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絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #89

  目次

 振動センサーは次々と甲零式の出現・・を検知している。
 その数、三十を越えた。今も増え続けている。
 当然ながら、そのすべてが本物というわけではないだろう。あるいはすべて偽物か。アンタゴニアスの各種センサーのすべてを完璧に欺かれるとは思わなかった。
 ――あるいは、欺かれているのは僕自身、か?
 巨神がいくら正確な情報をアーカロトに伝えようと、それらを受け取る脳がハックされている、と?
 第三の絶罪殺機、識別コード「      」の大罪神理権限アブソリュート・オーソリティにも似た、極めて強力な罪業場だ。
 今しがた脳裏に発生した、不自然な記憶の空白をまったく自覚しないまま、アーカロトはどうしたものかと思案する。
 数十機の甲零式はアンタゴニアスを追ってくる。無数の枝葉の先にある掌に備わった粒子加速器から荷電粒子が一斉に射出された。極めて強い電荷を持つ粒子が可視光を撒き散らす。芯部が赤色で、周辺部が青白色の鮮烈な光線となってアンタゴニアスの罪業ファンデルワールス装甲に衝突。壮絶な電磁波とプラズマの光爆が炸裂し、数百メートルの巨体を覆いつくす。着弾点付近では大気の原子からことごとく電子が収奪され、活性酸素と化して猛毒の領域を形成。生物ならば、熱や衝撃で即死したほうがマシな惨たらしい最期を迎えることだろう。
 だが――爆炎の奥から完全に無傷のアンタゴニアスが現れた。蚊に刺されたほどの損害もない。
 甲零式たちは意に介さず射撃を続行。そしてアーカロトは頭を掻きたくなる衝動をこらえた。
 ――ある意味、手詰まりである。
 〈螺旋教典〉や〈受胎論反駁〉を用いれば、こんな連中など瞬時に殲滅できる。だが周辺市街に壊滅的な被害が出るだろう。土台、絶罪殺機は都市上空で運用することを想定された兵器ではないのだ。
 絶罪支援機動ユニットたちの制御権をアーカロトが取り戻し、戦闘行動させるのも悪手だ。一瞬でも〈無限蛇〉の手綱をアメリに握られれば、何をしてくるかわかったものではない。
 大罪神理権限アブソリュート・オーソリティにてメタルセルを操作し、先端が単分子の槍を超高速で伸長、もって菩提樹の群れを串刺しにする、という方策も考えた。これなら周辺環境への被害も限定的であるが、権限を行使するにはメタルセルに接触する必要があった。
 そうなると別の問題が生じる。
 甲零式たちが撃ち放っている荷電粒子砲は、一定距離を飛翔するとブラッグ曲線に従って急速に減衰し、消滅する。ゆえに外れた荷電粒子が都市を破壊する心配はしなくてよいが、アンタゴニアスが着地してしまうとさすがに有効射程内だ。周囲の人間は誰一人生き残らないだろう。
 小を殺して大を生かす。
 その非情な決断を成すしかないのか、と歯噛みしていると――ふと、胸の中でアーカロトの肉体が揺すられていることに気づいた。
 シアラが何か言いたいことがあるようだ。一時的に意識をもとの肉体に戻すと、相変わらず苦しそうな淑女が何かを差し出してきているところだった。

【続く】

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