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両側乳がんラプソディ #5 針生検

 1週間後、昼食を職場で食べてから、私は歩いて病院へ向かった。
 10分もかからずに病院の入り口に到着する。
 予約表や診察券を持っていないので、とりあえず総合窓口に寄って初診用の書類を受け取り、記入を済ませる。
 ついでに乳腺科の場所も教えてもらい、書き終わった書類を出してそちらに移動した。

 午後の総合病院は静かだ。
 午前中の喧騒が嘘のように、人影もまばらである。
 指定された診察室前の長椅子にかろうじて一人座っているだけで、幾つも並ぶその他の診察室からは物音もせず、診察を待つ患者もいない。

 患者はほとんどいないものの、予約時間を過ぎても番号を呼ばれない。
 私が来る前から待っていた女性がようやく診察室に入って行ったのは、私の予約時間から30分ほど経ってからのことであった。
 それから待つこと1時間弱、私はようやく診察室のドアに手をかけた。

 30代と思われる女性医師がモニターの前に腰掛けこちらを向いている。手を椅子に向けて、

「どうぞお掛けください。」

と柔らかい声で私に伝えた。

 医師は紹介状や前の病院から持ってきた画像に目を通すと、針生検をする必要があることを話し、服を脱いで診察台に横になるように言った。
 声色は穏やかでどこまでの柔らかかった。

 超音波で一通り乳腺の様子を確認した後、部分麻酔の注射を打ってもらう。
 麻酔が効いているため、採取時の痛みはないが、大きな音が出るからびっくりしないように、と先生は話すと、デモンストレーションか、一度、音を鳴らす。
 思いの外、大きいけれど、どうしようもないし、嫌というわけでもない。
 音よりも体に感じる衝撃にやや驚きながら身を任せる。

 両胸に疑いがあるため、右胸から始まり、左胸へと検査を進めるので時間もかかる。慣れてくると、口が動く。

 「両胸にがんの疑いがあるなんてこと、あるのですね。」

 「あまりないですが、あります。乳がんは遺伝性の場合があるので、高額ですが遺伝性かどうかがわかる検査をすることもできます。アンジェリーナ・ジョリーはそれで乳房の予防切除をしました。制限や条件によっては、その検査は保険が効きますし、両胸ならば年齢に関係なく保険の対象です。それでも6万円ぐらいかかりますが。」

 相変わらずの柔らかボイスで医師が答える。
 保険対象と聞くとなんだか魅力的に感じるけど、両胸ががんと診断されたらという前提なので、それは良いですねとも言い難い。

「片方では自費なのですね。」

 とりあえず、当たり障りなく返した。

「私は乳がんの可能性はありますか。」

 間髪入れず、聞いておきたいことも差し込む。

「乳がんだったとしても、おそらく初期なので、そんなに心配することはなさそうです。」

 柔らかボイスとはいえ、返答に困る。
 それは良いですねとはやはり言い難かった。

 検査結果は二週間後に出るとのことだったので同じ時間帯に予約を入れてもらい、帰ろうとすると、医師から質問を受けた。

「どうしてこちらに移られたのですか。」

「前の病院は専任の専門医がいないということで、職場に近いこちらを紹介してもらいました。」

「そうだったのですね。私も非常勤ですが、こちらには専任の先生も一名、いらっしゃいます。」

 またまた答えに詰まって、そうですか、と何に同調しているのか自分でもわからないまま返事をした。

 今思えば、その話題は次へのステップを示唆するものであり、きっと医師もその心づもりで話を振ったのだろう。

 診察室を出ると、夕方近かった。

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