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小説 「不幸」を探す人

自分がツイてないとは思わない。

ツイてるとか、そんな感覚さえよくわからない。

たまたま家にテレビもパソコンも何もなくて。

たまたまお父さんはいつも酔っていて。

たまたまお母さんは私を置いていなくなっただけ。

クラスでいじめにあったのも仕方なかったし。

高校退学になったのも万引がバレたからだし。

寮付きのこの店に雇われたのは

むしろ運か良かったと思う。

この身体を生かしたドレスを着て

客達に酒を浴びせるように飲ませ、金を絞り取る。

その金で、マンションの最上階に部屋を買い

ゴールデンレトリバーを飼い

余ったお金で本を出版した。

『私が錦糸町ナンバーワンキャバ嬢になるまで』

それが思ったよりも売れた。

きっと、付けられた帯のせいだろう。

「20歳のナンバーワンキャバ嬢、その知られざる過  去、不幸な生い立ちを語る」

生い立ちは書いた。

お酒を買うため借金作って最後は逃げた父のことも。

夜中にボストンバッグを手に若い男の車に乗り、戻ってこなかった母のことも。

でも私は「不幸」だなんて一言も書いてない。

色々あったけど

この身体があって、仕事があって

ゴールデンレトリバーのミミを愛する今の私は

昔の私も、それなりに愛している。

ある日、売れた本をみて

父が「悪かった。助けてほしい」と電話してきた。

母は「やっぱりママが間違っていた」

と、マンションにやって来てそのまま住み着いた。

すると週刊誌は

『ショック!あのベストセラーを出した、ナンバーワンキャバ嬢、実父と実母に金をたかられる』『印税○○億!?聞きつけた両親が鬼と化した日』『追いかけてきた母、私はもうあなたの娘じゃない!』

様々なコピーで騒ぎたてた。

私は何も一言もいってないのに。

「お父さん、これで足りる?ちゃんとご飯食べてよ」

私は父に何十万円か持たせた。

「お母さん、私お店いってくるから、ミミをよろしくね」

母に夕飯を用意し毎夜、家を出る。

私は幸せだ。

お金の使い道もある。

それなのに

どうして世間は「不幸」と決めつけてくるんだろう。





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