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ここで滅せねばならぬ

  目次

「ヴォルダガッダ……!」

 即座に赤黒い汚染幽骨が殺到し、再びアゴスの姿を形作る。

『もはヤ感謝しかネえ……テメェらに出会えテ……良かっタ……』

 平然と。超然と。
 三対六本の大樹のごとき腕を広げ、振りかざす。
 直後。
 世界が、十二の断片に分割された。
 紅い境界線が縦横に走り、それに沿って汚染幽骨の魔城が砕け散る。
 トウマの動体視力では、それが斬撃であることを理解するのにすらタイムラグを要する。
 唐突に視界が変転。長い腕に抱えられて、紅い破滅の軌跡から逃れられたらしい事実を事後承諾めいて伝えてくる。

「まずいね」

 総十郎の小脇に抱えられながら、トウマは冷静にこぼす。

「言うまでもないことだけど、神経系の電位差による命令伝達なんてアレは行ってないから、僕の拘束術式は一切効かないよ」
「そ、そんな……」

 総十郎の反対側の脇に抱えられたフィンが眉尻を下げる。
 巨神のもとへと雄叫びを上げながら突撃してゆく烈火の姿が一瞬視界をかすめた。

「何度でもブチ撒けコルァァァァァッッ!!!!」

 光爆。
 世紀末伝承者の拳に込められた天文学的運動エネルギーが着弾と同時に熱エネルギーへと変換され、宇宙開闢のごとき閃光がその場の全員の目を灼いた。
 だが――その拳は振り抜かれなかった。行き場を失った烈風が爆散し、汚染幽骨の破片を彼方まで吹き飛ばす。
 攻撃動作が、途中で止まっていた。

『ありガとう……そイつは……モう……覚えタ・・・……』
「あァ……!?」

 深く穏やかな声。烈火の拳は――すべてを砕く究極無類の一撃は――アゴスの顔面に命中して止まっていた。砕きもせず、めり込みもせず、吹き飛ばしもしなかった。
 直後に世界が紅い極大斬撃によって分割され、烈火は地の彼方まで吹き飛ばされていった。流星のごとく魔城を脱し、大樹に人間大の穴を開けながら一直線に地平線の彼方までカッ飛んで行く。

「アゴスの肉体は汚染幽骨――つまり歪律領域ヌミノースによって形作られている。しかも森の意志よるものと、ヴォルダガッダによるものが融合し、根本的に性質が変化しているようだ」
「これまで、幽骨製の武具が破損することはたび/\あったが、黒神の一撃を受けて罅すら入らぬとはいかなる仕儀か。」
「手短に話すけど、森の意志が得た悟りとよくない噛み合わせを起こしている。森は「エルフを守りたい」「しかしオークなどの脅威がいつまでもなくならない」という矛盾を神代の昔に乗り越えた結果、歪律領域ヌミノースに覚醒した。「外敵の存在こそがエルフを強靭にし、種としての繁栄に導く」という止揚を得たわけだ。これが煉獄滅理の性質と組み合わさり、「一度受けた攻撃では二度と損害を受けない」という理になっている」

 空中で天才ビームと闘気放射を行い、どうにか制動をかける烈火。

「屋上へ行こうぜ……ひさしぶりに………きれちまったよ…」

 銀糸の結界に着地し、こめかみをヒつかせながら烈火は言う。

「待て黒神。同じ攻撃は二度と通用せんらしい。」
「あァん!? ナメてんじゃねーぞロリコンてめー今のが俺の最強技だとでも思ってんのかコラァ!!!!」
「最初の一撃も事実上効いてはおらんかったではないか。少しは頭を使え。」
「じゃテメーがなんか策をひねり出せやァ!!!!」

 そして火の玉のように再び突撃。
 空間を軋ませるがごとき衝撃波の乱舞が撒き散らされる。

「ソ、ソーチャンどの……」
「――手はある。」
「ほんとでありますかっ?」
「ただし、手が足りぬ。」
「ふぇっ?」
「詳しく聞かせてくれ」

 ギデオンが幻炎とともに現れ、言う。

「まず、あの六振りの神統器レガリアの動きを封じぬ限りお話にならぬ。」
「封じる……? あれを……?」

 再び世界が紅く斬割され、凄惨な艶を持つ薔薇めいた軌跡が空間に灼き付く。相変わらずトウマの目には輝く線にしか見えない。間違いなく末端の速度が音速を遥かに超えた結果、大気を断熱圧縮せしめ、赤熱しているのだ。

「見ての通り、奴は本質的に不定形の体を得たにもかかわらず、生前と同じように固体を保ち、武具を振るってゐる。なぜか? いかにヴォルダガッダが戦闘の天才とは言え、液体となった体の動かし方など皆目見当もつかんからだ。ゆえに奴は生前の戦い方にまだ縛られてゐる。今この瞬間が最初にして最後の勝機なり。」

 懐から札を抜き放つ。

【続く】

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