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閉鎖戦術級魔導征圧者決定戦 #6

 

 どうにかこうにかフィーエンを落ち着かせることに成功すると、魔法大会を見に来ることを約束させ、レンシルは少年と別れた。
 太陽が真上から照っている。ちょっと、暑くなってきた。
 特に目的もなく、街を散歩する。

 ――お爺ちゃんは元気です。でも、“魔王”と呼ばれた無敗の魔導師は、きっと、もう。

 刺さらずに終わった小さな棘が、意外に大きな影を落とす。
 なんだろう。ウィバロ・ダヴォーゲンのことは信頼しているはずなのに。
 思い起こす。
 彼に打ち負かされた時のことを。“魔王”は膝を折り、こちらを睨んでいた。溶岩のような嚇怒を自制心という名の岩盤の中に押し込んだ貌。
 彼は……私を怨んでいる……?
 無論、身に覚えはない。まったくない。本気でない。第一、三年前の試合以外には、ウィバロと会ったことすらないのだ。恨みの買いようがない。
 溜息。
 考えても仕方のないことは考えないに限るとはよく言われるが、それでもつい考えてしまうあたりに人間の本質があるのではないだろうか。
「導師アーウィンクロゥ」
「……え?」
 重くかすれた声が、レンシルの意識を表層に引き上げた。
 うつむいていた顔を上げる。前を見る。いつのまにか、薄暗く煤けた裏路地に入り込んでいたようだ。違和感。今し方の声を否定するかのような、耳に響く静寂。先ほどまでレンシルを包み込んでいた喧噪は霧散していた。生き物の気配がまるで感じられない。唯一の例外を覗いて。
 目の前には、一人の男。
 鋭い眼光が、鷲鼻の上に乗っていた。あまりにも猛々しい魔力の流動が、彼の体内で竜のようにうねっている――それが、わかった。
 煤けた土色の外套の中にあってなお、滲み出る強者の凄みを失わぬ。世界が彼を中心に凝固している。“魔王”の存在感。
「あなたは!」
 なぜ今まで気付かなかったのだろう。自分はそこまで思考にのめり込んでいたのか。
「久しいな。相討つ刻以外には会っておらなんだ」
 その男――ウィバロ・ダヴォーゲンは、薄暗い街路の一角に座り込み、うずくまる巨獣のような眼差しをこちらに向けていた。
「え、えぇ……」
 自分を怨んでいるかもしれない相手のことを考えている時にその本人に出くわしたのだから、寝耳に水だ。つい声も硬くなる。
「……偶然ですね。さっきお孫さんに会ったところですよ」
 男の眼が一瞬だけ見開かれたような気がするが、眼の中の巨獣は再び体を横たえた。
「偶然ではない。少々強引に招かせてもらった」
 意味の判らないその言葉に疑問を挟む前に、ウィバロは喋り出した。
「孫から……何か聞いたようだな」
「えぇ。あなたが魔導師としての自分を既に捨ててしまっている、と」
 レンシルの声は硬いままであった。さきほどから嫌な感覚が背筋を舐め回している。それは戦慄であり、危機感。鼓動が警鐘のように早くなる。
「そうだ。魔王は業深き自らの技を封印し、ただの痴れ人へと戻る」
 ウィバロは濁った笑みを浮かべた。飢えに耐えかねて自らの仔を喰らった野獣なら、こんな笑みを浮かべるようになるのかも知れない。
「今、この時を最後にな」
 擦過音の伴う瘴気を吐き出し、屍を焼く焔のようにユラリと立ち上がった。周囲の空間に内在する力が、彼を中心に収斂し、禍々しい気迫に変容する。それは、殺意。業物のように研ぎ澄まされ、泥のように澱みきった、怨霊をも取り殺さんばかりの殺意。
「“剣”を抜けアーウィンクロゥ! あの時と同じに!」
 ウィバロは腕を振り上げ、レンシルへ向けた掌から輝く呪印を展開。印を構成する呪紋索が蔦のように伸び、立体的に絡まり合いながら魔導構造を形成する。それは砲。腔内に『加速』と『牽引』の呪紋を螺旋形に配し、呪力を形相魔導学的に収束し加速させるための腔綫とした魔導旋条砲。
「ッ!?」
 その事実を頭で理解する前に、レンシルは横に身を投げ出していた。直前まで頭部があった位置を掘削機のように回転する弾体が奔り抜ける。突風が吹き荒れ、その身に秘める桁外れな威力を誇示していった。魔導旋条砲によって意味を彫り込まれ、物理的な影響力を与えられた攻撃意志の結固体――呪弾式だ。
 なぜ――!
 そんな疑問は、連続して撃ち放たれる破壊の驟雨にかき消された。
 迷っている暇は、ない。
 レンシルは咄嗟に倒れ込むように呪弾式の群れをやり過ごすと、起き上がりざまに石畳を蹴り付けた。極端な前傾姿勢で全身の筋力を統合し、加速し加速し加速する。大気の壁を突き破る。
 呪弾式の第二波が迎撃の牙を剥いた。やけにばらけた弾道だ。
 レンシルは無作為な軌道で右へ左へやり過ごすが、広いとは言えない路地の中で徐々に左方向へと追い詰められてゆく。方向転換のために動きが止まった一瞬を狙って撃ち込まれた攻撃を強引な制動でやり過ごすと、ようやくレンシルは魔王が一発も無駄弾を撃っていないことに気付いた。
 直接こちらを狙うだけでない。一見的外れな方向に撃ち込んだ呪弾式によって回避方向を限定させているのだ。このまま避け続けるのは逆に危険だろう。

【続く】

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