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〈死の巫姫〉の肖像 #1

  目次

〈きっとこの気持ちは、わたしにしか理解できないのだろうと思う。〉
〈父上にはもちろん、同じ女である母上にも、完全にはわかってもらえないのだろう、と。〉
〈わたしはどうやら、すべての王族の中でも、かなり特別な役割を背負って生まれてきたらしい。〉
生まれながらにして半分死んでいる娘。〉
〈それが、わたし。〉
〈オブスキュアの史書を紐解いても、同じようなさだめを宿して生まれてきた人はいないみたい。〉
〈最初にして最後の子。〉
〈〈死の巫姫〉。〉
〈ダークエルフの支配階級には、同じようなさだめを負って生まれてくる女が少数ながらいると聞いたのは、つい最近のことだ。〉
〈ちょっと会ってみたい気がしないこともないけど、伝え聞くダークエルフの性向からして、まったく相容れない人たちなのだろう。他者の苦痛を喜びとするなんて、本当に信じられない。だってそれって、そばにいる人たちを信用できないし、団結できないってことよね? とっても非効率的で苦労ばかりが多い生き方にしか思えない。〉
〈天地がひっくり返っても彼らの道を理解することはできないだろう。〉
〈だから、静寂と安らぎに満ちた永遠の森で、〈死の巫姫〉として生れ落ちたこの身が、いかにして生き、いかにして死ぬか。〉
〈その意味を、たったひとりで考えなければならないのだ。誰にも相談ができない。〉

 ●

 シャーリィは、その夢を、奇妙に明瞭な意識で受け止めた。
 これは、何?
 〈死の巫姫〉って?
 ただの夢とは明らかに異なる、整合性をもった感情と記憶のタペストリー。

