見出し画像

1+1

お皿とか、食器とか、そういうものが好きだ。
もっと言えばマグカップもグラスも好きだ。

そういうのがたくさんある家に生まれて、母とはよく雑貨屋巡りをした。
専門学生のときは食器屋さんで催事のときだけバイトしたりして、周りにはいつも可愛いうつわがあった。

いつか一人暮らしをして、ちょっと余裕ができたら自分の好きなうつわをたくさん集めるんだ。そう思っていたときもありました。

実際一人暮らしを始めるとなったら、まぁ飛んでいく諭吉さんたち。
憧れの波佐見焼も、益子焼も、イッタラのグラスも「まだその時ではない」と、バイト先の店長がくれたキャラクターもののうつわやら、100円均一のお皿を使っていた。

しばらくして、当時の彼氏と一緒に暮らし始めたあとも、私が心と身体の調子を崩してしまったこともあって、正直お金には余裕がなかった。うつわの優先順位はずいぶん後ろになってしまって、引き続き貰い物のお皿を使っていた。でも食卓に統一感が欲しくて(変な部分で完璧主義なんだわ)、100円均一で2セットずつ揃えたお皿が大活躍していた。
それだってちゃんと気に入って使っていた。

料理は好きだから、余程体調が悪くなければ何とか料理をしていた。
彼の好きな唐揚げもたくさん作った。魚の煮付けはちょっと苦手だって言ってたけど、丁寧に作って出したら「こんなに美味しいんだ!」と言ってくれて嬉しかった。

おネギたっぷり牛丼をリクエストされたあの日も、丹精込めて作りました。

その3時間後に別れ話をされて笑った。お前、よく今日別れ話をするつもりの彼女に夕飯のリクエストできたもんだな。逆にすごい。

うまくいっていると思っていた。
すっかり家族みたいで、大きな刺激はないけど穏やかな老夫婦のような毎日を過ごしているよね、ウチら☆くらいに思っていた。

驚く程に気が合って付き合い始めたのに、いつから違っていたんだろうか。
その時まだ私は彼のことが好きで、別れなんて来ないと思っていたマヌケだったのだ。


しかし私は、たとえ自分がどれほどまだ相手のことが好きでも、「どちらかが冷めているのなら恋人関係の継続は無理ですね」と、わりかし冷静に考えられるタイプだった。


同棲してるわけなので、別れるのは時間と手間とお金がかかる。

だけど、私はさっさと出て行きたかった。プライドはエベレストだけど人としての器は蟻んこ並みに小さい私は、自分を一度でも「もう好きじゃない」と思った相手と一緒にいることが耐えられなかった。

その上、相手が「俺が振った」みたいな認識のもとで、申し訳なさそうに振る舞ってくることも許せなかった。もうこの別れ話の場ですら、私が可哀想みたいな空気出してくる相手のことが憎くなっていた。さっきまで「まだ好き」とか思ってた人、何処に行った?


そんなこんなで「牛丼リクエスト別れ話事件」の翌日には引越し先を探しに行くというフットワークの軽さを見せつけたのだった。




ところでうつわのことなんだけど、全部置いていくことにした。

彼の母親はお料理が苦手だったという。そんな彼に、私はいろんな種類の手料理を食べさせていた。「これお家で作れるんだ!」と驚いてくれるのが嬉しくて、初めて作る料理にもたくさん挑戦して、100円均一のおそろいの食器に盛り付けていた。


そういうの全部、このうつわを捨てるか新居に持ってくときに、彼が思い出して泣きますように。と、性格がクソな私は願っていた。


自分の新居を決め、荷造りをし、引っ越した私は、なんだかせいせいとした晴れやかな気分だった。

引っ越しの荷ほどきもそこそこに、近所に引くほど大きな公園があったなぁと思って散歩に出てみた。散歩がてらスーパーを探して、日用品と今日の食事を買ってこようと思った。

公園に着くと、たまたま陶器市が開催されていた。
あのでかいゲート型のバルーンが設置される、そう、「全国大陶器市」である。

そういえば食器をすべて置いてきたんだ。と思い出して、ふらりと寄ってみた。


可愛くてドツボな食器だらけだった。好きすぎる。陶器市、楽しすぎる!
しかもそこまで高くない。だけど、2枚買うにはちょっと苦しいな。そう思ったときに、ふと気付いた。


「1枚で良いじゃん」


1枚だけなら、この長皿と、この鉢と、豆皿だって数種類買える。
そうじゃん、別に1枚でもいい。2枚セットじゃなくても良い。

それが、自分自身が「もう1人で大丈夫だ」と心から実感できたようでうれしくなった。

私はだれかとセットじゃなくても、1人でも、1枚でも、幸せになれる。

自分の機嫌を自分で取れる。幸せも掴める。
全然落ち込んでなくて、笑えてきた。好きな人のために一生懸命料理をしていた自分。あんなに好きだったのに、ちゃんとさよならをできた自分が、凄く良い感じに思えた。



いつか、セットにしたい人が現れて、そのときにもう1枚を買おう。もしそのときになって同じうつわが売ってなくても、全然大丈夫。

どれだけお揃いを集めても心が離れることがあるなら、その逆だってあるだろう。


買ったうつわは重く、自分の心をそうするように両手で大事に抱えて秋の道を帰った。

自分だけのために料理をしよう。自分が好きなものを、好きな人に作るように自分に作ってあげよう、と思った。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?