて、意思の疎通ができるってこと?」

「そうだ、と絵美は言ってます」

「でも、それはおかしいじゃないか?だって、人格が交代したら、今度は絵美バージョンのMS-DOSになって、ナナバージョンのウィンドウズが動き出すってことになるよ?」

「それもそうね、って言ってる。ちょっと、アキヒコ、私は絵美のイタコじゃないんですからね。二人で私に理解できない会話をしないでちょうだい!え?基本的にはナナの体と人格だし、私は記憶データに過ぎないので、奈々の人格を侵害することはないでしょう、だって」

「そうだね、ナナのベースなんだから、絵美は記憶データにしか・・・いや、違うな。人格というプログラムアプリを含んだ記憶データだよ。だから、話はそれほど簡単じゃなさそうだ」

「え?なんですって?このフェノミナは奈々の体を介した一夫多妻制に似ていて、このケーススタディーは非常に興味深い、ですって?あなた、私をあなたのケーススタディーにするおつもり?そう言えば、さっき絵美が『ニューヨークで、どうしようもないから自分で慰めていたのよ。私にとってはご無沙汰なの』と言った時、絵美が自慰をする光景がまざまざと見えたけど?え?お互いまる見えですって?ちょっと、何とかしてよ。え?いちいち私との内部会話に反応していたらキチガイに見えるから止めたほうがいい、ウフフ、だってぇ」

「ナナ、もうそれくらいにしなさい。確かに、内部会話を口にしていたら、まるでキチガイだ。参考意見として聞いておくとか、自分の意見として言ってしまうとかしないと、挙動不審に思われる」

「うぇ~ん、私、どうしたらいいの?アキヒコ、責任とってよ!」

「これはナナ、見捨てるわけにもいかないし、責任取るって、もう、絵美がキミの中に居る限り、キミは普通の生活、普通のお付き合いはできないのだから、こりゃあ、ぼくと付き合う他はなさそうだ」

「もう、アキヒコ、結婚して!それ以外に道はないわ。え?絵美?また?なに?あなたが『亡くなった親友の彼氏と夜を過ごすのもいいかもしれない』なんて悪巧みを考えて、誘惑したからこうなったんじゃないですか?ウフフ、私はそれはそれでうれしい、ですって!わかりました。私が悪うございました。だから、普通に戻して!」

「急には無理だよ。調査しないと」

「あれ?だんだん、あなた方のコンピューターの話とか心理学の話が理解できるようになってきたのはなぜなの?奈々は文系なんだけど。どうしたの?頭が良くなってきた気がするの」

「それは、ナナの28年間の経験記憶と思考ルーチンに加えて、絵美のが入ってきたんだから、二倍になったということだよ。絵美の経験記憶と思考ルーチンをナナの脳が一部拝借しているのかもしれない。だから、頭は良くなるだろうね」

「それは、このフェノミナ(現象)の良い側面なの?あら?私、『フェノミナ』なんて言ってる・・・」

「良いとも言えるし、悪いとも言える。なぜなら、人格が融合しちゃうかもしれない」

「それ、ダメでしょ!私が私でなくなっちゃうんだから!え?相手の心も読め、ですって?なんのこと?明彦にしたら、私が死んじゃって私を失ったのに、奈々の中で生き返ったから、彼は一部では喜んでいる、ですって!え?私も死んじゃったのに生き返ったみたいでうれしいですって!あなた方!私を介してなにするおつもり?アキヒコ!病院に行きましょう!」

「それは良策じゃないな。たとえ、医者であってもこんな現象はまず信じない。多重人格だろう?というので否定的に検査して、長い時間をかける。ナナは医者のモルモットになっちゃうよ。精神病院送りになるかもしれない」

「うぇ~ん、どうしようもないの?え?楽しんじゃえば?ですって?絵美、何を言ってるの?あなたはいいわよ、生き返ったんだから。私は無理やり強姦されたようなものなのよ!」

「まあ、錯乱するのもわかる。でも、今はどうしようもない。この状態になれるほかはないよ、ナナ。それで、どうにかなるのか、二人で、いや、三人で考えてみよう。とにかく銀座に食事に行こうよ、ナナ」

「わかりました。もう、なるようになれ、という心境よ。でも、体がベトベト。アキヒコもそうじゃない?二人でシャワーを浴びましょうよ」

 人間は危機的な状況に陥ると、自分が死んでも子孫を残せさえすれば良い、という心理状態になるようだ。二人でシャワーを浴びていると、ナナがまた求めてきた。さすがに、女性二人(?)を相手にしているとぼくも死にそうになるが、ナナがせつなそうにするので、答えてしまった。バスタブの中で、シャワーの方の壁に手をつけさせて、後ろから・・・

「明彦、ちょっと、ちょっと、ストップ!」
「どうしたの?ナナ?」
「違う!絵美です!」
「え?また交代しちゃったの?」
「そう、あなたのが入ってきたら、私が表に出てきちゃったの」
「ストップって、絵美、止まらないよ、この状態じゃあ」
「うん、まあ、そうよね。私も途中交代だけど、止まらないわ。うずいちゃってるもん。じゃあ、最後まで・・・」

 バスルームを出て、タオルで体を拭いた。こりゃあ、タオルがいくつあっても足りないぞ、とぼくは思った。絵美がドライヤーで髪の毛を乾かしながら「どうも、これはあなたとセックスするたびに、挿入されるたびに、交代が起こるような気がしてきた。明彦、どう思う?」

「今まで三回して、事実、ナナ → 絵美 → ナナ → 絵美になったんだから、そういう可能性もある、としか言えないな」
「ますます、理解し難い現象よね。う~ん、わからない。セックス、挿入がトリガーになるのかしら?」
「じゃあ、ぼく以外とセックスしても交代が起こるのか?」
「それは試してみないと・・・って、イヤです!私はイヤ!絶対にイヤ!・・・あ!奈々!あなた、枕営業もしてるの?取引先の部長と?記憶を読むな、ですって!この淫乱!変態!浮気女!広告業界は競争が厳しいですって!あなた、私があなたの中にいる限り、そういうことは許しません!明彦以外とセックスしようとしたら私が内部から邪魔します!」
「また、ややこしい内部会話をしないでよ、絵美」
「まったく、私の親友がこんな女だったなんて!だから、私もやけにウズウズしてくるのね?体の特性がそうなってるんだ。体が違うのだからしょうがないのか?なんでこんなにセックスしたがるんだろう?って疑問に思っていたのよ」
「まあね、絵美は淡白だったものね」
「うん?だから、明彦は、おちゃめして、メグミとか洋子としていたわけですか?そうなんですか?」
「そういうわけじゃあ・・・」
「わかりました。お預けかけていたのは私のミスです。でも今は奈々の体に入ったのだから、私も淫乱よ、もう明彦にお預けしません。じっくりとこの体をご堪能ください」
「『じっくりとご堪能』するたびに、交代しちゃうんだよ?」
「それは困るわね。しばらく、明彦と話をしたいし。話が終わるまでお預けにしましょう。また、すぐ交代されたらたまらないから。うるさいわね、奈々、しばらく体借りるわよ」
「当たり前だよ。今日の午前中だけでもう三回だよ。ぼくは死んじゃうよ」

 絵美は、バスルームから出てきて、ベッドの周囲に散乱しているナナの下着を拾って、クローゼットの中のナナの服を着だした。

「さて、明彦、でかけましょう。奈々、あなたの代わりに楽しんであげるわ。でも、五感は感じられるんだから、我慢してね。それにしても、あなたの服装、男を誘惑するファッションよね?このアジサイのプリントのワンピース、下着が見えそうよ。それに何?このパープルのブラとパンティーは?私の下着の半分の面積じゃない?ちょっとキツイわ。こういう女性に男性は弱いのね?ね?明彦?」

