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  目次

 シャラウ・ジュード・オブスキュアは、憂いに眉を煙らせて、目の前の書状を見下ろしていた。
 神代の至宝とも謳われた真珠色の指先が、羊皮紙の上を滑り、人族の文字をなぞってゆく。
 ついさきほど、青い小竜の姿をした使い魔が届けてきたものだ。
 真竜ドラゴンではなく翼竜ワイバーンとはいえ、竜を使役できるのはロギュネソスの貴族階級に限られる。
 そして小竜の胸元には、抽象的な剣の意匠が施されていた。ヴァリドリト伯爵家の印章だ。
 つまり、書状の送り主は、オブスキュア王国と国境を接する二等属州ヘウレケスブルグの属州総督、ミハイル・フォン・ヴァリドリト伯ということになる。

 ――親愛なるオブスキュア女王、シャラウ・ジュード・オブスキュア陛下。あなたの卑しき友より、忠信申し上げます。

 統括する民の数で言えば、ミハイル伯の方が明らかに上なのだが、彼はシャラウに対して常にへりくだった態度を取る。信義と誇りを重んずるがゆえに、この世で最古の政体たるオブスキュアと、その国家元首の権威に敬意を払っているのだ。もっとも、これは貴族に限った話ではない。人族は全般的に、エルフに対して畏れの感情を持っている。彼らがいまだ部族レベルの社会しか築いていなかった頃から、オブスキュア王国は今と変わらぬ形で存在していたのだ。無垢だった人族に文字や魔法の手ほどきをしたのもエルフである。

 ――オークの大進撃については、帝国もすでに把握しております。貴国の窮地に、皇帝陛下は大変に心を痛めておいでです。

 嘘、ではないのだろう。当代のロギュネソス皇帝とは、一度だけ会談をしたことがある。非常に食えない人物であったが、その人品は善良だ。問題なのは、国益のためなら特に葛藤もなく自らの良心を裏切ることができる人物だと言う点である。
 話は通じるが、決して油断して良い相手ではない。

 ――麗しきシャラウ陛下、あなたの民を苦しめる緑の悪鬼どもに対し、帝国は大規模かつ徹底的な攻撃を加える用意があります。

 シャラウの指が、止まった。恐れていたことがついに現実となった。苦悩に縮む眉間を揉み解し、つづきを目で追う。

 ――むろん、貴国の主権を侵害する意図はありません。あなたの許しがない限り、オブスキュアの版図には一歩たりとも踏み入らないことを誓います。しかし、あなたの要請さえあれば、我ら帝国は即座にオブスキュア王国への親愛と友情を証明するでしょう。

 これもまた嘘ではない。シャラウが一言「助けて」と言えば、帝国は速やかに大軍勢を展開し、オークを殲滅してくれることだろう。オブスキュア騎士ほど戦闘効率は良くないだろうが、それでも数が桁違いだ。その点に関してシャラウは疑っていない。
 だが――むろん、帝国が無償で、何の裏もなくこちらを助けてくれるわけがないのだ。彼らは誇り高く信義を重んずるが、決してお人よしではない。

 ――貴国の騎士たちのお手並みは重々承知しておりますし、私個人としてもオブスキュア王国は独力でこの危機を乗り越えられると確信しております。しかし、もしもこれ以上の犠牲をあなたが厭うのであれば、帝国という友がここにいるということを思い出していただければ無上の喜びです。

 オブスキュアの森に、帝国軍を迎え入れた場合、何が起こるか?
 彼らは何のために王国に入ってくるのか?
 知れたこと。オブスキュアの大地に眠る地下資源の調査がしたいのだ
 聖樹信仰に帰依するエルフたちにとって、鉱物など何の価値もない代物である。ゆえに王国がその種の調査などしたことはないが――探せば恐らくあるのだろう。なにしろオブスキュア王国の版図はなかなかに広大なものだ。すべてを農地に開墾すれば、百万の民を養えるだけの面積はある。恐らく帝国を除けばこれほど大きな領地を持つ国家は存在しないだろう。ゆえに、探せば恐らくは「ある」。
 助けを乞うた手前、「勝利を盤石にするための立地調査である」などと言われれば、強く止めることはできない。
 そして鉱物資源が見つかり、その報告が持ち帰られたとして、何が起こるか。
 帝国内の「オブスキュア併合推進派」が大きく勢いづくことは間違いない。鉄鉱脈だけでも危ないが、まかり間違って金や銀など見つかろうものなら、人族は一斉に目の色を変えるだろう。
 もともと、王国が帝国を前に独立を保ってこられたのには、大きく二つの理由がある。
 ひとつは、人族がエルフに対して迷信的な畏敬を持っているから。帝国でも片田舎の方だと、エルフは「我ら人族の領域を魔の侵攻より守ってくださる美しき半神的存在」のような扱いをされていると言う。
 もうひとつは、リスクとリターンが割に合わないためだ。オブスキュアの人口は、その広大な版図に比してわずかに一万三千程度。しかも貨幣経済がほとんど浸透しておらず、農業もしていない民だ。吸い上げられる税収など本当にたかが知れたものである。対してリスクは大きい。定期的なオークの侵入は、防衛費用の増大という形で彼らの重い負担となるであろう。
 だが、もしも希少鉱石が発見されたとしたら、この収支が帝国にとってプラスに転じる恐れがある。
 さらに悪いことに、一度助けを求めてしまったことが、この場合裏目にでる。要するに「自力では民を守れません」宣言をしてしまったも同然なのだ。「オブスキュアの民の安全を保障するため、我らは立ち上がるべきだ」という大義名分は、帝国貴族たちの誇りと責任感を実に心地よくくすぐってしまうはずだ。
 ゆえに、ここで帝国が差し伸べた手を取ってしまうと、かなりの確率で王国の独立は危ぶまれる。強かな事大主義と、巧妙なイメージ戦略を駆使して守り抜いてきたこの美しき森は、見る影もなく変わってゆくことだろう。

 ――だが。

 シャラウ・ジュード・オブスキュアは考える。

 ――もしも、民の命を第一に考えるならば、助けを求めるべきではないのか。

 そうすれば、エルフの被害はなくなる。帝国軍は大きな被害を出してしまうだろうが、しかしそれにさえ目をつむれば……
 そこまで考えて、シャラウの胸はひどく痛んだ。帝国軍は間違いなくオークどもに勝てる。だが、大きな犠牲を出す。何千人と死ぬだろう。生まれて百年にもならぬ幼子たちが、無残に、大量に殺されてしまう。
 そのさまを想像すると、シャラウの目尻に、涙が溜まっていった。

 ――いけない。

 イヤイヤをするように、首を振るシャラウ。翡翠色の髪が緩やかにうねり、流れた。その仕草を見ただけで、大抵の人族はあまりの美しさと愛らしさに圧倒され、呼吸すら忘れてしまう。
 なんという鐘美か、この世のものとも思われぬ、エルフとはこれほど神聖な存在なのか、きっとエルフにとり人族など取るに足りぬ存在なのだろう――などと考え、自らの卑小さを恥じてしまう。
 そんな人族には、恐らく想像もつかないことだろう。
 エルフという種族が、人族に対して抗いがたく抱いてしまう感情を。
 切なくなるような憧憬と、保護欲を。
 明らかに矛盾する、この二つの想いを。

 ――抑えなくてはいけない。

【続く】

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