 ●

〈わたしが最初にこの力を自覚したのは、幽骨に死者の魂を流し、その冥福を祈願する儀式に出くわしたときだ。〉
〈王都の片隅で、色とりどりの鳥たちの羽根や、花や、干した木の実などで飾り付けられた斎場があった。――そこで、祭祀のユトナさまが幽骨に意を通して祭壇を形成していた。〉
〈その上には、昨日狩猟中の事故で亡くなった男性が、眠るように身を横たえている。〉
〈遺族の人々が、静かに涙を流しながら花を手向けていた。周囲には、男性と生前縁があったらしい参列者たちが、厳かな面持ちで立ち並んでいる。〉
〈その頃わたしは並の大人の膝くらいの背丈だったけど、もちろんその儀式の重要さはわかっていたし、関係ない身の上で邪魔をしていいわけがないこともわかっていた。〉
〈だけど――わたしはその儀式から目をそらして去ることができなかった。〉
見えていたから。〉
〈亡くなった男性の魂が、ユトナさまの祝詞とともに、都市を形成する幽骨の中へと入ってゆくさまが、はっきりと見えたから。〉
〈この世を透かして目に映る、奇妙な視覚。〉
〈まるで、右目と左目で異なる風景を見ているかのように、そのときわたしには現世の儀式の様子と、幽世の御霊の様子が重なって見えていた。〉
〈見入っていた。その光景の厳かさと、切なさに。〉
〈見入っていた。その光景の美しさと、恐ろしさに。〉
〈小さな魄霊たちが、蝶のように不規則なダンスを踊っていた。森に棲む獣や虫や魚や鳥たちの霊が、先ぶれとして横たわる故人の上を舞い踊っているのだ。〉
〈その中心で、遺体から起き上がるものがあった。〉
〈淡い輝きで満ちた人影――故人の霊だ。禽獣らの魄霊とは異なり、生前の姿をそのまま留めていた。〉
〈少し戸惑うように周囲を見渡し、やがて状況を理解したのか、遺族の人々に優しく寂しげな目を向ける。〉
〈周囲の大気を、葬礼はふりの音色が満たしている。霊的に反響している。そのさまが目に見えた。〉
〈その感覚をどう表現すればいいのかわからないけれど、そのときわたしは音を見ていた。〉
〈空間が発する律動を。森の法が奏でる多層曲を。〉
〈膚で感じながら、目で視た。幻の炎が踊り、波打ち、そしてさまざまな色にほどけ、散ってゆく。〉
〈空気が色彩を帯びていた。魄霊らの狂騒はいよいよ激しさを増し、故人の霊を囲むようにして輪舞を極めてゆく。〉
〈そして――遺体が横たわる幽骨祭壇の奥に、底知れぬ領域が広がっているのを感じた。ちょうど、小さな水たまりを覗き込んだら、その中に広大な水没都市が眠っているのを発見したかのような、感動的でどこか空恐ろしい感覚。幽骨は、普段は手に触れられる物質のように振る舞うが、実際は現世と幽世を繋ぐ出入口であるという知識が、このとき実感に変わる。〉
〈すべての幽骨は幽世において繋がっており、そこは非物質領域インマテリウムとは完全に独立した世界なのだ。〉
〈亡くなった男性が、遺族や参列者に手を振る。しかし振り返す者はいない。〉
〈故人は寂しげであったが、悲嘆の色はない。またいずれ会えるからだ。肩をすくめ、幽骨祭壇から降りた。〉
〈幽骨の奥に透かし見えるのは、ぼんやりとした小金色の薄明に満たされた、静謐な湖面みたいな世界だった。〉
〈どこまでも無限に水面が続き、空には壮絶な陰影を孕んだ雲のようなオーロラのようなものが形を変えながら浮かんでいた。〉
〈ところどころに石碑のようなものや、無機質な巨樹のようなものが立っているが、圧倒的に空白の方が多い。〉
〈人影がまばらに佇んでいた。風に巻かれる炎のように、不安定にゆらめいていたけれど、紛れもなくエルフの祖霊たちであることは一目瞭然だった。〉
〈男がいた。女がいた。痛ましいことに子供もいた。〉
〈ある者はひとりで、ある者は寄り添いながら、皆一様に空を見上げていた。〉
〈穏やかで、少し哀しげで、しかし満ち足りた顔。〉
〈たまに近くの者と微笑みを交し合う以外は、ずっと空を見上げている。〉
〈薄明の幽世。〉
〈それが、エルフたちの死後の安寧。〉
〈ふと、その中の一人が、現世こちらに目を向けた。いまだ戸惑いと躊躇いを見せる故人の男性と目が合う。〉
〈おや、と軽く驚いたのち、新入りを安心させるためか、厳かに頷いて見せた。来るも来ないも、好きにしたまえ――とでも言うように。〉
〈それを受けて、故人の男性も意を決したのか。ゆっくりと歩みを進める。〉
〈いつ境界を越したのか。いつこの世を去ったのか。〉
〈その瞬間を、わたしは認識しなかった。なにしろふたつの世界を重ね合せた状態ですべてを見ていたのだから。地面の一点を指差して「ここまでは現世」なんて言うのはばかばかしい話だ。〉
〈故人の男性は、一度だけ現世こちらを振り返り、もういちどだけ家族に向けて手を振ると、諦めたような、満ち足りたような微笑みを残して、二度と振り返ることなく歩み去っていった。〉
〈やがて出入り口は閉じ、わたしの視界は元に戻った。もはやどこにもあの世の光景など広がってはいなかった。〉
〈大きく息をつく。〉
〈それに気づいたのか、葬儀の参列者のうち何人かが目を向けてきたので、あわててその場を去った。〉
〈美しいものを見てしまった。恐ろしいものを見てしまった。〉
〈興奮に突き動かされるまま、わたしは王城に戻って母上に抱きついた。そして今見てきたことをつっかえながらもすべて話した。〉
〈あらあら――と、母上は微笑んだ。〉

〈「■■■■は想像力が豊かなのね。もっとたくさん聞かせて? そこでどんな冒険をしてきたの?」〉

〈わたしは愕然とした。信じてもらえなかった。子供のたわいない作り話だと思われているのだ。〉
〈母上は、オブスキュアの歴史、伝承、神話に通暁している。〉
〈その母上が作り話だと考えてしまうのだから、さっきわたしが見たものは、恐らくわたしにしか見えず、過去に同じものを見た生者もいないのだろうということがすぐにわかった。〉
〈わたしは二度と誰にもこの話をすまいと決意した。〉

【続く】

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