終極決闘 #1
過去方角から、未来方角へ。
あらゆる防備、あらゆる因果を斬り裂いて、狙った箇所へ至る聖絶の刃。
鞘に収まることで誰からも観測されなくなった刀身が、波動関数を拡散させ、時系列すら無視して茫漠夢幻たる太刀筋を実現せしめる。
「――〈箕〉。」
斬撃のみが現実化し、魔導大剣へ幾筋も切れ込みを入れる。それらは浅く、即座に煉獄滅理の展開を阻害するわけではないが、遠からず深刻な損害を与えるであろうことは明白だった。
だが、血の神アゴスは抵抗できない。生前の身体操作感覚に絶対的に縛られている王鬼は、液状化するなどという方策をとることができず、拘束され続けるしかない。
――神統器を手放してくれゝば楽であったのだがな。
総十郎にとり、敵の守りの中で警戒に値するのは〈終末の咆哮〉だけである。不滅の概念を湛えたこの奇怪な物質だけは、いかなる手段をもってしても無視して突破することができない。
だが――血の神の体を形成する汚染幽骨ならば。ただ周囲とは物理法則が異なる、六本腕の神の形をした世界の果てというだけの代物であるならば――
――龍式は、容易に突破しうる。
それは世界という枠組みを斬り裂くための剣理であるから。
なすすべもなく削れて滅びるのが、アゴスの運命と定まった。
――ヴォルダガッダ。
好悪で言えば、悪感情しか抱かぬ相手である。リーネの腕を斬り落としたこと、忘れないし赦さない。
だが、その本質が下衆とは程遠いということは認めざるを得なかった。
「貴様は最初から最後まで本音しか語らず、本音でのみ動いていたな。恐れ入ってはいるのだよ、これでもな。貴様に憧憬など感じることになろうとは思わなかったぞ。」
炯と睨む。
「――だが滅する。身動き一つできぬまま削れて果てよ。小生は貴様の生存を許容しない。」
すると、アゴスの顔に、亀裂が走った。
まるで魔導大剣の傷をそのまま転写されたかのように、まったく同じ位置・角度で切れ目が走ってゆく。
煉獄滅理の根源たる器物が破壊されれば、この狂った世界も消えて失せるが道理であった。
●
――かつてヴォルダガッダは、たった一度だけ、他者の命を救ってやったことがある。
オークの社会は常に下克上の可能性に満ちており、そのときも突っかかってきたアホをブチ殺すだけで終わるだろうと思っていた。
シメている部族の中でも特にガタイとツラがでかい野郎が、大族長の座をヴォルダガッダから奪い取ろうと、タイマンを吹っかけてきたのだ。
結果だけを言うなら、ヴォルダガッダの圧勝だった。下克上野郎は胸板をバッサリとぶった斬られ、倒れ伏した。
そのままブチ殺そうと戦斧を振り上げたヴォルダガッダだったが、そこでひとつの事実に気づいた。
鮮血が吹き上がり、腕を熱が走り抜けた。
自分の武器が、砕けたのだ。破片が飛び散り、ヴォルダガッダに浅い傷をつけていった。
何が起こったのかよくわからず、眉をひそめて使い物にならなくなった戦斧を見る。
瞬間。
下克上野郎が跳ね起きて、戦槌を肩口に叩き込んできた。即座に顔面を殴り飛ばす。
地面に叩きつけられた敵は、今のが最後の力だったのか、もはや起き上がることもできなさそうだった。
「最初から武器狙いたぁな」
「うるせえクソが。殺してやる」
血を吐きながら、そいつは凄まじい眼で睥睨してくる。
「言い遺すことはあるか? あ?」
そう語り掛けてから、ヴォルダガッダは己を訝しむ。
いつもは何も言わず粛々とブチ殺すだけである。なぜこんなことを聞いたのか、とっさに自覚できなかった。
「黙れクソが。殺してやる。殺してやるぞ」
臓物を溢しながら、そいつは力の限り立ち上がろうとしていた。
だが――力がもう入らない。血を流し過ぎた。その紅玉の瞳に湛えられた闘志と殺意だけは、いささかも揺らいではいない。
――あぁ。
俺は。
久々に、楽しかったんだな。
まだ俺が楽しめることが、この世界には残ってるんだな。
かつてヴォルダガッダが幼生体だったころ、世界は脅威と未知で満ちていた。
あのころの気持ちを、本当に久しぶりに思い出させてもらった。
こいつは強かった。頭もキレる。気骨も大したもんだ。
「ふぅん」
なにか言葉をかけようかとも思ったが、これまで他者を褒めたことなど一度もなく、「褒める」という考え方すら理解していなかったので、何も言わず斧の柄頭で奴の顎を横に張り飛ばした。
頭蓋が回転し、脳が揺さぶられ、下克上野郎はゆっくりと崩れ落ち、昏倒した。
まろび出た内臓を雑に体内に押し込み、汚れた布できつく縛り上げた。他のヒョロカスザコ種族と違って、オークならばこの程度の処置でも一命は取り留めるだろう。
小説が面白ければフォロー頂けるとウレシイです。