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以小事大

  目次

 外交を通じて、彼らの欲深さと汚さを承知しているはずのシャラウですら、この気持ちを制御するのに少々苦労している。
 普段ほとんど人族と接点のない平民たちは、もはや抗えないことだろう。
 泡沫のように短い生涯を送る人族であるが、しかしエルフとは比較にならないほど濃く熱く生き抜く。
 生きるため、守るため、獲得するため、応報するため――動機は様々だが、森に守られてあるシャラウには想像もつかないほど過酷で変化に富んだ生を、力の限り戦い抜く、その閃光のような生き様に、多くのエルフは深く感じ入ってしまうのだ。

 ――なんと眩い種族なのか。

 と。
 遠い祖先たちが、人族に文字や魔法を教えてやったのも理解できる。この者らのために、なにかしてやりたい。人族が、見目麗しい赤子を前にした時と同じように、エルフは人族を前にすると、なにくれとなく世話を焼いてやりたくてしょうがなくなってしまうのだった。
 だがそれは、海千山千の生涯を送る人族を前にしては、致命的な隙である。
 オブスキュア一万三千の民の責任者として、この気持ちは努めて抑え、決断を下さねばならない。
 どうするべきか
 シャラウの二人の娘――第二王女シャイファと、第三王女シャーリィは、それぞれこの国難に対して動いてくれている。
 シャイファは正攻法をとった。騎士たちを率い、オークの軍勢に対してゲリラ戦を挑んでいる。都市に引き籠らず、森のただなかに身を潜めたのは正解だった。もともとエルフは農業などしない。すべて狩猟採集で賄っている。兵站の心配はない。恐らく地道な戦果を挙げ続けていることだろう。だが――間に合わない。包囲され、都市部に閉じ込められてしまった王国民たちが餓死する前にオークすべてを撃滅するなど到底不可能だ。
 一方シャーリィは、異界の英雄を召喚してくるなどと言い出した。確かにオブスキュアの史書にそのような記述はあったが、ほとんど神話の時代の記録である。果たしてどこまで事実を伝えているものやらわからない。だが――現状が手詰まりなのは確かであり、すがれるものがもはやそんな荒唐無稽な話しかないのも事実だ。もともとあの子は争いごとなどまったく向いていない。ほとんど避難させるための口実として、召喚の実行を許した。

「……なんてこと」

 わかっていたことだが、手詰まりではないか。
 机の上で翼を休めている小竜が、キュゥと鳴いてつぶらな瞳で見つめてくる。
 早く返事を、と催促するように。
 その喉を、結晶のように美しい指先で撫でてやりながら、思考を進める。
 不用意に諾、と返答するのもいかがなものか。〈聖樹の大門ウェイポイント・アクシス〉を封じている巨大にして無敵なる〈虫〉。かの不条理をどうにかする手段を、帝国軍は保有しているのか? 大規模破壊魔法を戦争の形で切磋琢磨し続けている人族ならば、なにがしか編み出していたとしても不思議ではないが、しかし「ある」と断言もできない。
 もしなかった場合、わざわざ帝国軍を王国内に招き入れるメリットの大半が消滅する。
 一方で。
 仮に帝国軍の救いの手を取ったとしても、オブスキュアの属州化が確定するわけではない。現状は、餓死者が出るまであまり余裕がないとはいえ、人的被害はまだほとんどない。騎士戦力はほぼ健在だ。森の中でなら、人族相手にもかなり優位に立ちまわれるだろう。この武力を背景に、彼らに侵攻を思いとどまらせることはできないだろうか?
 しかし、戦えるのか? エルフが? 人族を相手に? あの愛らしくも腹黒い、魅力的な幼子たちに、刃を向けられるのか?
 いや、騎士たちの忠誠を信じよう。彼らなら、国を守るために、心を殺して戦ってくれるはずだ。
 そこまで考えた瞬間、シャラウは頬を伝う涙に気づいた。

「だめ……」

 考えただけで、こんなに心が痛い。実行など、できるのか?

