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君臨の祭具
そこかしこに散乱するオークどもの残骸に眉をしかめつつ、総十郎は歩みを進めていた。
両腕で、フィンの背と膝裏を持ち上げている。
哀しいほどに軽く、骨ばった感触だった。
すぐ隣で、シャーリィ殿下が少年の容体を、静謐な霊威を帯びた眼差しでじっと見ていた。
「これ、本当にあの男が……?」
対称的に、リーネは目を丸くして周囲の惨状を見まわしている。
少なく見積もっても百体。跡形もなく爆発四散する場合もあったろうから、実際にはもっと多いだろう。
「で、あろうよ。黒神烈火であればこの程度、造作もなきこと。あの男は小生よりも強いぞ。」
「まさか! 到底信じがたいことです」
「仮に黒神がさっきの場におれば、悪鬼の首魁など一撃で葬っていたことであろうよ。」
「それほどに……!?」
そこで、否応もなくローブの少年のことも思い出す。
「……もっとも、あの少年が相手だった場合、どうなるのかは正直予測しかねるな。」
小声で、つぶやく。
あの金縛りのごとき現象は、果たして黒神烈火にも有効なのか?
もし有効なのなら、いったいどうやってあれに対抗すればよい?
「そうだ、ソーチャンどの。そのヴォルダガッダなるオークの将についてなのですが……」
リーネの声に、我に返る。
「うむ?」
「かの悪鬼、信じがたいことですが……恐らく、神統器に選ばれています」
「神統器とな。」
「はい……神代に起源をもつ、特別な装具です」
「確か、リーネどのの斧槍もそうであったな。」
「はい。〈異薔薇の姫君〉は、王国黎明期より我が家門に伝わり、一族の名の元となった神統器です。その持てる力は、恣意的な質量の増加」
「つまり行使者の意志に応じて重くなる、と。なるほど、強力な武具であるな。」
「はい。すべての神統器はそれぞれに固有の力を持ちますが、実際のところそれはオマケのようなものです。強いと言えば強いですが、別段無敵の存在になれるわけでもなく、神統器を持たぬものが神統器持ちを武力で上回るのはままありうることです。単に戦いの手段として見れば、これより強力な魔導具はさほど珍しくもありません」
彼女は、何か思い詰めているようであった。
不安げに目を伏せている。
「神統器の本質は、「権威の根拠」です」
「ふむ、かの剣を岩より引き抜いた者は王とならん――などという逸話は小生の世界にもあったが、そのようなものか。」
「ええ、近いですねそれは。意志、というほど複雑なものではありませんが、一定の基準をもって神統器は使い手を選びます」
「その基準とは。」
「我欲よりも民の幸福を優先して考えられること。すべての神統器は、この基準をもって自らの所有者となるにふさわしい人品を選別します」
「それは……」
総十郎はかすかに目を見開く。
「そして、その選定は無謬です。かつて一度たりとも、我欲しか考えられない者の手に神統器が渡ったことはありません」
事実だとしたら――まぁ事実なのだろうが――それは途轍もないことである。
総十郎の世界において、権力者は古来より自らの権威を保つために、実に大変な財力と労力を支払ってきた。そうでなければ社会がまとまらず、文明を構築することなど不可能であるから。
文明を維持するためには権威が不可欠で、権威を維持するためには搾取が不可欠で、しかし搾取ゆえに文明は停滞する――そのような自己矛盾に延々と苦しめられてきたのが、総十郎の知る人類史である。
だが――神統器。
間違いもなければリスクもない「権威の根拠」。
そんなものがもしあれば。
「理想郷が現れてしまうではないか。」
オブスキュアが一万年もの長きにわたって国体を維持してこれたのも、当然ということか。
リーネはキョトンとする。
「理想郷……ううむ、神統器の存在が当たり前となっている我々の感覚からすれば、いまひとつピンときませんが……」
「いや、理想郷であるよ。小生から見ればな。」
そこで総十郎、ふと眉をしかめる。
「あいや待たれよリーネどの。さきほどおかしなことを仰らなかったか?」
「はい……その……」
「悪鬼の王ヴォルダガッダは神統器に選ばれてゐると?」
「は、はい……」
「にわかには信じがたいのであるが……根拠を聞こうか。」
「第一に、ローブの少年が、ヴォルダガッダに向けて言った言葉です」
――これに選ばれた意味をもう一度考えることだね。キミの命はキミ一人のものじゃない。
「……確かに、神統器を強く想起させる台詞ではあるが。」
「第二に、あの双戦鎌が放つ、霊威を帯びた存在感」
「うむ? まぁ、見るからにたゞならぬ謂れを持つ武具であることはわかるが……そういうものは、この世界では他にもあるのであろう?」
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