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まぁ、あんま気にすんなよ(鼻ほじ)

  目次

 シャーリィは、目を開けた。
 柔らかい朝日が、頬を優しく温めていた。
 ――誰?
 唇が、そう動く。
 あのような記憶はない。死者の霊が見えるような、そんな力なんてない。
 自分は絶対に、あんな体験などしていない。
 では、なぜあんな夢を見た?
 ひとつだけ、思い当たる節がある。
 神統器レガリアは、歴代の所有者の記憶を保持しており、時折それを現在の所有者に与えることがあるという。
 では……さっきの夢はそういうものなのか? 〈哀しみよりも藍きものセルリアン・エフェメラル〉が、自分に何かを伝えようとしている?
 だけど……一体誰の記憶なのだろう?
 夢の最後に、記憶の主は母親に会っている。だけど――その顔はどう見ても、シャーリィ自身の母親、現オブスキュア女王、シャラウ・ジュード・オブスキュアにしか見えなかった。祖先の誰かなどでは断じてない。どう見てもシャーリィの母上以外の何者でもないと断言できる。
 だとすると、明らかにおかしいのだ
 自分には、姉が一人いる。王太女シャイファ・ジュード・オブスキュア。
 だけど、今の夢は絶対に姉上の記憶ではない。彼女を見初めた神統器レガリアは、〈哀しみよりも藍きものセルリアン・エフェメラル〉ではないのだ。記憶の流入など起こるはずがない。
 では……誰の記憶なんだろう?
 そして、花冠の祭具は、なぜその記憶を見せた?
 答えが見えぬまま、シャーリィの頭は空転した。

 ●

 それから、旅は順調に進んでいった。
 障害と言えばたまにオークの集団と出会うぐらいで、悠々と蹴散らして一行はヘリテージへの旅路を急いだ。
 シャーリィは、あれ以来落ち込んだところを見せることはなくなった。まるでなにごともなかったかのように振る舞っている。
 そして、二日目の野営に入った。

「……強がり、のようには見えぬ。」
「そう、なのでありますか?」

 即席のかまどで火の番をしながら、フィンと総十郎は小声を交わす。

「本心と乖離した振る舞いをする人間は、逆に機嫌を損ねなくなるものである。演技に気を取られ、本来の感情の発露がおろそかになる。しかし――」

 視線を横に巡らせると、シャーリィは頬をぷくーっと膨らませて烈火をチョップチョップチョップしていた。
 たぶん、烈火がまた何か失礼なことを言ったのだろう。

「……どう見ても自然体である。」
「そんなに気にしてない、ということなのでありましょうか……」
「どうであろうな。女性にょしょうにとって、子を成す望みが絶たれたかもしれぬ、というのは、決して軽いことではあるまい。もし殿下が何の無理もしてゐないというのならば、何か他の理由があるのではなかろうか。」
「ほかの、理由……」

 フィンには見当もつかなかった。

「おおーい! 晩御飯獲ってきましたよー!」

 見ると、角の生えたイノシシのような生き物をかついだリーネが、満面の笑みで帰ってくるところだった。

「でかした乳ゴリラ!! 罰として服を脱げ!!!!」
「なんでだっ!! とりあえず血抜きは済ませたから皮を剥ぐのを手伝え!!」
「えっ、いや、あの、烈火くん都会っ子だから……そういうのちょっと無理っていうか……」
「なんだ、妙な所で肝の小さい男だな。お前の大好きな女の服を脱がす行いと似たようなものだろうが」
「ちげーよ!!!! 全然ちげーよ!!!!」
「あのあのっ、小官がなんとかするでありますよっ」
「フィンどの? 大丈夫なのですか?」

 フィンの手のひらに錬成文字が浮かび上がり、銀糸が乱舞する。
 すると、毛皮に格子状の切れ目が入り、つるりと肉から剥がれ落ちた。

「おぉっ!」
「この種の精密動作は斬伐霊光ロギゾマイの最も得意とするところでありますっ」
「素晴らしい! では、中の内臓を傷つけないように腹部を切り開いていただけますか?」
「了解でありますっ」

 銀糸を一本だけイノシシの腹の中に潜入させ、内部構造を精査。消化管と血管を丁寧に切断し、切り口を固く結んだ。
 そののち、内部より一閃。腹部に長い切れ込みが入り、腹圧でさまざまな臓器がまろび出てきた。

「うげぇー!! 俺無理!! こういうの無理無理!!!!」
「う、うぅむ、命を頂くとはかくも大変なことであるなぁ。」
「角猪のモツは臭みが強すぎてとても食べられません。このまま森に還すとしましょう」
「了解でありますっ」

 内臓を銀糸でぐるぐる巻きにして、そのへんの木陰にやった。後は森の獣や細菌たちが処理してくれるだろう。

「さて、次に肉はそこの清流にさらして、血抜きを完全にします。日が沈むまで続ければ十分でしょう」
「了解でありますっ」
「ふふ、フィンどののおかげであっという間に処理が終わりました。すごいものですね、その銀の糸は」
「えへへ……セツの叡智の結晶でありますっ」
「……なぁロリコン、なんであいつら割とへーきな顔してんだ?」
「まぁ、リーネどのは狩猟が日常のようであるし、解体に手馴れてゐるのは不思議ではないが、フィンくんは……。」

 フィンは、びくりと肩を震わせた。

【続く】

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