「正直に言うとそうだよ」

「それで、誘惑されて。でも、そのせいでこうしていられるんだから、奈々のおかげと言えるかもしれない。それにしても、さっき、胸を乱暴につかんで、乳首捻ったでしょ?あれ、私にとっては痛かったんだけど、奈々はあれで感じてたわ。同じ五感の刺激で、人格によって感じ方が違うというのは面白いわ。私もこの体に慣れちゃったら、そうなってしまうのかしら?え?何?後ろ髪を引っ張られて、のげぞらされて突かれたのがよかったって?明彦、そうだって」
「ああいうのに、ぼくは慣れていないんだけどね」
「どれどれ、奈々はどうされるのがお好きなのかな?抵抗しても無駄よ。あなたの記憶は読めちゃうんだから。ほぉほぉ、明彦、彼女、バックから突いて、お尻を強く叩いてほしいそうよ。それでさっき、バスルームで興奮したのね?それから?う~ん、これは恥ずかしくて私の口から言えないわ。後で、交代したら、自分で明彦に説明してちょうだい」
「内部で何を会話しているんだ。まったく」
「実のところね、高校の修学旅行の時に、私は奈々とレズを経験したの。一回だけ。その時は、自然と私が攻めて奈々が受けてたんだけど、奈々はマゾヒスティックな傾向があるわね?虐められるのが好きなのね。でも、それが不幸な男性体験を生んだってことね?あら、奈々が泣き出しちゃった」
「絵美、その体の内部で奈々を虐めて可哀想だろ。キミ、サドなんじゃないか?」
「私はサドの傾向はあります。でも、この体に慣れたらマゾになるかもしれない」
「う~ん、絵美がマゾで、虐めて下さい、って言うのもいいかもしれないなあ・・・」
「ほら、バカな妄想をしていないで、でかけましょうよ、明彦」
「うん、まあ、でかけますか。ちょうど昼ちょっと前だ」

――――――――――――――――――――――――――――
第一ユニバース

 第一ユニバースの森絵美が「研一、どの個体に死亡した私の記憶が挿入されたの?私は死亡しているんだから、私の類似体じゃないわよね?赤の他人に死亡した私の記憶が入り込んだのよね?自然現象なのか、偶然なのか知らないけれど」
 
「絵美の言うその通り、どこかの赤の他人だね」

「こうしたらどうかしら?私の記憶の内、記憶転移の原理とかその方法とか、このような現象が起きる知識と、多元宇宙の原理、第一と第三の状態とそこが第二である、という必要最小限の知識だけを取り出して、第二のその個体にデータ転送する。新世界秩序のこともね。向こうの絵美と洋子ならなにか知っているかもしれない。可能ならば、あちらの個体から記憶データを吸い上げる、こういうことができる?」

「今はこの装置は改造したから、向こうでの落雷などのガンマ線フラッシュは必要ないから、それはいつでも可能だけど、絵美の類似体じゃない、異なる個体なんだから、リスクはあるよね?それと異なるユニバースじゃなくて、これは同一のユニバースの間の異なる個体間の記憶転移なんだから、そのメカニズムは今までと違う。今までの記憶転移は、異なるユニバースの間の類似体間の記憶転移だったんだから。タイムパラドックスが起きなければいいんだけど」

「それは大丈夫じゃない?基本原理は記憶データの転送なんだから、今までもパラドックスは起きなかった。それに、死亡した私の類似体の記憶を受容する異なる個体なのであれば、私の記憶特性とマッチした個体である可能性が非常に高い。既にその個体には死亡した私の記憶情報があるのだから、そちらとはすぐに記憶が融合するわよ。やってみましょうよ」

第四話 デート
1986年10月11日(土)

 ホテルから国鉄の高架橋の下をくぐって、銀座八丁目に出た。ナナが、いや、絵美が腕を組んですがりついてくる。胸をぼくの腕にこすりつけてくる。「絵美、キミらしくないぞ。なんでそんなにベタァ~とするの?」
 
「あら?奈々がね、こうすると男は喜ぶって。どう?うれしい?私よりも胸が大きいでしょ?ポヨンポヨンして気持ちいいでしょ?」

「口調を聞いていると絵美だし、でも、絵美よりもちょっと背は低くて、グラマーでハスキーボイスの巻毛だし。調子狂うなあ」

「私も慣れていないのよ。親友と言っても、女性同士の話であって、その女性がどう男性に対応するのか、なんて知ることはないのよね。当人が話さない限り。ふ~ん、体の特性で人格の一部が形成されることもあるのかもしれないわ。あら?やだ、この体!」

「どうしたの?」

「明彦に触っているだけで、ジンジンしてきて、明彦が欲しくなってくるわ。どうなってるの?明彦、もうこの体、濡れてるわ」

「ナナの体って、そんなに敏感なの?」

「そうみたい。これじゃあ、淡白ってわけにもいかないわね。え?人の体の秘密をアキヒコに言うなって?うん、内緒にしておいてあげる。だけど、エッチな体だこと。生理前はムラムラするですって?奈々、あなた獣ね?え、アキヒコに耳たぶを触ってもらえって?ねえ、明彦、耳たぶを触ってくれない?ちょっと捻ってみて、だって」

「こうかな?」
「イヤン・・・」
「え?」
「全身に電流が走ったみたい。これはいけないぞ」
「キミ、というか、絵美、『イヤン』なんてキミから一回も聞いたことがないぞ」
「それは私の体の話であって、この体は違うのよ。ああ、ビックリした。感じちゃったわ。え?私も感じたって?早く、部屋に戻りましょう、だって?ダメよ。少し、この状態に関して、通訳抜きで明彦に話しがあるんですから」
「体は二つなのに、複雑な三角関係に陥っているような気がする」
「気がする、じゃなくて、事実、そうなっているのよ、私たち」

 銀座五丁目を過ぎて、右に曲がってみゆき通りに行った。有名店じゃなくていいから、お寿司が食べたい、と絵美が言う。ニューヨークでおいしい寿司屋なんてないのよ、ということだった。裏通りで、ちょっと汚い店があった。ここでいい、と絵美が言う。土曜の昼少し前だったので、店は空いていた。ランチメニューは、にぎり、上にぎり、海鮮丼、上海鮮丼。
 
「あ!決めた!上海鮮丼と上にぎり!」
「キミ、そんなに食べたっけ?」
「この体は、お腹がすぐ空くみたい。バクバク食べられそうよ」
「なるほどなあ、体が違うと、行動タイプも違ってくるんだね」

 絵美は、上海鮮丼と上にぎりをペロッと平らげ、ビールも二人で大瓶三本を飲んでしまう。いつもお酒はチビチビ飲んだ絵美なのに、豪快にビールを飲んでしまう。「すごいね、絵美。キミじゃないみたいだ・・・いや、体はもちろんキミじゃないけど」
「そうよね。チビチビ飲むな、とか言ってるし。こちらは体を借りているから、彼女の意志を尊重しているのよ」

 寿司屋を出て、珈琲店に入った。「さて、まずね、明彦に聞いてみたいことは、私が死んじゃった後、何があったか?ということ。私のこの記憶は1985年12月6日以前の、たぶん12月4日までの記憶だから、死ぬ瞬間はもちろん、その後なにがあったのか、知らないのよ」
 
 ぼくは、絵美のママから連絡があってから、モンペリエの洋子に助けをお願いしたこと、ノーマンとドクター・マーガレットの話、絵美の作成したファイルVolume 06、08、11を見つけたこと、Volume 06には、マンソン・ファミリーとシャロン・テート殺害事件の資料がファイリングされており、Volume 08にはジョン・ヒンクリー、ブッシュファミリーとCIA、FBI、ピンカートン社の資料があり、Volume 11には、FBIのNCAVC(国立暴力犯罪分析センター)と凶暴犯逮捕プログラム、プロファイリングの技術資料があったこと、ノーマンのなぜ絵美が殺害されたのかの推理、それから、FBIからの捜査妨害、という話を全部した。正直に洋子と寝たことも話した。洋子が『私もね、妹を亡くしたみたいな心境だわ』という話も。
 
