絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #63
電磁加速レーンでの道行きは三十時間程度で終わる。
便は三十分に一本の頻度だ。個人の旅であれば必要にして十分な輸送量だが、軍が用いるには少なすぎる。
これまでセフィラ間の軍事衝突がほとんど起こらなかった大きな理由だ。各セフィラの地方政府がどれほど強大な軍事力を持とうと、他のセフィラに攻め入るには三十分に一本の電磁加速レーンを使う以外に方法がなく、迎え撃つ側は容易く包囲からの各個撃破が可能だ。
防衛側があまりにも有利過ぎるため、戦争はここ数百年勃発しておらず、無駄にリソースを食うだけの軍はほとんど解体されている。この停滞から自由でいられるのは機動牢獄を有する〈法務院〉だけだ。
「ニンポを使うぞ!! ニンポを使うぞ!!」
「すりけん!! すりけん!!」
円筒形のシャトル内は内側の全面が超軟質樹脂で包まれており、子供が野放図に飛び回っても特に危険ということはない。
が。
「おわぶっ」
カルとトトが連れ立って飛び回っていると、不意に誰かの背中にぶつかった。
鼻を抑えて前を見ると、小柄な男がスキットルの飲み口を加えたままこちらを振り返っているところであった。
「あー?」
酷薄な三白眼に、凄惨な顔傷。
長い舌がぺろりと唇を舐めた。
ぎょろりと音を立てそうな勢いで瞳孔が収縮し、カルとトトをじっとりと見る。すでにトトは涙目になっていた。
次の瞬間、男は相好を崩し、困ったように笑った。
「おいおい、ニンジャに狙われる覚えはねえんだがな」
不思議な愛嬌のある笑顔だった。
「おいのちちょうだいー!!」
「ぐわーっ! む、むねん!」
物怖じしないカルが想像の刀を振り下ろすモーションをすると、男は大げさにのけぞって倒れ掛かる。
「うちとったりー!! にんむかんりょー!!」
切り付けた反動でくるくる回りながら遠ざかってゆくカル。
「あー、カルにーちゃーん……」
知らない大人と二人きりになってしまったトトは、まごまごしている。
小柄な男は人懐こい困り顔で頬を掻いた。
「はは、アクティブすぎる兄ちゃんを持つと苦労するねェ、お互いにさ」
トトはぱちくりと男を見上げる。
「だがま、それでも家族ってのはいいもんさ。お前さん、さっきの兄ちゃんは好きかい?」
トトは無言でうなずく。
その答えに、男はどこか眩しいものを見るように目を細めた。
「そいつは何よりだ。へへ、今はむかつくこともあるだろうけどさ、でかくなってから兄弟の絆ってのは生きてくるぜ? さ、もう戻んな。おっちゃんが押してやっから」
●
キツネにつままれたような顔で戻ってきたトトを、アーカロトは受け止めた。
「どうした?」
「……もらったの」
見ると、カラフルなチューインガムの容器を小さな手で握っていた。
トトの背後を見ると、爬虫類顔の小男がにっかり笑ってこっちに手を振っていた。
その顔に、どこか見覚えがあるような気がしたが、はたしていつ見かけたものだったのか、そのときは思い出すことができなかった。
こちらもオススメ!
小説が面白ければフォロー頂けるとウレシイです。