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小話、その1

ブリストルの夏は、予想に反して暑かった。
日本を発つ前は、イギリスの気温はMAX20℃にも満たなかったはず。
だが、いざ生活を始めてみると想像以上の好天が続いた。

"Summer is back."

イギリスに住んでいる人々は、口々にそう言った。
確かに、日本ほどの暑さはないものの、自分の脚だけが移動手段の私には外に出て目的地に到達する頃にはハンカチで汗を拭う必要があった。
晴れの日が続くのはいいことなのだが、実は私には頭を悩ませている事件に巻き込まれていた。

半袖の服が”無い”のだ。

涼しい日々に思いを馳せていた私は半袖はおろか、ダウンジャケットまで日本から持ってくる始末。
灼熱の日本で暮らす友人に、
「おしゃれなBritish coat買ってくるね〜」
と快適な気温マウントを取っていた自分を殴りたい。
学校のクラスメートが半袖で通学する中、私だけがロンT。
そしてご存知、気まぐれ天気 in the UK。
朝凍えて目を覚まして、ダウンを着て学校に行くと、
”You had a mistake. Hahaha."
と友人に言われる始末。
耐えられなくなった私は、当然半袖Tシャツを買いに行った。

実は、あえて”無い”と書いたのには理由があり、
もう一つの意味がある。

本当に”無くなった”のだ。

初めておニューのオフホワイトのワンポイントのロゴが入ったTシャツを着た日は朝から本当に暑かった。
真っ青な空を吹き抜ける風。
どこまでも広がる空を見ながら、
私はこの空で遠くに住む家族や友人とつながっている。
そんなことを考えながら、新品のTシャツに袖を通した。
胸に広がる真っ白な空を肌に心地よく感じながら、私は出かけた。
もちろん、帰ってきた時には汗だくだ。
すぐに洗濯に出した。

余談だが、本当にAddrian(ホストマザー)は素晴らしい人で、
掃除や洗濯などの家のことは全てやってくれた。
こちらから申し出ても、
"Not to worry, please relax."
と優しく答えてくれる。
洗濯物も、ランドリーバッグに入れておけば綺麗に畳まれた状態で
翌日にはベッドの上に置いてあるのだ。
本当に感謝しかない。

翌日学校から帰ると、いつも通りベッドの上に洗濯物が置いてあった。
あまりに綺麗に畳まれていたので、少し居心地の悪さすら感じる。
Addrianに感謝しながら、服を仕分けしているとあることに気づいた。

1度しか着ていないTシャツが無いのだ

確かにランドリーバッグに入れたはずだと思いながら、部屋の中を探す。

「やっぱりない…」

Addrianに聞きに行く。
"Did you find my new T-shirts?"
"No, You miss it?"
心当たりもなく、これまでも洗濯物が無くなったことはないらしい。
念の為、Tarn (ファミリーの息子さん、もう30歳近い)の洗濯物に紛れていないか確認してもらったが、やはり見つからなかった。
さほど高いものではないが、
1度しかデートしていない服が無くなるのはとても悲しい。
私は青い空を見るたびに無くなったTシャツのことを思い出した。

それから数週間経ったある日、私はあることに気づいた。
その日も天気がよく、庭でファミリーと夕食を取ることになった。
Addrianの作ってくれたマッシュポテトに舌鼓を打ちながら、
私はあるものに目を奪われた。

Tarnが、
私のTシャツを 着 て い る の だ。

私は一瞬でパニックになった。


あんな堂々と人のTシャツ着る?
あ、でも白いTシャツなんていくらでもあるもんな
似たやつだろう、うん。
あれ、でもあのワンポイント…
いや、だとしてもこのタイミングで
「YOU WEAR MY T-SHIRTS!!」
なんて叫べない
やっぱ気のせいか。
前に一回確認してもらったしね。

そう自分を納得させて、私は部屋に戻った。
美味しかったマッシュポテトもすっかり味がなくなってしまって、
喉だけが渇いていた。
モヤモヤしていた私は、Adrrianにあらためて聞いてみた。
「実はまだTシャツ見つからないんですが、見てないですよね…?」
優しいAdrrianはこう言った。
「オーケー。もう一回探してみる。ブランドと服の特徴を教えて」
私はできるだけ細かく伝えて、部屋に戻った。
すると間もなく、部屋をノックする音が聞こえた。

Addrianだった。
"Follow me"
彼女は短くそう言った。

ついていくと、Tarnの部屋だった。
"I'm so sorry."
部屋に入ったかどうかのタイミングでTarnが私に謝った。

「ははん。やっぱり紛れ込んでいたんだな」

そう解釈ながら部屋に入った私は、
彼のベッドの上を見て、一瞬にして混乱した。
ベッドの上には、同じ白いワンポイントロゴのTシャツが2枚広げて並んでいたのだ。

そう、私とTarnは

同 じ タ イ ミ ン グ で、

同 じ 店 で、

同 じ ロ ゴ の 入 っ た

同 じ 色 の

同 じ サ イ ズ の

Tシャツを買っていたのだ!!

申し訳なさそうなTarnとは対照的に、私は笑ってしまった。
こんな偶然ある?
That's coincidence!!!

"You take which you like it."
とTarnは言ったので、私は遠慮なくより白い綺麗な方を選んだ。
やっと私の元に、Tシャツが戻ってきたのだ。

ファミリーを離れた今も、もちろんTシャツは大事に持っている。
まるで、白いキャンバスのように。
目にする度にその日の思い出が蘇る。

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