「まあ、しょうがないか。もしも、洋子が同じ目にあったら私も同じことをしたでしょうね。洋子は悪い人じゃない。ただ、好きになった相手が私と同じだった、ということ。それは許そう」
「言い逃れはしないよ」
「いいわよ、気にしないわ。だって、その時は私は既に死んじゃっているんだから。それよりも、ジョン・ヒンクリー、ブッシュファミリーとピンカートン社なのよね。ひっかかるのは。レーガン暗殺未遂でジョン・ヒンクリーが精神異常が理由で無罪となったことと、ジョージ・ブッシュが元CIA長官で、当時は副大統領だったこと、ジョン・ヒンクリーとブッシュファミリーの関係が引っかかったのよ。だから、FBIも宿敵CIAが噛んでいそうだから、ジョン・ヒンクリーとブッシュファミリーの関係を洗っていたのよ。ファイリングはしていなかったけど、ブッシュの背後に新世界秩序という組織があることまでわかった。それをFBIに報告して、その後、バンってなったのね」と絵美は、ピストルで自分の頭を打つ真似をした。
「じゃあ、やっぱり、ノーマンの言うように、キミはFBIのアシスタントかなにかをしていたってこと?」
「うん、下っ端の下っ端だけど、大学院の論文もあったので、独自捜査を少々していたってわけ」
「じゃあ、キミが殺害されたのも、ブッシュやその新世界秩序という組織?と関連があるのか?」
「それはわからないんだけどね。本当なら、ニューヨークに戻って、調査したいのはやまやま。でも、この体じゃあねえ・・・え?奈々もニューヨークに行ってみたいって?観光じゃないんですからね。まったく」
「まあ、今のこの状況では動きようがないよ」
「そうね。この問題はホールドしておきましょう。ところで、明彦、買い物付き合ってくれない?」
「何を買うの?」
「下着よ。特に、パンティー。もう、この体、パンティーをグショグショにしているの。それから、奈々の好みのパンティーって、少し小さいみたい。私のお尻にピッタリ張り付いて、実はね、あそこに食い込んでいるのよ。それで、よけいに感じちゃうの。だから、もっとゆるいショーツみたいなのが欲しいのよ」
「絵美、すごい話をしているよ」
「人の体だから、平気で話せるみたい。え?よけいなことを言うな!ですって?奈々が抗議しているわ。まあ、とにかく、ランジェリーショップに行きましょう。奈々のお金を使っては悪いから、明彦、買ってね」
「了解だよ。しかし、なんて体だ」
「だから、男は誰もが奈々を欲しがるのね?え?安売りはしてません!だって。でもね、可哀想ね。私がいる限り、もう明彦以外相手させませんからね。え?それでも良いって?もう諦めましたって。奈々、なかなか可愛いところあるじゃない?明彦も諦めなさい。もう奈々と結婚するしかないわね。ついでに、私とも結婚できるから・・・」
「三角関係と一夫多妻制を押し付けられている気分だよ」
「だって、そのまま、その通りじゃない?」

――――――――――――――――――――――――――――
第一ユニバース

 第一ユニバースの森絵美が「研一、もう直接私の脳から必要データを転送しましょう。それで、向こうの個体と絵美の記憶を三年間くらい吸い上げましょうよ」と絵美は記憶転移装置に自分から入って、横になってしまった。
「絵美、大丈夫かい?」
「第三から第一に一回やっているでしょう?それにあれは全記憶データ転送だったけど、今回は部分記憶転送と吸い上げなんだから、リスクは少ないわよ。設定して」
「記憶域があちこち飛んでいるけど、前のデータが残っているから、補足データだけ脳から取り出すよ。向こうの記憶はざっくりと三年だな。データの上限を設けておけば過剰な転送にはならないだろう」

 二十分経って、準備ができた。「絵美、準備完了。やっていいかい?」「問題なしよ。始めて」
 
 記憶転移装置は、チェレンコフ光のような青白い輝きを帯びた。
 
 その時、加藤恵美博士が部屋に入ってきた。「湯澤くん、何やってるの?ありゃ、絵美はまた記憶転送しているの?え?どこに転送しているのかなあ?湯澤くん、私に説明したまえ」と湯澤を問い詰めた。それで、湯澤は、森絵美の提案で、現在行っている実験の経緯をメグミに説明した。
 
 しばらくメグミは腕組みして考えていた。「ふ~ん、面白い実験よね。それで、湯澤くん、私の類似体は第二にいるの?」「ああ、それは補足した。キミだけじゃなくて、小平先生もぼくも洋子も向こうにいる。絵美だけが死亡していないだけだ」
 
「そう・・・つまり、この絵美の部分記憶転送がうまくいけば、向こうの赤の他人に入っていると思われる絵美と、彼女から說明を受ける宮部くんが、第一、第三と第二の状況は理解できる、ってことね?でも、たった二人よね?新世界秩序の調査には足りないわね?」とニタリと笑った。
「恵美、何を考えているんだ?また、いつもの悪知恵を思いついたなんて言わないでくれよ」
「悪知恵じゃないわよ。向こうの宮部くんと絵美が二人じゃ荷が重いかもしれないってこと。だから、」
「だから?」
「だから、絵美と同じような部分記憶を私から取り出して、向こうの私の類似体に転送すれば、状況を理解している人間が三人に増えるじゃない?」
「いや、それは、話がややこしくなるだけなんじゃないか?」

「絵美の場合、赤の他人の体の中にいる自分の記憶域に部分転送をかけているんでしょう?私の場合は、自分の類似体に転送するのだから、絵美が今やっていることよりもリスクは少ないはずじゃない?絵美が目覚めて、向こうの状況がわかったら、絵美に相談してみましょうよ。明彦は学会だから今いないけど、彼の部分記憶も転送させよう。こういう面白そうな事態で、このメグミちゃんを外しちゃダメよ。そうそう、それから、この第一には明彦の築き上げたファウンデーションがあるから、活動資金は潤沢だけど、向こうの第二にはそういうバックボーンがないわよね?動こうにも動けない。向こうにビル・ゲイツの類似体がいたら、新世界秩序に対抗するパートナーになってくれるかも?湯澤くん、その関連の情報もお忘れなく。絵美は素直だからそこまで知恵が回らないけど、私が噛めば鬼に金棒よ。洋子はフランスのCERN(セルン)だから、今、転送できないけど、洋子がここに来たら、洋子にも同じ転送をさせればいいのよ」

 数分経って、絵美の横たわっている転送装置が止まった。絵美が起き上がりコネクターを外そうとすると、メグミが「絵美、コネクターは外さなくていいわ。もう一回、記憶を送りましょう」と言った。
「恵美、なんでここにいるの?」
「面白い話に混ぜてもらおうと思ってね」と湯澤に説明したアイデアを絵美に話した。
「う~ん、向こうはややこしい状態なの」と奈々の体に死亡した自分の記憶が偶発的に転送された第二の状況を説明した。
「だから、私が今同じような部分記憶を転送して、向こうのメンバーを増やす。明彦も学会が終わってココに来たら同じことをする。向こうの洋子の状態はわからないけど、どこにいるのかハッキリしたら同じことをする。それで、メンバーが四人、いや、奈々さんて人を含めれば五人になるじゃない?ね?リスクは少ない。やってみましょう。この私のアイデアを今もう一回向こうに送るのよ」
「一夫多妻制の五角関係になるような気がする・・・」と絵美が心配そうに言う。
「いいじゃない?試してみましょうよ」と気楽な恵美。
「まあ、状況が悪くなるわけじゃない。やろうか?」と絵美が決心した。
「これ、小平先生に相談しなくて大丈夫?」と湯澤。
「小平先生だって、この状況は膠着状態ってわかってくれるわよ。それより、湯澤くんも第二に類似体がいるんでしょ?私たちと混ざらない?湯澤くんの記憶も送っちゃえば?そうしたら、その奈々って女性の体が、明彦以外でも人格交代が起きるか、実験できるわ」とニタニタと恵美が笑って言う。
「メグミ!なんてことを!奈々の中に私も入っているんですからね!私が許しません!」と絵美。
「だって、第一のあなたの話じゃないんだよ?第二の奈々と死んじゃった第二の絵美の問題なんだから。湯澤くんに混ざってもらって実験を・・・」とメグミが言うと、
「メグミ、ぼくは遠慮しておくよ。そういう多夫多妻制は想像を絶する。止めておくよ」と湯澤。
「面白そうなのになあ・・・」とメグミ。
「まさか、あなた、この関係に向こうのメグミも参加させようとしていないこと?」と絵美。
「だって、絵美、送るのは私の部分記憶だから、第二での行動は向こうのメグミちゃん次第だよ。私の責任じゃありません」とメグミ。
「し、心配になってきたわ。どうしようかしら?」と絵美。
「気にしないでよろしい。膠着状態の打破をするのよ。さあ、絵美、また装置に入った、入った。私はもう一台で転送するからね。絵美、第二の明彦と奈々は新橋の第一ホテルにいるのね?わかった。向こうの恵美からホテルに連絡すると向こうの絵美に言ってね。言ってねって、その記憶が転送されるのか。ややこしい」
「仕方ないわね。湯澤くん、もう一回お願いね」と絵美。
「大丈夫かなあ・・・」と湯澤。
「たぶん、大丈夫よ。さあ、やって」と恵美。

