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閉鎖戦術級魔導征圧者決定戦 #25

 前

「限度があるわ! どんな増幅術法を使ったとしても、あんな滅茶苦茶な威力は出せねぇだろ! 普通! 個人で発動できる魔術の限界をブッ千切ってやがる……!」
 撃発音が連続した。かまわず突進しようとするレンシルを、魔導旋条砲の弾幕が牽制する。その間、天に突き上げられている剣身には光が漲りはじめていた。激しく鋭い、攻撃意志の具現のごとき烈光が。
 しかしレンシルも、流れる水のような動作で呪弾式をかわしつつ間合いを詰めてゆく。その動きは異様なまでに力みも遅滞もなく、見る者に氷上を滑っているのかと錯覚させるものだった。
 だが、一歩間に合わない。
 ウィバロの顔に一種異様な生気が宿る。黒く、陰鬱な闘争心が見え隠れする。その感情の理由を、フィーエンは知っている。呪媒石の幻影の中で、知っている。
 頂点にまで達した光が爆裂し、先端から固体のような密度の光条が撃ち放たれた。大気が慄いたかのように震え、魔王を中心に押し広げられた。圧倒的な風圧がここまで襲いかかってきた。
 天に向かって伸びる光の柱。
 その進行方向に浮かぶものがある。『断絶』の呪紋を刻印された輪型の魔導構造がいくつも連なって、ひとつの巨大な円環を形成しているのだ。巨大な光条は輪の中に到達すると同時に進路を鋭く曲げ、レンシルを天から叩きのめさんとした。荘厳ですらある光景。神の裁きがあるとするなら、それはおそらくこんな形で成されるのではないか。
 大爆発を起こす蒸気。熱風が吹き抜ける観客席。灼熱に包まれる舞台。一切合切を撹拌する震動。そこに出現する、天地創造の再現。
「あれは……そうか!」
 ベルクァートが腕で顔を庇いながらも、強い視線を舞台に向けている。
「納得してねえで説明しろ!」
「刀身の中に小さな魔法陣が設陣されているのを確認しました。あれは本来、不規則に運動する魔力の流れに法則を加えて運用しやすくするために、魔導機械の動力路に刻印されているものです。この魔法陣をはさむ形で剣尖と柄元に円環術法が配されている事実を鑑みるに、魔力を高速で往復させることによって何度も魔法陣に通し、信じがたい精度で熱量の揺らぎを整流、収束、射出する砲撃術法――魔導光学整流発振砲ともいうべきものです! レンシルさんの剣を奪い取って魔導光学整流発振砲の中枢に据えた理由もここにあります。並の結界では魔導光学整流発振砲の凄まじい熱量に耐えられず、魔導構造を維持できませんし、剣身内部にある高濃度の攻撃意志は魔力の誘導放射を助ける反転分布帯としての機能を担っているのです。空恐ろしい……この理論であれば魔術の構築による熱量の損耗はほぼ絶無! 術式の複雑さと出力が反比例する魔術の基本法則を、導師ウィバロは凌駕してしまった……」
「うわーい異様に懇切丁寧な解説すっげぇありがとう言ってることが半分以上わかんねえんだよこの野郎!」
「無茶言わないでくださいよこれ以上端折ったら説明したことになりませんって」
 言い争う二人を尻目に、フィーエンは床を蹴って立ち上がった。
「じゃぁ……レンシル様は!?」
 その声に、エイレオとベルクァートはぎょっとしてこっちを見た。すぐに顔色が変わった。
「そうだ……いくらなんでもあれは……!」
「いけない、すぐに試合を中止させなければ!」
 だが、フィーエンはすでにその言葉を聞いていなかった。
 眼を奪われていた。
 低い弾道で、舞台を滑る影。
 重心を完全に前に投げ出した、鋭角的な姿勢にて。
 両腕は勢いについていけないのか、後ろに流されている。その先に伸びる二振りの大剣が、寝かせられた翼を思わせた。
 究極的に洗練された、継ぎ目のまったく見当たらない動作。フィーエンは、それを美しい、と思った。しなやかで強かな美だった。
 そして、二つの翼は起こされる。羽撃かれる。振るわれる。
 二つの弧月が交差する。

 ●

 楽しかった。とても。
 停止寸前まで引き延ばされた時間の中で、レンシルは微笑する。
 体中の血液が沸騰している。心臓が奏でる活発な拍子が心地よい。風を切る感触も、床を踏みしめる感触も、降り注ぐ陽の光も、なにもかも快く受け入れられた。自分の存在を強く強く実感した。この世界に在ることそのものが、とても幸福なように思われた。
 いま、自分はすべてを出し尽くしている。
 動け。
 目的を果たすために。
 わたしはウィバロ・ダヴォーゲンを打倒する。
 勝つのではなく、打倒する。
 乗り越える。
 三年前、この場所で粉々に砕かれた誇りのかけら。
 そのひとつひとつを、もう一度見つけるために。
 研ぎ澄まされ、雷速となった体さばきに、今、ようやく意識が追いついた。心技体がひとつになり、回り始める。押し寄せてくる世界を余さず処理し、分析し、感得し、識る。ウィバロを観る。ウィバロに迫る。ウィバロの眼を識る。
 その眼は、陰っている。内部の黒い澱を、闘争心と理性で覆い尽くしている。

【続く】

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