見出し画像

閉鎖戦術級魔導征圧者決定戦 #24

 

 一層の力を込め、撃剣の回転率を上げる。
 だが、まるで壁でもあるかのように攻撃が通らない。すべてを叩き落とされてしまう。魔王がレンシルの太刀筋を自由に操れてしまうのだからそれも当たり前。ならばと、あえて自分の思いに反した軌道で剣を叩き込んでみる。すると、どうしても思考から行動までの過程に遅滞が生じ、結局やすやすと受け止められてしまう。
 さらに、ウィバロとてただ防いでいるばかりではない。普段はこちらの攻勢を押しとどめるだけだが、たまに不意打ちのごとき一撃を送り込んでくるので、まるで油断を許さない。彼の戦況適応能力には舌をまくばかりだ。
 だが――
 剣を後ろに振りかぶると同時に一歩退き、魔導構造剣の論理構造に改竄を加える。
 直後、吶喊。
 これまでで最速の踏み込み。衝撃波が後ろを追従している。自分ですら、剣間に入ったその瞬間を知覚しそこねた。ウィバロは明らかにこちらの動きを捉えきれていない。
 そして、ただ撃ち下ろす。全体重を乗せて。全筋力を乗せて。
 接触。天文学的衝撃。刹那、魔剣に施された術式が起動。刀身の全仮想質量を光学変換。剣が一瞬で分解され、圧倒的な光が膨張する。それはウィバロのみならず、大勢の観客の眼をも灼いた。事前に眼を閉じていたレンシルだけがその難を逃れた。即座に両腕を胸の前で組むようにする。一瞬ののちに腕を打ち広げ、二振りの大剣を抜き放った。
 眼を開けると、そこには眼を押さえて呻くウィバロの姿が、

 なかった。

 舌打ち。全速離脱。
 直後、目の前の光景を、極限の熱量が奔流となって押し流し、叩き潰した。同時に空間が激震する。
「なに……!?」
 レンシルの目くらましをさらに上回る、壮絶な爆光。それは光だけではなく、実質的な破壊を伴っていた。とても現実とは思えないような、極大破壊を。
 一瞬前までレンシルが立っていた地点を中心に、小さな家屋ならまるごと呑み込めそうな縦穴が開いていた。それは隕石の落下によって発生するすり鉢状の地形ですらなく、いくら眼をこらしても底が見えなかった。そして、熱い異臭。人智を超えた超高熱によって溶解した地盤が、硝子と化している。
 何の脈絡もなく現出した、焦熱の地獄。
 思わず、口を押さえる。熱風があまりに熱い。
 視線を流す。
 熱気に歪む空間の中で、魔王が佇んでいた。彼は片腕を上げ、レンシルから奪い取った剣を天に突き上げていた。
 ……いや。
 剣ではない。確かにさきほどまで間違いなく剣であったものが、その形相を微妙に変えている。格子状の魔導構造が刀身を包み込み、その切っ先と柄元に円環術法が固定されている。さらに、刃の内部には極小の魔法陣が浮いていた。
 ウィバロがわざわざ不利な近接戦闘を行った意味を、レンシルは理解した。
 あの何だかよくわからない魔導構造体を構築するためには、おそらく最高精度の魔導構造剣が必要であったこと。そして、高速で振り回していれば剣が徐々に変化していっている事実を直前までこちらに悟られずにすむこと。さらには、剣劇を演じることによって飛散した余剰魔力を自らの剣に取り込めること。
 ……すべてこちらの思惑通りって? いつからそんなことを?
 あぁもう、うだうだ考えるのやめ!
 この程度の距離なら一瞬で肉薄できる。考えるな。
 動け。今動け。すぐ動け。
 踏み込もうと重心を前に移した瞬間、反射的に振るわれた刃が呪弾式を斬り捨てた。見れば、ウィバロの掲げられていないほうの腕に魔導旋条砲が収まっている。
 砲火が激しく瞬いた。

 ●

 もう十分だった。
 フィーエンには、世界の偶像がこれから映し出すであろう展開を予想できた。
 あのあと、前魔法大会のウィバロとレンシルの戦いでなにが起きたのか。
 その結果どうなったか。
 手に取るようにわかってしまった。
 とても最後まで見てはいられなかった。

 意識を取り戻した瞬間、五感が過負荷に悲鳴を上げる。いままで世界とのつながりを断たれていた意識が、急に舞い戻ったのだ。闘技場の熱気が、騒然としたざわめきが、空気と衣服の感触が、肉体の重みが、そして眩い陽光が。フィーエンは世界にこれほどの情報が溢れかえっていた事実に縮み上がる。
 目の前の現実から現実感を汲み取れない。さっきまでの過去の世界こそが真実で、こちらは夢なのではないかという錯覚。
「冗談じゃねぇぞ! なんだよあれ!」
 切迫した声のほうをぼんやりと向くと、エイレオとベルクァートがそろって眼を見開き、舞台を凝視していた。彼らの視線の先では、レンシルとウィバロの試合がすでに展開していた。
 舞台に大穴が開いている。蒸気が立ちこめている。尋常ならざる熱がここまで伝わってくる。いかなる魔術がこれほどの破壊をなしうるのか。
 その答えは、ウィバロの掲げられた手に収まっていた。それは剣の周囲に複雑な魔導構造が固定されている、未知の魔術であった。
「私もあんな特異な魔導構造は見たことがありません。しかし……おそらくは呪力をなんらかの形で増幅して射出するものではないかと……」

【続く】

こちらもオススメ!


小説が面白ければフォロー頂けるとウレシイです。