 湯澤は、再度絵美の装置をセットして、転送を行った。恵美も装置に横たわって、準備した。転送する記憶を選定して、第二の恵美から吸い取る記憶も設定した。恵美の転送も始まった。
 
 二台の記憶転移装置が、チェレンコフ光のような青白い輝きを帯びた。

第五話 転送
1986年10月11日(土)

 絵美は多少緩めのショーツを数枚買った。ブラも胸を誇張するものではなく、装着感の良いものを買った。奈々のワンピースよりも地味でシックな絵美好みの服も買った。奈々はそんな色気のないものをとブツブツいっているそうだ。

 ミラーを見ながら、「ほぉら、奈々、落ち着いた良い雰囲気じゃない。下着も食い込まない。胸も強調しない。たまにはいいでしょう?こういう格好?ダメかなあ?ほら、この胸だって。お尻も見てご覧なさいよ」とぼくに語りかけるふりをしながら、奈々と喋っている。胸を持ち上げたり、後ろ姿でお尻を突き出したり。
 
 自分の中にこういう親友がいて、いつも話せる、ってのは悪くないかもしれないと、一瞬思ったが、例えば、ぼくのともだちの湯澤研一がぼくの中にいて、こういうことができるだろうか?と疑問に思った。

 これができるのは、ナナと絵美みたいな間柄で、なおかつ、女性じゃないと無理だろうな、とぼくは思う。男性は常にお互いが競争者であって、一夫多妻制で、同じ相手を好きになった女性同士が感じる友情などありはしないのだ。一妻多夫制では、ほとんど夫は留守だ。そこが男と女の違いだな、とぼくは思った。
 
 下着、服の買い物が済むと、絵美はリカーショップに行こうと言う。ルームサービスで『私の』お酒を頼むと、明彦、さすがに、あなたのお財布に響くでしょう?と彼女はいうのだ。
 
 それはそうだ。シャンパンのノンビンテージやマーテルのXO、バランタインの三十年なんて、ルームサービスで注文していては、何十万円請求されるかわからない。かといって、リカーショップで買っても高いのだけどね。

 さすがに、絵美は遠慮してくれて、ノンビンテージじゃない、普通のモエットシャンドンと普通のマーテルのVSOP、バランタインの十七年を買おうと言ってくれた。「これでいいよね、足りるかな?」という。「大丈夫じゃないか?」とぼくは言う。遠慮してくれたけど、まあ、かなりのもんだよ、絵美。トリスとか角瓶まではレベルを落としてくれないんだからね。
 
 リカーショップを出て、ホテルに帰る道すがら、絵美とナナが内部で喧嘩している。一応、絵美は通訳してくれている。あなた、お酒なんて普通のスパークリングワインでいいじゃない?ウィスキーはサントリーの達磨でいいじゃん!明彦にお金を使わせてあなた楽しいの?とナナが言ったとか、私は飲むお酒であまり妥協できないんです、と絵美が反論したとか。

 どっちもどっちかもしれない。奈々は、積分値でお金を使う女、絵美は微分値で瞬時にお金がかかる女。こりゃあ、地方の会社に就職して、そこにあるの居酒屋の娘と結婚したほうが幸せかもしれない、とぼくは思った。二人でギャアギャアいっているが、キミらと一緒だと、積分値と微分値を合わせたお金が必要なんだよなあ、とぼくは思った。もう、離れられないんだけどね、キミらとは。やれやれ。

 部屋に戻った。ぼくは早速、ルームサービスにシャンパンクーラーとかアイスバケットに山盛りの氷、グラスを三個とか注文した。グラスは三個でしょう?ナナに交代したら必要じゃないか?シュリンプカクテルとかつまみも注文する。
 
 絵美はソファーにさっさと腰掛けて、自分の隣をバンバン叩いて、明彦はここに座って、などという。「お預けで、寸止め状態だったら、奈々は交代できないでしょう?」と刺激的なことを言う。内部でナナが文句を言っているようだが、無視している。
 
 目をあけていればナナだが、目をつぶれば、ハスキーボイスは別として、口調は絵美なのだ。ぼくは、目をつぶって、絵美に(ナナに)キスをした。抱き合って、じっと相手の唇と舌をまさぐる。ぼくは、死んじゃった絵美が生き返ったことを実感した。
 
 ドアベルが鳴った。ルームサービスが来たようだ。メイドがトレイに乗せた注文の品をソファーテーブルにおいていった。ぼくは、シャンパンをクーラーにセットして、ルームデスクにおいた、タオルをしいて。バスタオル、ボディータオル、ハンドタオルも足りなくなると思って、ぼくは追加で五枚ずつ頼んでおいたのだ。
 
「明彦、ちょっと頭痛がする。後頭部が熱いよ」と絵美が言う。アイスバケットの氷をハンドタオルでくるんで、絵美の後頭部にあてがう。「ああ、気持ちいい、楽になった。ありがとう、明彦」と絵美がナナの表情で言った。これは混乱するな、とぼくは思った。ぼくらは十数分、キスしていた。
 
 絵美、さびしかったよ、とぼくは彼女に言う。わたしも、と絵美が言った。ところが、目を閉じていた絵美が急に目を見開いた。「あ!」と叫んだ。
 
 その時、部屋の内線電話が鳴った。無視しようか?とも思ったが、絵美をそっとふりほどいて、ぼくは電話を取った。

「もしもし?」
「宮部様、外線が入っております。今おつなぎいたします」とコールセンターの女性が言う。1980年代だから、コールセンターの女性が外線はマニュアルで各部屋につなぐのだ。
「もしもし、明彦、ひっさしぶり。私、だぁ~れだ?」と声が聞こえた。これはまぎれもない、元カノのメグミの声。「ちょっと、なぜ、ここにぼくがいるのが・・・」と答えた。
「いいから、いいから。側に奈々さんって女性がいるんでしょう?でも、絵美さんなのよね?明彦、何も言わずに、彼女に電話を代わって」
「キミはなぜ、それを?」
「いいから、いいから。彼女はもうわかっているはずなんだから。代わって」とメグミは言う。わけがわからなかったが、
「絵美、電話だ。これ、メグミっていう・・・」と言い出すと、
「いいのよ、明彦。あとで説明するから、電話を代わって」と絵美は言った。

 絵美はわけのわからないことをしばらくメグミと話していた。第二の状態は理解したのね?人格融合はうまく行った。限定的な記憶データの送信だったけれど、概略の話はわかった。第一の絵美は心配しているんだけど、あなた、私たちに変なことしないでしょうね?そう、安心したわ。え?今、あなた、タクシーで来るの?ふ~ん、いいところだったのに。明日にしません?え?ダメだって?しょうがないわね。じゃあ、来るといいわ。部屋番号は518よ。と、絵美は電話を切った。
 
「絵美、どういうこと?」とぼくが絵美に聞くと、
「話せば長いのよ。今、明彦の元カノの恵美さんがここに来るわ。この世界では、私は彼女と初めて会うのよね?でも、向こうでは仕事仲間だから。もちろん、奈々は初めて会うのね。え?奈々、なんですって?あなた、私の新しい記憶域を読めるわよね?状態はそういうこと。わかった?理解できないですって?驚いたの?でも、それが事実よ。ちょっと、明彦に説明しているんだから、邪魔しないで・・・ゴメンナサイ。え~っとね、奈々はわかりかけているけれど、今の私に融合した記憶は、1985年のこの世界の死んだ絵美の記憶だけじゃないの」

「別の宇宙の、未来の別の森絵美の記憶の一部が私の中に入ってきたの。明彦の知っている絵美じゃないのよ。恵美も同じ。この宇宙の恵美だけじゃないの。別の宇宙の恵美の一部が来たの。そういう転移装置が向こうにはあるのよ。驚くのも無理はないわ。でも、落ち着いて。キスの続きをしましょうよ、恵美が来るまで・・・」と強引に絵美は唇を合わせてきた。ぼくは錯乱していたが、絵美の舌がぼくの舌を探して、絡めてくると、抵抗できなかった。

 ピンポーンとドアベルが鳴る。ぼくより先に絵美が立ち上がってドアを開ける。「こんばんわ~」といつものメグミが部屋に入ってくる。「え?あなたが奈々さん?」と奈々の体の上から下まで眺めて言う。「恵美、今は絵美です。奈々はここ」と言って自分の頭部を指差す。「ここにいるのよ」
 