「ギデオン……わたし、どうすればいいの……?」

 心が弱っている。ここ百年、口にすることも避け続けてきた名前が、不意に弱音としてこぼれ出てしまうほどに。
 その瞬間。

「陛下! 陛下ーっ!」

 侍女の一人が、血相を変えて執務室に駆け込んできた。

「まぁ、そんなに慌てて。どうしました?」

 慌てて涙を拭き、柔かな威厳の宿った声で問う。

「手っ!」
「て?」
「樹に手を触れてみてくださいっ!」
「うん……?」

 言われるまま、執務室の壁に歩み寄り、手を触れた。
 蒼く幽妖なる輝きを内部に含んだ幽骨の壁が、シャラウの掌を、硬くひんやりとした感触とともに受け入れる。
 樹と心を通わせ、森の状態をそれとなく感じる力は、大なり小なりエルフの女すべてに宿る力である。
 女王であると同時に最高祭祀でもあるシャラウの感応能力は、その中でも並はずれている。
 精霊力の流れに乗って感覚の網を広げ、森の全体像を把握してゆく。

「え……?」

 明らかな異変が起きていた。
 それまでは、〈聖樹の大門ウェイポイント・アクシス〉に取り付いた〈虫〉のせいで、精霊力の主要経路が塞がれ、全体の流れが危険なほど淀んでいたはずなのだが――今、わずかに森が息を吹き返していた。
 この、新たに生じた流れをたどってゆく。その先には――

「オンディーナの〈聖樹の大門ウェイポイント・アクシス〉が力を取り戻している……!?」
「そうなんですよ! みんな大騒ぎしてますっ! 一体何が起こったんでしょうか……」

 何が起こったのか。
 ……〈虫〉が、排除された?
 何故?
 その瞬間、シャラウの脳内で繋がるものがあった。
 通常、エルフたちは〈聖樹の門ウェイポイント〉による転移で長距離移動を済ませているため、あまり都市や地形の物理的な位置関係を気にする者はいない。しかしさすがにシャラウは、神代の祭祀場のひとつがオンディーナにほど近い位置にあることを覚えていた

 ――シャー……リィ……?

 召喚に、成功した?
 まさか。
 いや、しかしそれ以外に〈虫〉が排除される理由が考えられない。
 異界の英雄を召喚し、協力を取り付け、そして最も近いオンディーナの〈虫〉を退治した……!?

「……シャーリィ、シャーリィ……! まったく、あなたって子は……っ」

 口元を抑える。声が震える。先ほどとは別の理由で、涙が出そうだった。
 芯に強いものを秘めている子だが、それでもまさか本当にやりとげてしまうとは思わなかった。
 今すぐオンディーナに行って、あの小さな体を抱きしめてあげたかった。


 システムメッセージ:サブキャラ名鑑が更新されました。
◆銀◆サブキャラ名鑑#4【シャラウ・ジュード・オブスキュア】◆戦◆
 五百九十三歳 女 戦闘能力評価:F
 エルフの女王。おっとり翠色ロングヘアー未亡人。見た目は若いが三児の母。
 オブスキュア王国の国家元首にして最高祭祀巫女。近年急速に勢力を増してきたロギュネソス帝国に対し、強かな事大主義と巧みなイメージ戦略をもって独立を維持し続けてきた女傑。しかしエルフの御多分に漏れず結構な人間萌え勢なので、気苦労は絶えない。感情を抑制して広範かつ冷静な決断を下せるが、その本質は愛深き一人の女である。第一王女シャロンが夭折し、王夫ギデオンとも死別したため、残された二人の娘が最後の心の支えとなっている。わずか数百年の間に目まぐるしく変化する人族の社会に、漠然とした危機感を覚えるが、森の加護がある限りは対等に渡り合って行けると考えている。Bカップ。
 所持補正
・『カリスマ』 自己完結系 影響度:A
 理屈では説明しがたい威厳。シャラウと相対した者は、言葉にできない荘厳な感銘を受け、彼女に従いたくなる。広い視野と高い志と深い寛容さを併せ持った者のみが到達しうる境地。数百年を国に捧げてきた王聖の権威は、常人には抗いがたい域にある。
・『■■の■■』 自己完結系 影響度:■
 ■い■■を■いられるさだめ。■■の■に■いものを■せた■■の、わずかな■きすら■■さず、■■な■■を■せる。■せてしまう。
・『■はさだめ、さだめは■』 因果干渉系 影響度:なし
 ■■の■として、■■ただ■■の■をし、■ばれ、しかし■■を■らずも■に■いやってしまうさだめ。この補正はすでに効果を発揮し終えており、現在は特に何の影響力もない。

【続く】

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