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缶詰の桃

「バジルちゃんの家で食べた桃の缶詰が本当においしかった」

小学校が一緒だった友人に塾で再会した時、しみじみと言われたが、何の事だかよくわからなかった。聞くと昔、私の家に遊びに来た時に出たおやつが桃の缶詰で、大変おいしく感激したらしい。

再開は中学2年の時だから、もう5年も前の話じゃない?そんなにおいしかった?そんなの出たっけ?

記憶を辿って考えると、確かにその日、透明なガラス皿に桃があったかもしれない。

健康志向が強かった母にとって、市販のお菓子は身体を滅ぼす悪の食べ物だった。

家では口にできない悪の食べ物は、お友だちの家では普通に与えられた。ある家では、ピカピカした袋に包まれたチョコパイやバター風味のクッキーなど惜しげもなく出してくれ、私は大層満足した。

「お友だちが遊びにくるの。おやつを用意して」

母に頼んだはずだ。遅くても前日までには。それなのに出てきたおやつは缶詰の桃で、私は多分がっかりした。でもお友だちは「うわーっ」て瞳をキラキラさせて喜んでくれ「おいしい、おいしい」って食べてくれたかも。

一時期、家の食器棚には桃の缶詰がよくあった。

母はケーキ教室に通っていて、家ではスポンジケーキを焼いてくれ、そのケーキの中と上にはかなりの確率でそれが使われ、私は「また桃か」と思いつつ食べていた。

あの日お菓子をお願いされた母だが、市販のお菓子は与えたくない、家族以外の人に手作りケーキを食べさせるのは気が引ける、それで選んだのが缶詰の桃だったのかもと、今の私は考える。

そしてその桃のおいしさを、友人は5年経っても覚えていた。

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