「すごいボディーね。これは男を惑わせるわ。ねえ、絵美、胸を触らせてよ」とメグミがナナの胸をもんでしまう。
「こら、あ!、ダメ!恵美!止めて!この体、感度がすごいんだから。え?奈々?なに?メグミはレズかって?違うわよ。恵美!止めなさい!」
「う~ん、ポヨンポヨンだわ」と感心する。
 
 わけがわからなかったが、別にナナが、いや、絵美がメグミと喧嘩しているわけではない。しかたがないので、ぼくにできることをした。そう、酒を作って、三個頼んだグラスの最後にウィスキーを注いだのだ。メグミはロックだったよな?と思って、「メグミ、酒!」と手渡す。メグミが「アリガト」と言ってグラスを受け取った。

 絵美が「座って話そ」と言って、先にソファーに座った。隣にぼくも座る。その隣に、当然のようにメグミが座る。
 
 絵美とメグミは驚くべき話をした。宇宙は一つではないこと。無数の宇宙が存在すること。それをマルチバースと呼んでいること。この宇宙の近くにも非常に似た宇宙があって、それは第一ユニバース、第三ユニバースと呼ばれ、そこの住人はこの世界を第二ユニバースと呼んでいること。そして、第一、第二、第三、それぞれに、ぼくも、絵美も、恵美も、洋子も、そしてたぶんナナも存在していること。

 まず、最初に第三の2010年から第一の1978年に向けて、ぼく、絵美、メグミと洋子の記憶が記憶転移装置というもので転送されたこと。その情報を基に第一のぼくらが科学技術を発達する後押しをしたこと。

 第三と第一は極超新星爆発によって引き起こされるガンマ線バーストのために、生物種の90%以上が、もちろん人類も含めて絶滅してしまう可能性があること。それが起こるのは第一と第三の2025年頃らしいこと。第三の時間軸は、第一と第二よりも二十五年進んでいること。

 第二はガンマ線バーストの影響を免れそうなこと。こういう動きを邪魔する新世界秩序という組織があること。絵美がニューヨークでその組織を調べている途中で殺害されたこと。そして、この組織の概要を知っているのが、この第二の絵美であること。もっと、調査を進めて、その情報を基に、第一、第三の同じような組織の妨害を阻止したいこと。そういうことだった。信じられない。

 第一ユニバースのメグミは、むこうのぼくが学会で留守なので、帰り次第、メグミと絵美に入ったような情報記憶をぼくにも送信する準備をしていると言う。既に、今までの絵美とメグミの情報記憶は、第一に転送されたそうだ。
 
 いつもチビチビとお酒を飲む絵美が、ブランディーのロックをグイッと空けた。「つまり、私たちは、もう今までの生活はできないってこと」
「ちょっと、待ってよ。ぼくにだって、勤務先がある。そんなことをする貯金や資産はないよ」
「それは大丈夫。マイクロソフトって知ってるわよね。その創始者のビル・ゲイツを知っている?」メグミが絵美の空になったグラスにドボドボとブランディーを注いで氷を入れた。
「ビル・ゲイツという人のことは知らないけど・・・」とメグミはぼくのグラスにもウィスキーをドボドボ注いだ。もっとゆっくり飲まないと酔っ払うじゃないか?

「彼も第一と第三では協力してくれたの。わたしたちに資金を供給してくれて。それで、第一のあなたは、株売買で巨額な資金を作ったのよ。簡単な話よ。第三の2015年までのアメリカ株式市場の株価の推移を知っていたんだから。それを第一の類似体に教えたの。ここでも同じことをすればいいだけ。マイクロソフトを初めコンピュータ産業の企業株はこれから十数年で六百倍から千倍になるから」

「ふ~ん、それで、これからどうする?」
「私たち三人で・・・あ、ごめんなさい、奈々もいれて四人でニューヨークに行って、あなたが知り合ったノーマンとマーガレットから情報を得て、死んだ私の調査を続けるのよ。新世界秩序の情報を調べるのよ。もう、第一にはここの洋子がモンペリエで法学の助教授をしていることがわかっている。第一の洋子は、今フランスにいるの。向こうでは法学の専門家じゃなくて、素粒子物理学者。欧州原子核研究機構に所属しているのよ。彼女の記憶もモンペリエの洋子に転送するわ。それで、私たちは五人になる」

「湯澤くんも送っちゃえば、六人じゃない?」とメグミ。
「恵美、おだまりなさい!湯澤くんはイヤだって言っているんだから。あなた、向こうで約束したでしょ?おかしなことはしないって」
「絵美、第一の加藤恵美博士が言ったじゃない?『第二での行動は向こうのメグミちゃん次第だよ。私の責任じゃありません』って。私がその第二のメグミちゃんですからね」

「あ~、ややこしい。とにかく、恵美、おかしなことは許しません!」またメグミがブランディーを注いだ。
「固いこと言っちゃって。まあ、いいわ。五人で調査をしましょう」と自分にもドボドボ注いだ。

「あ!ダメだわ!この体、こんなに飲んだらダメなのよ。え?何?奈々?酔っ払ってきたって?そうよ、私もそんなことわかるわよ、同じ体なんだから。ウズウズしてきたですって?た、確かに、ウズウズしてきたわね」

「絵美、その体、なんなの?それに奈々さんと話していると独り言で言っているみたいで、まるでキチガイよ」
「絵美の体じゃないから、敏感なのよ、奈々の体は。生理前三日だし、欲しくなるのよ」
「あ~あ、あの謹厳実直の絵美が、淫乱になっちゃったってこと?」

「そうよ。仕方ないじゃない?さあ、恵美、これでだいたいここの状況がわかったわよね?連絡先も交換したし。宴もたけなわ、そろそろ、恵美、お開きにしましょう」
「絵美、まだ、お酒もいっぱい残っているし、まだお開きは早いのじゃないの?」
「ダメよ。お開き。またの機会にお話するとして、今日はお帰りください」
「え~、絵美、冷たいじゃん?なぜ、私がいちゃダメなの?」
「ダメよ、ここは私と明彦と二人だけ・・・いや、奈々との三人だけにしてくださいな。お願い。久しぶりなのよ」

「絵美、そもそも、第一でも第三でも、あなたは明彦に興味なかったじゃない?」
「恵美、ここは第二。明彦は私の彼氏です」
「絵美、まずね、あなたは内側にいるから自覚がないけれど、あなたの体は奈々さんなのよ。絵美としての実体はもうないのよ。奈々さんが明彦の彼女ならわかるけど、亡くなった絵美の彼氏って何?それから、ここ、ここっておっしゃいますけど、記憶域を探ってみればいいわよ。明彦の彼女は、あなたより私が先でしょう?」
「そ、それは・・・」
「そうでしょう?思い出してご覧なさい。明彦の彼女の真理子、その親友の私とあなたよりも先に明彦とセックスしたのは私です!」
「・・・ちょっと、奈々、余計なことを言わないで!なんですって!明彦は『彼女の親友とセックスするのは始めてなんだ』とウソを言ったですって?・・・確かにそうよね。え?その後、恵美さんから彼を奪い取ったのは絵美よね?ですって?まあ、結果として・・・」
「あなたがた、内部会話は後でやって。元カノだろうが、私にだって、明彦とお酒を飲む権利があります!明彦、注いでよ!」

 いい加減、ウィスキーもブランディーも半分以上空いてしまった。夕食を食べていないので、酒の回りが速い。

「恵美、とにかく、今日は土曜日なんだから、明日も会えるでしょう?このホテルには昼までいることだし。え?奈々のマンションがあるから、そこでも打合せできるって?そうよね。恵美、今日のところはお願い、許して」
「わかったわよ。今日のところは退散します。悔しい~。明彦!せめて、一階のタクシー乗り場まで送ってちょうだい。絵美と奈々はここに残っていいわよ。残ってね!」

 ぼくとメグミは、エレベーターで一階まで行って、タクシー乗り場に並んだ。

――――――――――――――――――――――――――――
第一ユニバース

 チェレンコフ光のような青白い輝きが徐々に消えていった。二台の記憶転移装置が停止した。先に、絵美が装置を出てきた。コネクターをはずす。すぐに恵美も装置を出て、コネクターを外しかけた。

