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貴顕たちの遊戯

  目次

「確かに、大きな力を持つ魔導具は独特の威風アウラを放つものですが、神統器レガリアが持つそれは、なんというか固有の印象を持ちます。たとえば……そうですね、ヴォルダガッダが着装していた、あの黒い甲冑を思い出してみてください」
「うむ。刺々しく禍々しい鎧であったな。」
「あれもまた強力な衝撃反応術式リアクティブ・エンハンスがかけられた魔導具ですが、双戦鎌と比べてどちらがより印象に残りましたか?」
「……圧倒的に、鎌であるな。」

 リーネはうなずく。

存在そのものの深み、と言いますか。込められた想いの雄大さ、と言いますか。神統器は魔導具とは異なり、かつて地上を闊歩していた神々の手で造られた神遺物なのです。ゆえに、見ただけで区別はつく」
「うゝむ、であるとなると――我欲よりも民の幸福を優先して考えられる、という選定基準にヴォルダガッダは合格したということになるな。ふむ、こゝでいう「民」の定義とは?」
「それは神統器の持ち主によってさまざまですね。王侯貴族であれば、自らの領民たちのことを指しますが、そうではない場合もあります。特定の種族、地域、家門、宗教、思想などに属する者を「民」と認識する神統器所有者もいるようですね。最近では、わずか三十人程度の流浪貧民の集団を守ると誓った少年戦士が神統器に見初められた例もあるようです」
「……なるほど。先ほどリーネどのが理想郷という言葉にいさゝかピンとこない顔をされてゐた理由が分かったぞ。神統器レガリア所有者によって「民」の定義がまったく異なるのなら、確かに争いは普通に発生しうるな。」
「はい、困ったことに。そしてヴォルダガッダにとっての「民」とは、恐らくオーク族なのでしょう」
「そしてそれ以外のすべての存在を踏みにじり虐殺することに躊躇がない、と。やれ/\、とんだ名君もゐたものであるな。」

 肩をすくめる。
 そしてふと、シャーリィに目を向ける。

「となると、オブスキュアの王族たる殿下も神統器レガリアはお持ちなのかな?」

 シャーリィは微笑んで、両手を頭の左右に持ち上げた。
 すると、黄昏の大河のような髪をぐるりと一周する位置に光の粒子が集まり――次の瞬間、銀白色の花冠が出現した。石とも金属ともつかぬ材質の蔓が複雑に絡み合い、神秘的な文字の刻まれたハート型の葉が茂っている。そして頭の左側に、こんもりとした球体がわずかに綻んだような形の花が咲いていた。森に満ちる光の粒子を吸い込み、また吐き出している。幾層にも折り重なる花弁を透かして、蒼い光が漏れ出ていた。

「ほう……」

 総十郎は感嘆し、目を細めた。

「貴女に相応しい、可憐な神統器であるな。」

 肩を縮こまらせ、花冠を目元までずらした。はにかんでいるようだ。

「殿下の神統器レガリアは〈哀しみよりも藍きものセルリアン・エフェメラル〉と言いますっ! オブスキュア王家が擁する三つの神統器のひとつであり、周囲の精霊力を殿下の魔力に即時変換する能力を有していますっ!」

 なぜか胸を張ってドヤ顔のリーネ。哀れなまでに肥えた脂肪の塊が重たげに揺れた。
 魔力と、精霊力。
 恐らくは、総十郎の世界における星気と萃星気の関係に近いのであろう。
 純然たるエネルギーの本質たる魔力と、より物質的な振る舞いをする精霊力は、相互に変換可能な代物であるようだ。
 精霊力の形で自然界に保存されているエネルギーを、魔力に変換することで、この世界の住民は魔法を行使できる、ようだ。まぁ、まだ実際に見たわけではないが。いずれお目にかかるのが楽しみではある。
 だが、その変換には時間がかかるらしい。ゆえに「即時変換」。異界の英雄を召喚するなどという大儀式を執り行えたのも、この神統器レガリアによるところが大きいのだろう。

「あーっ! いたいた! 殿下ーっ! リーネさまーっ!」

 ふと、甲高い声がした。
 目を向けると、青い髪の娘が元気よくこちらに駆け寄ってくる。緑に染められた麻の衣服をまとい、植物の蔓を編んで作られたサンダルのようなものを履いていた。
 耳は長く尖っている。エルフのようだ。

「ライラか! 無事でよかった。皆も変わりないか?」
「とりゃーっ!」

 ライラと呼ばれたエルフ娘は、走ってくる勢いのままにリーネの胸に突撃。贅肉の塊はもにゅん、と歪んでライラを受け入れた。
 そのままぐりぐりと頭を動かすライラ。

「えへへー、リーネさまだー」
「こらこら、異界の客人の前でそんな……まったくもう」

 困った顔で娘の頭を撫でるリーネ。
 それからライラはぱっと身を離すと、今度はシャーリィに抱きついた。

「きゃわわ~! 殿下きゃわわ~」

 満面の笑みでほっぺをスリスリ。シャーリィも満更でもない顔だった。

「こ、こら、さすがにそれは不敬だぞっ!」

 リーネは頬を膨らませている。単に嫉妬しているだけなのが丸わかりだった。

 ――あゝ、恐らくは。

 リーネは貴族として、騎士として、一歩引いた位置で主君を立てることを義務付けられてきたのだ。
 だからそういうしがらみもなく気楽にスキンシップを取れるこの平民の娘がうらやましいのだろう。

【続く】

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