錆血戦域 -ショウケツセンイキ-
十ある〈血の掟〉のすべてを破るなど不可能なはずだった。
それぞれの破戒がファミリーに露見する時期が同時になるよう、周到な計画のもとでことに及んだらしい。
コスカの老人たちは動機が分からず首をかしげたが、「完全破戒の結果何が起こるか」を考える者はいなかった。
鋼と、骨と、糞の混ぜ込まれた挽肉が碧曜岩の壁面に叩きつけられ、飛散した血が鮮烈な模様を描き出していた。
辛うじて原形を残す肉片の皮膚には、葉脈のごとき黙示紋が浮かび上がっている。
むせ返るような異臭の中、ラザロは口を呆けたように開け、身動き一つできずにいた。一抱えもあるカバンを胸に抱きしめる。
目の前で起きたことが何一つ理解できない。
一個小隊、総勢五十名の執行者たちを率いていたはずだ。ほんの五秒前まで自分はファミリーの暴力装置に囲まれ、恐れるものなど何もない立場だったはずだ。
だが今、目の前には一人の男。襤褸めいたコートを纏った、錆色の髪の魁偉。
男の姿がブレたかと思えた瞬間、顔面に衝撃が走った。口と鼻柱から血を噴きながら吹き飛ばされる。
「今お前を殺さぬよう殴り飛ばしたのは、カミッロ・ネーロ。ファミリーの命じる市長候補への投票を拒否し、両腕を斬り落とされた医者」
重く掠れた声。
「な、なにを……」
再び男の姿が霞み、顎に万力のごとき力が加えられ、持ち上げられた。
「今お前の顎を砕かぬよう掴んでいるのは、オルフェオ・オルランド。コスカのボスが上役の女を寝取った咎を押し付けられ、火炙りとなった神父」
自分を持ち上げる腕は焼け爛れている。
男の顔を見る。ざんばらに伸びた錆色の髪の狭間から、年齢も人種も異なる皮膚を繋ぎ合わせた凶相が覗いた。
「今お前を見据えているのは、カガリ・トガメ。今お前が後生大事に抱えているカバンの中で封印されている、魔女のガキだ」
その眼を見た瞬間、ラザロは絶叫した。
瞳孔が縦に裂けた瞳が、黒い眼球に浮かんでいた。
【続く】
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