「恵美、コネクターを外すのはちょっと待って」
「え?なんで?」
「恵美は、どこまで第二の恵美の記憶を転送できた?」
「私は、自宅で第二のメグミに転送が起こって、偏頭痛と後頭部の発熱で水枕を準備しながらホテルに電話するところまでだった。ホテルに行くのに着替えをしているところ」
「私は、下着とかお酒とか、銀座で買い物からホテルの部屋に戻ってきて、お酒を飲む準備をしていて、明彦とキスしているところまで、記憶転送ができたわ」
「そう、そうすると、向こうの恵美がホテルに電話して部屋に行くってことね」
「なるほどね。考えたんだけど、向こうは活動資金がないと彼女らが仕事を辞めてアメリカに行って調査を始めることはできないじゃない?だから、活動資金を与えないといけない。ビルに連絡して、この事情を説明するのよ。新世界秩序の調査をするなら、彼も理解してくれるはず」

「それで、どうするの?」
「こちらのメンバーじゃあ、第二の彼女らに活動資金を送ることはできない。だって、向こうの私たちもそんなお金はないから。第二の小平先生も洋子も湯澤くんもそんなお金は持っていない。でも、向こうのビルは持っているでしょ?」
「あ!わかった!こっちのビルをここに呼んで、第二のビルに部分記憶を転送して、あっちのビルから活動資金を誰かに送らせる、ということ?」
「そう、こっちのビルが納得してくれて、ここに来てくれないとダメだけど。でも、第二のビルにも1986年からのアメリカ株式の動向データを送信すれば、彼の利益にもなって、こちらの活動資金なんてすぐ埋められるでしょう?それがうまくいくという前提で、向こうの恵美に外貨口座を開かせておかないと、1986年の日本は、為替自由化はかなり進んでいたけど、銀行口座にマルチカレンシー口座なんてないから、第二のビルの送金ができないのよ。だから、この話を伝えるために、もう一回、向こうに転送して欲しいの」
「わかった。絵美、頭いいじゃない?」

 二人の会話を聞いていた湯澤が「それは、第二の未来の改変になるんじゃないのか?第二が分岐して、あるべきだった世界と改変された世界に枝分かれしないか?」と絵美に聞いた。
「第一も第三も、もうこれまでにさんざん未来を改変しているけど、枝分かれしていないじゃない?もしも、既に枝分かれしていたら、こちらだって、あるべきだった世界の私たちの類似体がこの装置で探知できるでしょう?第二の場合は、ビルから活動資金を恵美に送金させるだけなんだから、問題はないでしょう?それに、私たちだって、新世界秩序の彼らの調査情報が必要なんだから」
「たぶん、ユニバースの柔軟性があって、第一、第三の、ぼくたちが与えた改変程度は吸収してしまうのかもしれない。理由はわからないけどね。了解。恵美をもう一度向こうに送ろう。恵美、準備して」
「絵美は死んじゃっているんだから、口座を開くとか、私しかできないわよね。ハイハイ、行きましょう」

 また、メグミは装置に入って横たわった。湯澤が装置を稼働した。

第六話 融合
1986年10月11日(土)

「悔しい~。ねえ、明彦、せめて、チューしてよ!」
「ここはタクシー乗り場なんだよ。みんな並んでいるんだけど・・・」
「そんなこと気にしないの。チューしてよ。心を込めて!」

 ぼくは、恥ずかしかったが、メグミを抱きしめて、キスをした。

「クソっ。絵美だけじゃなく、奈々まで参入してきて、これじゃあ、勝ち目がないわね。悔しい~。結婚も考えたんだけど、躊躇していた時にこの騒ぎ。なんなのこれは?」
「ぼくは、第一とか第三とか第二って、まだわけがわからないんだけど」

「ふ~ん、そうだよね、まだ詳しい説明をしていないから。後で絵美に聞いてね。第一と第三の記憶を持った洋子もくるから。私は第二の洋子を知らないけれど、第一と第三の彼女と基本的に変わらなければ安心できるわ。ねえ、チューもっとしてよ」

「列が動くよ」
「バカね、列の外に出ればいいじゃない」

 仕方なく、ぼくらは車寄せのタクシー待ちの列の外に出た。ホテルの正面玄関だ。

「これはね、私への罰なのよ。一つは、絵美さんが亡くなられて、心の隅でシメた!と思った私への罰、一つは、あれだけ私が好きだったのに、絵美さんに行っちゃったあなたの心への罰、最後に・・・罰じゃなくって、それでも生き返っちゃったみたいな、絵美さんへの祝福。もう、わけわかんないわ。感情の整理がつかないわよ。明彦、チューしてよ。ずっとチューしててよ。・・・あ!もう一つ、罰があったわ。洋子も来る。それで、私と同じ混乱を味わえばいいのよ。死んだと思った絵美が生き返った、という罰を洋子も味わうんだわ・・・」

「メグミ、ちょっと時間をください。まず、この状況を理解しないとね」
「そうね・・・わかったわ・・・今日は許してあげよう。もういいわよ。絵美と奈々さんのところに帰りなさい。良かったね、明彦。絵美が帰ってきて・・・私は一人で帰れるわ。じゃあね、明日また」とメグミはぼくの肩を押してホテルの玄関の方に向けると、自分はスタスタとタクシー待ちの列に並んでしまった。

 絵美はバスタブに湯をはって、入浴していた。
 
     ―★―★―★―★―★―★―★―★―★―★―★―

 絵美が記憶の仕組みを説明してくれている。できるだけ難しい言葉を使わないで、説明してくれている。一緒の脳にいるのだから、絵美の記憶域から私の記憶域にコピーして、理解すれば良いんだけど、絵美の人格から說明をしてもらったほうがよくわかるような気がする。

(脳は記憶でできていて、記憶はつねに脳をつくり替えている、などというとイメージしづらいかしら。
 
 よく比喩で述べられているのが、脳はパソコンみたいなもの、演算素子のCPU/DPU/GPUやRAM、ROMであるHDDやSSDが装備されていて、その脳にオペレーションソフトのウィンドウズみたいなプログラムが人格のようなもので、人の感覚器官を通じて得られた感覚記憶(五感と考えても良い)があって、それが海馬という器官で振り分けられて、大脳皮質に記憶として保存される、とこういう說明。奈々のいま持っているイメージもそういうものかな?あ!海馬というのは、タツノオトシゴのこと。海馬という脳の器官は、タツノオトシゴに似ているのよ。
 
 だけど、第一の絵美のもたらした記憶の中の、第一の最新の研究によると、記憶とは「脳に蓄積される」ものではなく、脳が「記憶そのもの」であり、脳細胞やシナプスなどが「時間を理解」しているそうなの。
 
 奈々の記憶を思い浮かべて。高校の頃のスポーツの試合で勝ったこと、恋に落ちたと気づいたあの日。

 その記憶は、ひとつの事象、出来事じゃないでしょう?何かの関連する記憶事実と共に覚えているはず。バレーの試合で優勝した時、奈々を応援した彼の青いジャージだったり、初恋の彼が着ていたネクタイの柄とか色だったり。記憶を再構成する際、人間は五感で得られた外部刺激の記憶事実を思い出して、それらに対して抱いたあらゆる感情を追体験するのよ。
 
 奈々の脳は、こうした外部刺激のミリ秒単位の印象をかき集めて、つなぎ合わせモザイクをつくりだす。その能力が、あらゆる記憶の基礎。
 
 その外部刺激(五感)の記憶事実は、大脳皮質のニューロンの分子に変化を生じさせて、ニューロン同士の接続を再編する。つまり、脳は文字通り記憶でできていて、記憶はつねに脳をつくり替えているってこと。
 
 記憶が存在できるのは、脳内の分子、細胞、シナプスが「時間を理解している」から。「時間を理解している」とは、記憶事実と記憶事実の前後関係を(どちらが先に起こったのか?ということを)理解しているということなのね。
 
 記憶とは、過去のある時点で活発だった脳の複数の部位のつながり(システム、と呼びましょう)が、再び活性化することでしかないのよ。つまり、固定されたCPU/DPU/GPUやRAM、ROMであるHDDやSSDではなく、例えて言えば、レゴブロックのようなもので、感覚刺激データが脳内に入ってくると、レゴブロックである脳内の分子、細胞、シナプスが組み合わさって、脳の複数の部位のつながり(システム)を新たに作り上げる。記憶を思い出すとは、そのシステムを再び活性化する(電子のやり取りが再び起こる)ということなのね。
 
 ニューロンのユニークなところは、何千というほかのニューロンと、それぞれが非常に特異的なつながりを築くことができること。こうしたつながりをネットワークにするのは、これらの特異的なつながり、すなわちシナプス(ニューロン同士の接合部)が、信号の強弱によって調整されるためなの。あらゆる感覚記憶には、ニューロンのつながりの相対強度を変化させる力がある。
 
