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閉鎖戦術級魔導征圧者決定戦 #27

 

「…飽きた…いいかげん倦み果てた…生きろなどと言うてくれるな…もうこの老人の乱心に、フィーエンを巻き込むことはできん…」
「じゃあ、どうして私との約束は守ってくれたんですか。死ぬつもりだったのなら、どうして魔法大会に出てくれたんですか」
 自分でも驚くほど、落ち着いた声が出せた。軽く息を吸い込む。
「未練が、あったんでしょう?」
 ウィバロは下を向いたままだ。
「わたしに復讐したかったんでしょう? わたしを公然と殺したかったんでしょう? ……いえ、もっと正確に言うなら“復讐を遂げた”という事実を作ることによって、“俺の不幸は、あの小娘のせいだったのだ。俺は悪くない”という筋書きを完成させたかったんでしょう!?」
 うなだれていたウィバロの肩が、その瞬間大きく震えた。
「構えろ! ウィバロ・ダヴォーゲン! あなたの仇敵は目の前で生きている!!」
 砲魔術師の口からぞっとするほど恐るべき叫びが上がった。それは激怒の咆哮であり、同時に悲痛な悲鳴だった。両腕を跳ね上げ、二つの魔導砲を向けてきた。絶叫がすべてを包み込んでいた。
 発砲。世界が烈震する。圧倒的な。
 光。
 一切を押し流す。
 レンシルは脚の位置を組み替える。するとすでに身体が三歩ずれた位置にいた。まるで地面が縮まっているかのような移動。
 すぐそばを、究極の破滅が熱塊の形を帯びて通り過ぎていった。当たりはしなかったが、散布された余熱がレンシルの身体に火傷を刻む。
 直後、鋭絶な閃光が多重に奔り、先行して放たれていた無数の光弾を全滅させる。レンシルは振るった刃を引き戻しながら、高度に拡張された知覚を広げる。
 自分の後方に、円環術法が鎖のように連なった巨大な輪が配置されていることを識る。
 それも、二つ。今しがた避けた大光熱がその中に飛び込み、角度を変えた。
 二度の反射を経た熱光は、背後から殺到してくる。
 レンシルは前方に身を投げ出す。己の存在が拡散し、目標地点で再び結実するかのような心地で、数歩の距離を一瞬にして渡る。
 さらに、前方のウィバロが変異した剣をこっちに向けていた。
 視界が白く熱せられる。
 終滅の極光が、再度撃ち放たれたのだ。
 前後から迫る絶望的な亡びは、しかしレンシルを跡形もなく蒸発させる軌道にはなく、その左右を恐ろしい熱量で封鎖した。容赦のない熱風。耐えられず、眼を閉じる。
 これは――!
 殺意が膨れ上がる。回避機動の余地を完全に封じられた閉鎖空間の中で、冷たく熱い殺意が膨れ上がる。
 視覚を閉じた状態で、ウィバロの行動を認識する。高次に拡張された意識は五感の限界を突破する。
 彼は激情の色を帯びながら、左腕の魔剣にまとわりつく格子を解呪している。
 彼は恐怖の色を帯びながら、右腕の魔導旋条砲の螺旋構造をほどいている。花弁のねじれた蕾が開花してゆくように、『加速』と『牽引』の呪紋によって形作られる旋条がまっすぐ伸びてゆく。直線上に伸長した二種類七本の呪紋索をそれそれ砲身が覆ってゆく。同時に機構後部に開いた連結部へ、魔導構造剣を叩き込むように装填。
 瞬く間に構築される、魔王ウィバロ・ダヴォーゲン最後の切り札。
 外部動力式回転多銃身型魔導機関砲。
 レンシルから奪取した最強出力の魔導構造剣――その全存在を糧に、秒間百数十の死を撒き散らす、人造の天災。
 殺意の砲声が鎖のように連なり、ひと繋がりの絶叫となる。
 レンシルは、受けて立った。無限に引き延ばされた時のなかで、両翼は円舞される。
 怒濤の勢いで押し寄せる、悪夢じみた物量の呪弾式。それはもはや弾の雨というよりは、弾の海。そうとしか形容のしようがない、絶望的な密度の弾幕。
 一秒の数十分の一。常態では知覚することもできないような刹那の間ですら、もはやいくつの光弾を斬ったのか数えられない。
 そして――
 一秒の数分の一。常態では“一瞬”としか表されない短い時間で、レンシルは悟った。誰よりも早く悟った。
 敗北を。
 力負けしているのだ。じりじりと後退する脚を必死に踏みとどまらせようとするも、あっというまに限界が近づいていた。
 動揺をこらえられなかった。これまで、少なくとも正面きっての魔力のぶつけ合いにおいて、自分は常に優位に立ってきたはずだ。旋条砲の巧妙な弾幕や限定的な意志干渉、半球の砲撃結界などによって翻弄されてはいたが、それは真っ向勝負を避けたウィバロの戦術であって、単純な魔力の強さはこちらが上だと確信していた。当たりさえすれば決着できる、という大前提。
 それが、いま、覆された。
 歯を食いしばる。両腕が千切れそうなほどに振り回す。視界に赤い霧が広がる。それは軌跡の集積であり、眼の血管が破れた結果であった。口が咆哮の形をとるが、実際に発声されたかどうかはわからなかった。呪弾式がどう飛来するか、それだけしか考えられない。他のことに思考を割く余裕などどこにもない。
 だが。
 追いつかない。追いつかない。追いつかない――!
 しかも、逃げ場がない。体の両側では、いまだに最悪の白熱光がこちらの退路を完全に塞いでいる。ウィバロの組み立ては、恐ろしく容赦がなかった。

【続く】

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