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修学旅行テンション

  目次

 その後もしばらく青年ととりとめのないことを話していたフィンだったが、さすがにうつらうつらと舟をこぎ始めた。
 こてん、とシャーリィの肩に頭を乗せ、小さな寝息を立てはじめる。姫君は目を細め、自分もフィンの方にもたれかかった。

「おっと、英雄どのはそろそろおねむのようですよ」
「あぁ、そうみたいだな。ふふっ、可愛い」
「それはまぁ、同感ですが、あんまり本人の前で言っちゃだめですよ。男ってのはメンツの生き物なんだから」
「わかっているさ。これでもわたしはこの数日で急速に男心と言う奴に対する理解を深めているのだ」
「いや、それは……まぁいいか」
「さぁ、フィンどの? 空家の一つを準備させています。お眠りになるのなら、そちらにしましょう?」

 リーネは優しくフィンの小さな肩をゆするが、むにゃむにゃと言語になる前のうめきを上げるだけで反応はない。
 そこへ、シャーリィが少年の耳元に唇を寄せた。
 吐息を吹き込む。

「ひゃんっ!」

 肩を跳ね上げて反応する。

「で、殿下……それはびっくりするからやめてほしいであります……」

 シャーリィはこぶしを口に当てていたずらっぽく笑っている。
 ともかく、英雄たちのために用意された家に向かうことにした一行であった。
 哲学的かつ深遠な話題で年長のエルフたちと熱心に話し込んでいる総十郎に声をかけ、目隠しをしたまま指をワキワキさせて「でへへぇ~」と締まりのない笑みを浮かべながら黄色い声を上げるエルフ娘の集団を追い掛け回している烈火をリーネがはっ倒した。

「まったく! 公の場で不純異性交遊なんぞするんじゃない!」
「ちっげーし! ただの鬼さんこちら的な遊びだし!! めっちゃKENZENだし!! ところで奴らと戯れ(意味深)てひとつわかったことがある!! エ ル フ 女 子 は 全 員 ぱ ん つ は い て な い !!!! こいつぁことですよリーネはん!!!!」
「ぱんつ? あぁ、下着か。人族はそういうものを身に付けているそうだな」
「マジかよ痴女の王国じゃん!!!! やっべえ俺様のドーラ列車砲が発射体制を整え始めましたよ!!!!」
「ちなみに男もはいてない」
「あっ……そっすか……今列車砲が格納庫に入ったッス……」
「でも、どうしてパンツをはかないのでありますか?」
「えっ? いや、どうしてと言われましても……必要を感じなかったからとしか……」
「ふむ、察するにエルフの生態上、女性にょしょうには月ものが存在しないのではないか。ゆえに肌着などなくとも見苦しくはならぬため、そのような文化が発達しなかったのであろう。」
「ソーチャンどの、つきものってなんでありますか?」
「うむ、我々男には理解の難しい代物であるが、ご婦人が自らの性とうまく付き合ってゆくにあたり必要不可欠な工程であるようだ。その秘儀は女性のみに伝えられるものであり、我々男はみだりにそのことに触れてはならぬのである。」
「ふしぎでありますね!」

 残念ながらこの場に人族の女性はいないので、大声を上げて話題を中断させるなどの常識的反応はどこからもなかった。
 名残を惜しむエルフたちに手を振って、一行は〈聖樹の門ウェイポイント〉へと入っていった。

 ●

 たどりついたのは、オブスキュア第五都市、エグランテリアの一角に鎮座するツリーハウスだった。
 ひとつの巨大樹に何世帯も居住しているのが主流のエルフ社会にあって、珍しい「一軒家」である。
 比較的小ぶりながら、樹冠の広がり具合に楚々とした美しさと愛らしさがある樹木だった。幹の一部からは、柵付きのバルコニーが迫り出ている。
 フィンたちの目の前に木の根で形成された階段があり、その先に半円形の出入り口が開いていた。

「わぁ! 入っていいでありますかっ?」
「ふふっ、どうぞー」

 たたたっ、と中に駆け込むフィンを追って、残り四人も歩みを進めた。
 内部は、意外にも木製の家具が配置されていた。樹が長い時間をかけて変化していったものではなく、木材を加工して作られたテーブルや椅子だ。

「……意外であるな。木材を切り出して加工するのはあなたがたにとって禁忌なのかと思っておったぞ。」
「あぁ、もちろんやりすぎれば森からなんらかのお叱りはあるでしょうが、この程度なら大丈夫ですよ。人族の客人にはこのほうが居心地が良いと思いまして」
「心遣い、痛み入るな。大切に使わせていたゞこう。」

 驚いたことに、洗面台とおぼしきものまであった。硬く滑らかな樹液でコーティングされたシンクの上に、蛇口まである。

「なにこれ水道通ってんのか?」
「樹が蓄えた水分を分けてもらっているだけだ。調子に乗ってあんまり使うなよ。すぐそこに川が通っているから、なるべくそっちを使うこと」

 そこへ、たたたっ、とフィンが階段を駆け下りてきた。

「寝室が四つあるでありますっ! 小官一番上の部屋つかっていいでありますかっ?」
「んだとコラ一番上は俺だァーッ!!!!」
「えーっ! レッカどのが上で寝てると床が抜けてきそうで怖いであります!」
「テメーだんだんこの超天才に対して遠慮というか敬意がなくなってきたなこの野郎!! はい最初はグー!!!!」
「へ?」
「へじゃねーよ!!!! テメーじゃんけん知らねえってか!!!!」
「じゃんけん……?」

【続く】

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