 記憶とは、ハードディスクのあるアドレスに格納されているデジタルデータではないってこと。記憶とは、シナプスの構成された構造システムそのものなの。
 
 そして、どんな記憶も単独で存在しているわけではないのよ。大脳皮質は経験を、同時に経験する複数の時間スケールに分解する。ある音が、異なる周波数のそれぞれに分解されるように、ある経験においても複数のタイムスタンプが同時に記録されている。そのタイムスタンプごとの前後関係も含めて、記憶は、複数のシステムが絡み合って存在している)
 
(と、第一の絵美の記憶の仕組み、という記憶域がこう説明しているの)こう奈々の脳の中の絵美の記憶部位が奈々の記憶部位に説明した。

(つまり、絵美の記憶が私の脳に入ってきて、シナプスのつながり構成を持つ新たなシステムが私の脳にできた、ということなの?)
(そうそう、それで、私たちがお互いを共感したりするたびに、あなたのシステムが私のシステムと結合して、新しいシステムを産んでいる、ということなの)
(私の脳って、それほどの容量があるの?)と奈々。

(未来の実験では、人間の記憶をつかさどるシナプスの大きさを正確に測定した結果、これまで考えられていた容量の10倍大きいことがわかったそうなの。平均的なシナプスが4.7ビットの情報量を保持できることがわかって、脳全体の記憶容量は1ペタバイトに達するということ。1ペタバイトは千テラバイト。百万ギガバイトなのよ。でも、人間はその脳の10%以下しか使っていないと言われているのはウソ。パソコンのハードディスクの例えみたいなもので、シナプス構成のシステムは常に更新されている。だから、満遍なく使っているけど、休止しているシステムもあるということ。そこに私の外部記憶が入ってきたので、シナプスはそれを取り込んで再構成したという感じかな。偏頭痛も後頭部の発熱もシナプスの再構成でエネルギーを使ったら発生したのよ。それで、脳内の休止してない、休止してる、というシステムの濃淡があるのね。私たちは28才だから、数テラバイト程度の記憶の容量だから、1ペタバイトに比べれば、まだまだ、余裕があるのよ)

(私の脳内のレゴブロックみたいなものは、いつも組み換えしているってことね?)
(うん、例えば、あなたの脳内の『利害関係があって、見てくれがよければ、好きでもないのに股をおっぴろげてセックスしてしまう』というレゴブロックシステムが組み替えられて『一人を深く愛しましょう』というシステムになってきたのよ。私のレゴブロックの組合せを学習したのよ)
(絵美!ひっどい言い方ね!)
(事実でしょ?)
(・・・ええ、事実でしたね・・・好きでもない相手とするのはあまり楽しくなかったわ、事実として。それをオ◯ンコの刺激で誤魔化していたのね)
(やれやれ、あなたも相当下品よね?)
(言葉に出さないけど、丸見えだから、私がどう下品に捉えているか、あなたにはわかるのね?)
(私だって、あなたから見ると丸見えでしょう?私が自慰していたのもシステムの再活性化をすれば見えたでしょ?もう、こうなると、私たちの間で恥ずかしい、という概念はないわね)
(あなたの人格システムはそうでしょうけど、私はまだ恥ずかしいわ。あ!あなた!アキヒコに私のオ◯ンコを広げて見せたら、どういう感想を持つのかなあ、って今思ったわよね?)
(うん、面白いじゃない?彼が部屋に帰ってきたら、試してみましょうよ)
(絵美、絵美、勘弁してちょうだい!)
(ダメよ!彼があなたの体をグサッとやって、私とあなたが交代する前にやっちゃうからね)
(うぇ~ん、虐めちゃいや)
(あら?虐められて喜んでるじゃない?)

(どうせ、私は虐められて喜ぶマゾですよ。ふん。でも、絵美、珍しいじゃない?メグミさんの反論に怯むなんて?絵美らしくもない)と奈々。
(え?恵美のどっちが先に明彦の彼女だった、っていう話?)と絵美。
(そうそう)

(私が生きていれば怯まなかった。でも、私は奈々の体を借りている。人格とは肉体が付随してのものだって、こうなったからわかったの。それでね、人格とは肉体に影響されることに気づいた。私の人格、アイデンティティーもあなたの肉体の特性を受けて変容しているの。私が私でなくなってきているのよ。私はあなたの肉体を利用して、明彦とつながっていたいと思っている。姑息だわ。冷徹冷静な私が、生き返ったみたいに錯覚して、舞い上がってしまったようね。恥ずかしい。さあ、明彦が帰ったら、奈々にこの体を戻すわ。グサッとやってもらいましょうよ)と絵美。

(あなたらしくない。私はいいわよ。だんだん慣れてきた。五感の共用、これって楽しい一面もある。それにウソをつけない親友が自分の中にいるというのはうれしいことだわ。頭が良くなってきたような気もするし。絵美流のセックスもいいものよ。荒々しいのも好きだけど、ああいうスローなのも好きになってきたわ)と奈々。

(そっか。そういう風に感じてくれてうれしいわ、奈々)
(それに、あの新世界秩序という組織、あなたがいないとアキヒコと恵美さんと洋子さんだけでは解決できないでしょう?)

(まだ私が解決できればいいんだけど・・・あら、奈々、まずいわ。あなたと私の共感が作用して、人格が融合しかけているわよ)

(そうなったら、そうなったで、絵奈とか奈美になればいいこと。広告業界で枕営業をして、好きでもない取引先の部長と寝るよりも、アキヒコに抱いてもらったほうがずっとマシよ)
(あら、単なるアバンチュールじゃなくなってきたの?)
(もうこうなるしかない運命だったと思えてきた。まだ、昨日の夜から二十四時間と経っていないのよね。融合するのが怖くなくなってきたわ)
(まだ、時間はかかると思う。それが何ヶ月か何年かわからないけど。それに、私はこの第二の絵美が消え去っても、第一と第三には別の森絵美もいるんだから、問題なしだわ。でも、奈々は気の毒したわ)
(もう、気にしないわ。ねえ、あなたと私、どっちがどっちを吸収するの?)

(それはわからないなあ。多重人格、つまり、解離性同一性障害というわけでもないから、こういう症例は西洋医学ではあまり見当たらないのよ。日本では、戦前、生まれ変わりという概念がなじみ深かった。死者が同じ家族の元に生まれ変わってくるという考え方はかなり広く受け入れられていたの。この男の子は、曾祖父さんの生まれ変わりだ、と親戚のだれかが言うと、みんな疑問にも思わず納得する、みたいなことがよくあった
 また、ある人間が生前に生まれ変わることを予言したり、妊娠している女性がお告げの夢みたいなものを見たり。生まれてきた子供の体に『前世』の人物の死亡時の身体的特徴があらわれていたり。生まれ変わったという子供が、『前世』の人物の死亡時の様子や家族関係、住んでいた場所などを知っていたり。それから、子供が『前世』の人間と類似した行動を取ったりとかね。しかし、私たちが陥っているこの現象は、それとは違う。同じ時代の同年齢の血縁関係にない女性に一年前に死亡した親友の記憶が転移された、なんて聞いたことがないわ
 輪廻転生とか、生まれ変わりとか、超心理学の世界か、スピリチュアルの世界で解釈されることが多いけれど、でも、この第一ユニバースの記憶転移装置の話を考えると、心理学ではなく、物理学的現象なのかしら、と思えてくるのよ)

(あなた、高校の頃から頭が良かったものね。よく知っているわねえ)
(異常心理学や超常心理学は私の専門ですもの)
(この人格が融合したらどうなるのかしら?)

