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あのーなんかいい感じにいい感じでアレしてください #4

  目次

 シャーリィは、隣のリーネの腕を引く。

「? なんでしょうか?」

 体を傾ける女騎士に、何事か耳打ちをする。
 かすかに目を見開くリーネ。

「……そうでした。それが一番大切なことでした。では私が殿下の口となります」

 こくり、とうなずくシャーリィ。
 そしてリーネは、フィン、烈火、総十郎の三人を見まわした。

「あー、おほん。御三方、我が主はこう言っておられる。『異界の英雄たちよ、まずは断りもなく故郷の地より連れ去り、まったく何の説明もなく放り出してしまった非礼をお詫び申し上げます』」

 それから再びシャーリィが何事かを吹き込む。

「『気分を害されて当然の仕打ちをしてしまいました。これはひとえに我が未熟ゆえのことです』」
「小生はまったく気にしておらぬよ。たまにはこのような変化球も新鮮である。君たちもそうであろう?」
「えっ? あ、はい」

 水を向けられて、フィンは慌てて応える。
 実際、シャーリィ殿下を恨む気持ちなどまったくないのだった。

「そうでありますね。びっくりしたけど、ぜんぜん怒ってないでありますよ」
「おぬしは?」

 総十郎は烈火に目線をやる。

「あん? ……そりゃおめー、別にガキに当たる趣味なんざねえしよ。とりあえず話を進めろや。俺らを召喚したのはおめーってことだな。なんで呼び出したわけ? 聖杯戦争でもおっぱじめんの? 俺のクラスなに?」
「えーっと、ふんふん。『寛大なお言葉に感謝します。異界の英雄との交渉に関して、わたしは全権を委任されている立場です。その上で申し上げます。――どうか、わたしたちを、オブスキュア王国を救っていただきたいのです』」
「詳しく伺おう。貴国はいかなる災厄に襲われてゐるのか?」

 即座に総十郎が応える。話が早い。というか早すぎる。フィンとしてはまだ少し混乱しているくらいなのだが、この人はまったく迷いを抱いていないようだった。
 まるで、何度も経験したことだとでもいうように。

「……ここからはわたしが説明させてもらおう。平原に住まう方々に、ことの脅威を正確に伝えるのは難しいが、とにかくやってみます」

 そう言って、リーネは一枚の地図を取り出した。

「これが、我らが今いるオブスキュア王国周辺の地図だ」

 フィンは苔の上に広げられた地図を覗き込む。
 縮尺を示す目盛りや、東西南北を指す方位記号などは馴染み深いが、それぞれの地名として書き込まれている文字は、フィンにはまったく見たこともないものだった。まぁ、世界が違うのだから当然か。
 地図は美しく彩色されており、中央部に森が大きく鎮座していた。
 その北側には薄い緑の平原が存在し、大規模な都市や広大な畑が描かれている。森と平原の境には太い線がひかれていた。国境線だろう。
 森の南側に目を向ければ、そこは暗灰色の荒野が広がっていた。森と荒野の境には、恐らく砦を表すのであろう記号が等間隔で並んでいる。
 北の平原と南の荒野は、雪を被った山脈によって隔てられており、中央の森だけが通り道になるようだった。
 リーネは中央の森を示した。

「我がオブスキュア王国は、この古の森の中に抱かれ、森を守り、森に守られながら命を繋ぐ政体です。現存する中では最古の国家であり、神代の昔よりここで暮らしてきました。総人口は一万三千五百人前後。そして――」

 指は北に向かい、平原部を大きく丸く囲む。

「これが人族の既知文明の中では最大の覇権国家であるロギュネソス帝国の、いち属州の、南端のごく一部分です。言うまでもないことですが、オブスキュア王国とは比較にならぬほどの大国です。そしてさまざまな文明・民族をその腹の内に収め、自らの秩序に組み入れてきた歴史を持つ。総人口はもはや想像もつかないな。百万や二百万ではまったく足りないでしょう」
「ふむ。で、そのロギュネソスの侵略でも受けたのだろうか?」
「いえ。今のところロギュネソスとの関係は友好的です。人も、物も、お金も、さかんに両国間を行き交っている。彼らが本気で侵略してきたら一瞬で踏み潰されてしまうだろうし、実際そうなりかけたこともあったらしいが、いくつかの理由によりそれは成就していません。その中でも最大の理由が、こちらだ」

 リーネの指が、今度はオブスキュア王国の南に広がる荒野を示した。

「ここは〈化外の地〉。人類の定住にはまったく適さない禁域です。たまにロギュネソスから人族の冒険者たちがやってきて、地図を作成したり何らかの財宝を求めて探索行に乗り出すことはあるが、無事に戻ってこられる確率は二割程度だな。当然ながら冒険者たちは素人ではない。協会のもとで危険な依頼を何度もこなしてきた古強者たちです。そんな彼らですら探索は遅々として進まない。ここはそれほどまでに危険な地なのです。魔界の一部が溢れてきているのではないかと思うほどに」

 リーネは再び帝国側に目を戻す。

「仮にロギュネソスがオブスキュアを併合し、属州とした場合、〈化外の地〉と直接国境を接することになってしまう。帝国の貴族階級は、やや独善的なところはあるものの、誇り高く信義を重んずる人々です。いったん帝国の秩序に組み込み、税を徴収する以上、そこの民の安全を保障する義務が我らにはある、と、彼らは強い信念を持って自負している。それは、「世を平定し安寧をもたらしめん」というロギュネソスの国是に端を発する、彼らの最も根源的な誇りなのでしょう。これを一度でも曲げてしまえば、傘下に置いた諸民族の信頼を失い、帝国の巨体に大きなひび割れが起こってしまう。ゆえに、帝国は自らの負担で属州オブスキュアに軍事力を置き、守らざるを得なくなる。だが――その出費は大きなものとなるでしょう。対人戦闘に特化し、指揮系統が複雑化したロギュネソスの軍制では、〈化外の地〉から襲いくる脅威に対して効率的な迎撃ができないのです。オブスキュアという狭い一地方を守るためだけに、莫大な軍事費を永遠に支払わされることになってしまう。それは属州オブスキュアからの税収と、果たしてどちらが多いのか」

【続く】

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