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あのーなんかいい感じにいい感じでアレしてください #5

  目次

「侵略してもうまみがない、と。しかし、それほどの脅威が〈化外の地〉から来るとして、今までオブスキュア王国は大丈夫だったのかな?」

 それに対して、リーネは口の端を釣り上げて見事なドヤ顔を決めながら胸を張った。たゆん、と乳房が重たげに揺れる。
 小鼻を広げて、ふんす、と鼻息も荒く語る。

「我らオブスキュア貴族は、一万年の長きにわたって対魔戦術を洗練させてきた、この世で最もオークを狩ることに習熟した戦闘集団なのですっ。加えて、母なる森から受ける加護の一種により、森の中であれば容易く奇襲や包囲や分断ができる。これは聖樹信仰に帰依していない平原の人々には決して真似できぬことですね。ゆえに我らは〈化外の地〉より侵入してくるオークどもを、ほとんど一方的に打ちのめすことができた」
「ふむ。では、異界の英雄に助けを求めなくてはならぬほどの脅威とは、一体何か?」

 そう問われると、リーネの表情は一気しょぼーんと萎んだ。長い耳も垂れ下がっている。なんというか、感情がほとんどそのまま顔に出てしまう人なんだなぁ、とフィンは思った。

「二つ、あります。ひとつは、オブスキュア史上かつてないほどの極めて大規模なオーク侵攻です。彼らは通常、部族単位で〈化外の地〉を旅し、他の部族との争いや離合集散を繰り返す存在でした。頻繁にこの森へと侵入してくるが、それは他のもっと強力な部族との抗争に敗れ、押し出されてきた結果でしかないのです。その総勢は、せいぜいが一度に三十体前後。もちろんそれでも平原の人々にしてみれば街を二つ三つ潰しかねない極めて恐ろしい相手だが、聖樹の加護を受けた我らオブスキュア貴族ならば特に問題なく対処できる戦力です。これが仮に百体だったとしても、犠牲は出るだろうが深刻な打撃は受けまい。だが――今回の侵攻は、それらとは明らかに違う。正確な数はわからないが、最低でも千体以上のオークが、しかも一度に大挙して押し寄せてきたのだ」

 オーク、というのが、あの緑色の生物であることはなんとなくわかった。確かに、カイン人を圧倒的に凌駕する膂力を考えれば、普通の人々にはまったく対抗できない存在だろう。

「それでも、オブスキュアに生きる者たちすべてが一致団結し、死力を振り絞れば、あるいは克服できなくはなかったかも知れない。だが――同時に現れた二つ目の脅威によって、それは完全に不可能となってしまった」

 リーネの顔に、恐怖とも困惑ともつかぬものが浮かんだ。隣のシャーリィは、胸元で小さなこぶしをぎゅっと握りしめ、不安げに目を伏せている。

あれが実際のところ何なのか、我々はまったく理解できないでいます。オブスキュアの史書にも、ロギュネソスのさまざまな学術書にも、あのようなものの存在は記されていない。あまりにも既知の外であるゆえに、あれを説明できる言葉がないのです。強いて言うなら――そうだな、人間よりも何倍も巨大な虫、を思わせる形状をしている。しかし断じて虫ではない。ううむ、直接見れば一瞬でわかるのだが、とにかく真っ当な生物ではないのです。あれはいきなり現れ、オブスキュアの各主要都市に存在する〈聖樹の大門ウェイポイント・アクシス〉を占拠してしまった」
「ウェヰポヰントとな。」
「あぁ、その説明がまだでしたね。〈聖樹の門ウェイポイント〉とは、聖樹信仰に帰依した者に与えられる加護の一端です。森の内部の地点と地点を結び、一瞬にして移動を可能とする転移の門です。ある程度歳経た大樹に、そこそこの精霊力が吹き溜まっている箇所ならば、どこにでも開くことができます。これを利用すれば、オブスキュアの端から端まで数分でたどりつけますね」
「なるほど。ゆえにこれまではオォク相手に絶対的な戦術有利を構築できてゐたと。」

 オークは平原産の生物で、深い森の行軍には慣れていない。
 その上、〈聖樹の門ウェイポイント〉なるものによって、オブスキュアの軍は一瞬で展開し、一瞬で包囲し、また一瞬で撤退できる。軍事学の観点から言っても、オーク側にはまったく勝ち目がなかったとわかる。
 リーネの説明は続く。

「それぞれの〈聖樹の門ウェイポイント〉は他のすべての〈聖樹の門ウェイポイント〉に直通で行けるわけではありません。森全体を流れる精霊力の方向性に従い、接続できる転送先が決まっています。中でも、交通の要衝と称してよいほど多くの接続先を持つ〈聖樹の大門ウェイポイント・アクシス〉が立つ場所に、我々は都市を築きました。」

 声の調子が暗い。今はその体制が崩壊しているであろうことが予想できる。

「それが占拠された、と。加えて、これまで人や物や情報の流通は〈聖樹の門ウェヰポヰント〉に頼り切りであったと。」
「……はい。危機管理の甘さを指摘されてはぐうの音も出ませんが、少なくとも脅威がオークだけならば、みすみす〈聖樹の大門ウェイポイント・アクシス〉を奪い取られるなどという失態は決して演じませんでした。あの、虫のような存在は、完全に我々の想定外でした。あれの正体も、目的も、どこから来たのかさえ、我々にはわからないのです。剣も、槍も、矢も、魔法も通じず、辛うじて我が家門に伝わる神統器レガリアだけが傷をつけうる」
「それで、オブスキュア王国は、現在どのような状態になってゐる?」
「不明です。王国は事実上、バラバラに寸断されています。他の地域の民が、今どうしているのか、まったくわかりかねる状況です。恐らく抵抗はつづけられていると思いますが、〈聖樹の門ウェイポイント〉の大半が使えなくなった以上、オークに対しての戦術的優位はなくなりました。そして兵力や物資を融通し合うこともままなりません。長くは、もたないでしょう」

 重苦しい沈黙が垂れこめた。
 やがて、シャーリィがリーネの腕を引っ張り、耳打ちする。

「こほん。『わたしは母上――現オブスキュア女王にわがままを聞いていただき、異界の英雄に助力を求めるべく、この森に点在する太古の祭儀所に赴き、御三方を召喚させていただきました。どういう不具合があったのかはわかりかねますが、英雄は三名召喚され、座標は少しずれてしまったようです。非礼は重々承知の上で、伏してお願い申し上げます。どうか、わたしたちを、助けてもらえませんか。もし聞き届けていただけるのなら、オブスキュア王国が総力を挙げて、あなたがたにありとあらゆる便宜を図るつもりです』……っ! 殿下……!?」

 シャーリィは、言葉通り、苔の地面に額を付け、平伏した。
 諾、と返事をもらえるまで、決して頭は上げぬという決意が、その小さな背中から立ち上っていた。
 一瞬、おろおろとしたリーネだったが、やがて意を決したのか、主筋と並んで平伏してきた。
 張り詰めた静寂が、フィンたちの身を包んだ。

 ――ど、どうしよう。

 フィンは軍人である。上官の命令を聞くのが本分である。しかし上官ならざる相手から、命令ではなくお願いをされたとき、一体どうしたら良いのか、咄嗟には判断ができなかった。こんな状況はセツの戦闘教条では論じられていない。
 本心では、助けになってあげたい。短い時間だったが、フィンはこの美しい世界が好きであった。それを土足で踏みにじろうとする者たちがいる。牙なき人の明日のために、立ち向かうべきではないか。

【続く】

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