(複雑な一つの人格になると思うのよ。奈々と絵美が交互に現れては消える面白い人格が形成される。あなたの肉体を使っているので、肉体の人格への影響があるから、奈々の人格の方が強く出ると思う。人格が交代してもだんだん違いがなくなってくるでしょうね)

(脳は私のものを使っているから、定常処理のルーチンも私の脳の能力次第、ということ?あら?私、よくわかるわ)
(同じデータベースを使っているようなものよ。だからわかるのよ)

(あら、絵美、あなたと私の彼氏のお戻りよ)

     ―★―★―★―★―★―★―★―★―★―★―★―

 部屋に戻ると、絵美はバスを使っているようだった。バスルームのドアを開けると、絵美がバスタブの中から「明彦、一緒に入らない?」と言ってきた。ぼくは服を脱いでバスタブに潜り込んだ。二人一緒は狭い。絵美は脚を広げて「ここに脚を入れるのよ。挟み付けてあげるわ」と言った。「絵美、股間が丸見えだよ」と言うと、「何をいまさら。ああ、そうか。私のは見慣れているけれど、奈々のはあまりじっくり見たことがないのね。ほら、じっくり見なさい」と恥ずかしいことを言う。

「え?何?奈々?さっきあなたが考えたことを本当にやるな!ですって。恥ずかしいって?処女でもあるまいし、二十八才の経験豊富な女性が何を言っているの。マジマジと見られるのは恥ずかしいって?そう、じゃあ、恥ずかしついでに、広げてあげましょうか?隅々まで明彦が見えるように。あなた、言っていたじゃない?『明日の昼まで、二十七時間半、私のことを隅々までアキヒコは知ることができる』って」

「絵美、ナナを虐めちゃダメだよ」
「虐められると奈々はもっと興奮するのよ。ほら、どう?明彦?解剖学的な知見は?感想は?」
「ちょっと、絵美・・・」

 絵美はぼくの手を取って、彼女のあそこに触れさせた。「ね?トロッとしているでしょ?濡れやすいのね。ああ、だからか!奈々があまり前戯を必要としないのは?なるほどねえ。ねえ、奈々のここ、同じ女性として見ても、かなりキレイよ。恥毛も薄いし。私のがコンパクトなのに比べて、これは薔薇ね。いいなあ。ムダ毛も処理されている。どうかな?」
 
「絵美、どうかな、って感想を聞かれても・・・だいたい、その格好自分ですごいと思わない?ぼくを脚で挟み付けて、絵美は奈々のあそこを両手で開いていじっているんだよ?」

「エヘヘ、他の女性のあそこをマジマジと見るなんて経験ないんだもん。え?止めてって?いいじゃない、減るものでもなし。もうちょっとあなたのあそこを鑑賞させてよ。メラニン色素の沈着もないし。どれどれ?奈々は何人くらいと?・・・あなた、中学の時から?親友の私にも言っていないじゃない?え~、奈々、ストライクゾーン広すぎ!明彦、奈々はね、五十三才の男性との経験もあるのよ、大学の頃。三十人以上?私なんか、明彦の前に処女を捨てた一人だけで、経験二人よ!そんなにヤリマンで、よくこんなキレイな色を保てたわね。体質なのかしら?でも、明彦、キレイでしょ?」

「キレイだと思うよ。絵美と同じくらいだ」
「お世辞?」
「いいえ、解剖学的な知見からの感想です」
「アリガト。え?奈々がね、人のオ◯ンコを見て感想を言い合うな!って怒ってるわ。いいじゃない、キレイだって褒めているんだから。え?今度、私が表に出たらアキヒコの顔を見られない、恥ずかしいですって。意外とウブなのね?奈々は」

「明彦、クリを触ってみて。あら、クリはそれほど感じないのね?私はクリが好きなのに。私のより小さいわ。え?クリよりもあそこ?明彦、指をいれてみて・・・あ!ほんとうだ!これはすごい!え?もうちょっと奥?明彦、奥だって。そうそう、そこで指を曲げてみて。おお!奈々、そこね?う~ん、クリの真裏かな?そこを指先でこすってもらうの?明彦、円を描くようにこすって。あ!ダメ!」絵美は、あれ?ナナかな、彼女は腰をガクガクさせて逝ってしまう。
 
「絵美、三人でセックスしているような気がするんだけど・・・」と明彦。
「だって、三人じゃないの、事実。明彦、気にしないで。今晩は三人でするのよ。順番で。奈々には悪いけど。え?こういうのもいいの?奈々?あなたがいいなら、交代して奈々が出てきても三人で楽しめるわね。え?奈々、なに?指の挿入では交代は起こらなかった、あなた、実験したのね?ですって。そうよ。御名答です。さあ、明彦、お風呂はもういいでしょ?ベッドに行って、奈々と交代しましょ」

 絵美はぼくの脚をはずすと、サッと立ち上がって、シャワーをちょっと浴びて、汗だけ流した。バスタブから出て、タオルで上半身をふきだした。ぼくも立ち上がって彼女の体をふく。脚をバスタブの縁に上げさせて、つまさきから太ももにかけてタオルで水分を拭う。股間にもタオルを当ててぬぐった。絵美も同じことをした。「え?なに?奈々?あなた方って、普通にそういう拭き方してるの?ですって?おかしいかなあ?ねえ、明彦、メグミちゃんとはこういう場合どうしていたの?」

「メグミとは・・・別々に体を拭いていたような気がする」
「奈々がなぜアキヒコはメグミさんとは違って、絵美と体を拭きあっているの?と聞いてるけど?自然よね?」
「うん、自然とそうなっちゃんだろうかなあ・・・」

「じゃあ、奈々は?奈々はいつも男性とどうしていたの?男性を拭いていたけど、自分は自分で拭いていたの?ふ~ん、でも、どうされたかったの?アキヒコが絵美にやったように、丁寧につま先から拭いてほしかった、のだと思う、だそうよ。体の拭き方ひとつとってもカップルによって違う。明彦みたいに女性によっても拭き方が違うのねえ」
 
 絵美は、サッサとベッドシーツを剥がし、バスローブだけで、ピローを背にしてベッドに座った。ぼくも隣に座る。彼女の肩に手を回して抱きしめる。

「私、彼女と喧嘩しているわけじゃないのよ。いろいろ話して仲が良くなって、共感が増したの。それでね、私たち、人格が融合しているみたい。いつなのかわからないけど、私の独立した人格は奈々に吸収されるかもしれない。消えてなくなるわけじゃなくて、奈々もいなくなって、二人の新しい融合人格になりそうなの。だからね、その前に、奈々と私と別々にいっぱい愛してね」と絵美は言うと、ぼくが帰る前に風呂の中で奈々と話したことを説明してくれた。
 
 ぼくは、絵美と奈々がいなくなってしまうかもしれないことに寂しさを覚えた。絵美でもない、奈々でもない、融合した人格なんて、想像もつかなかった。しかし、一人でも大変なのに、二人が融合しちゃったら、もっと大変にならないかな?

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第一ユニバース

 第二への転送が終わって、恵美は装置から出てきて、開口一番、
「向こうの絵美が私をホテルの明彦の部屋から追い出したのよ。『ここは第二。明彦は私の彼氏です』とか『ここは私と明彦と奈々との三人だけにして』とか言われたわ。失礼しちゃうわよね!」
「恵美、あなた『第二での行動は向こうのメグミちゃん次第だよ。私の責任じゃありません』って言ったでしょ?その言葉、そのままお返しします。『第二での行動は向こうの絵美次第、私の責任じゃありません』」
「まあね、しょうがないか。でも、悔しいから、明彦にチュ~してやったわよ」
「まったく、子供っぽいことして、しょうがない人ね。ところで、小平先生と宮部くんと洋子にメールしたわ。宮部くんと洋子は、まあ、その程度の第二への干渉なら問題ないって。予定がつき次第、ここに来るそうよ。小平先生はオカンムリでした。なぜ、そういう面白いことに最初からワシを混ぜないのか?ってさ。私と湯澤くんが怒られたわ」
「ぼくはキミらの言うとおりにやっただけだけどね。なんでぼくが怒られないといけないのか・・・」と湯澤。
「まあ、とばっちりでした。ゴメンナサイ。それで、ビルに連絡してもオッケーだと言うことで、ビルにメールしたの。そうしたら、すぐ折返し通話があったの。そういう話なら、1986年のぼくの財務状況を調べて、三百万ドルあるかどうか確認する。多分大丈夫。それより、記憶転移装置を見たいから、プライベートジェットですぐ来るって。できれば、ゲイツ財団かマイクロソフトで装置を扱わせて欲しいって言ってきたけど、これは国家機密に等しい、誰も彼もこの装置を使えたら、世界がグチャグチャになるでしょ?もっと時間をかけて検討しましょう、と言っておいたわ」と絵美。
「う~ん、一歩前進ね。あとは、あなたの持っている第二の絵美の記憶を基にこちらのブッシュとか調べて、検討しないといけないわね」と恵美。
「CIAやFBIがらみだから、ビルの協力が必要だわ」
「ゆっくり時間をかけて検討しましょう」

第二ユニバース 第ニ章前日譚、1986年10月11日(土)以前に続く・・・


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