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24/02/25 橋本晋哉チューバリサイタル5プログラムノート

Shinya Hashimoto Tuba Recital 5
2024年2月25日(月)14:00開演
会場◉ティアラこうとう小ホール
出演◉ 橋本晋哉(チューバ)、藤田朗子(ピアノ)、松岡麻衣子(ヴァイオリン)


Program

  1. レナード・バーンスタイン (1918-1990) 《ミッピーのためのワルツ》(1948)
    Leonard Bernstein, Waltz for Mippy 

  2. 辻田絢菜 (b.1988) 《Collectionism XIV / Mimic》 (2021)
    Ayana Tsujita, Collectionism XIV / Mimic

  3.  稲森安太己 (b.1978) 《トラペゾへドロン》(2024) 委嘱初演
    Yasutaki Inamori, Trapezohedron

  4.  モートン・フェルドマン (1926-1987)《持続第3番》(1961)
    Morton Feldman, Duration 3
    I. Slow, II. Very Slow, III Slow, IV Fast

  5.  中川俊郎 (b.1958) 《トワイライト・ミッドナイト・セレナーデ》 (2023)
    Toshio Nakagawa, Twilight - Midnight - Serenade

  6.  アレック・ワイルダー (1907-1980) 《ソナタ第2番》 (1975)
    Alec Wilder, Sonata No. 2
    I. Espressivo, II. Jazz style, III. Slowly, IV. Air, V. Energetically

チューバとピアノによる作品を中心としたこのリサイタルシリーズのプログラミングは、1. オリジナルの初期作品、2. これまでに委嘱した作品の再演、3. 新作の委嘱、の3点を柱として構成されている。チューバのために書かれた初期作品は近年調査も進んでいるが、レパートリーとしてまだ定着していないもの、未だ忘れられているものもの多い。レパートリーがそもそも少ないチューバという楽器では、常に委嘱を続けていくこと、またその作品をできる限り多く再演していく重要性については改めて述べるまでもないだろう。これらの柱を組み合わせることで、それぞれの回、また全体を通してチューバのために書かれた近代・現代作品を一つの大きな流れで追ってみたい。
 これまでも女性作曲家(第2回)、内部奏法(第3回)といった感じで回ごとのテーマが(なんとなく)あるのだが、今回は「戦後アメリカのレパートリー」が一つのトピックになっている。ロジャー・ボボをはじめとするアメリカの多くの素晴らしい演奏家によって開拓され、よってアメリカの作曲家による作品群が現在チューバのレパートリーの重要な土台となっているが、それらの中でもあまり演奏されない曲を取り上げた。

 レナード・バーンスタイン《ミッピーのためのワルツ》(1948)

レナード・バーンスタイン Leonard Bernstein (1918-1990)の作品リストには金管楽器の作品が6曲含まれるが、これらのいくつかは《金管楽器のための音楽》という組曲として纏められている。この組曲はジュリアード音楽財団の委嘱によるものだが、作曲時期はまちまちで、また編成もそれぞれ異なっている(トランペット・ピアノのデュオ、ホルン・ピアノのデュオ、トロンボーン・ソロ、チューバ・ピアノのデュオ、金管四重奏)。1948年に作曲された《ミッピーのためのワルツ》を含むこれら5曲は1954年にニューヨーク・フィルハーモニックのメンバーによって初演された。共通するのはどれも特定の犬を念頭において書かれている点で、ミッピーは弟のバートンが飼っていた雑種犬(因みにホルン、トロンボーンの各曲もミッピーに由来する)。チューバという楽器を念頭に置いてか、冒頭に「状況において可能な限り優雅に」というユーモラスな表情記号を冠したわずか1分あまりの小曲(なのにミュートが必要!)。

モートン・フェルドマン《持続第3番》(1961)

  アメリカ実験音楽の代表的な作曲家の一人、モートン・フェルドマン Morton Feldman (1926-1987)はその名前が知られることとなった「図形楽譜」を用いた1950年代を経て、60年代には「自由な持続の記譜法」を用いた音楽を模索する。「持続(Durations)」のシリーズ(1960-61)の楽譜では、拍子記号、小節線、符尾が外された音符群が配置され、各々の奏者に音価が委ねられている。持続第1番の冒頭には「全ての拍はゆっくりと。音は最小限のアタックで演奏されなくてはならない。ダイナミクスは極度に控えめに」とシリーズ全体への指示があり、結果非常に静的な音響が展開する。《持続第3番》は、ヴァイオリン、チューバ、ピアノという特殊な編成で、Slow-Very Slow-Slow-Fastという4つの部分からなっている。譜面上は3つのパートは垂直に揃った記譜がなされており、セクションごとにそれぞれの構造的特徴も見られるが、各奏者がそれぞれのテンポ(自由な持続)で演奏することによって生じる差から淡い濃淡が生じ、その場その場での音響の推移が立ち上ってくる。

アレック・ワイルダー 《ソナタ第2番》 (1975) 

 自らを「前衛」に対してデリエール・ギャルド(derrière-garde: 後衛)と任じていた、アレック・ワイルダー Alec Wilder (1907-1980) はクラシック音楽のあらゆる分野に膨大な作品群を残した一方、フランク・シナトラをはじめとする当代の歌手たちにソングを提供し、ポピュラー、ジャズの分野にも数多くの作品を残した、いわゆるボーダーレスな作曲家であった。チューバのための(10を超える!)室内楽曲の中でも、とりわけ《組曲第1番(エフィー組曲)》(1960)は代表的なレパートリーであるが、《ソナタ第2番》は比較的後期の1975年に作曲された、5楽章形式のソナタ。クラシカルな様式を持った第1、3、5楽章に、ジャズの様式感の強い第2、4楽章が差し挟まれた構成となっている。1959年作曲の《ソナタ第1番》と比較すると、ピアノの書法も厚くなり、半音階的な進行や複雑な転調が頻繁に用いられて、響きの親しみやすさに対して捉えどころが難しいが、彼特有の抒情性は失われていない。(橋本晋哉)

辻田絢菜 《Collectionism XIV / Mimic》(2021/24)

 Mimicとは「模倣」を意味する英単語ですが、本作におけるミミックはロールプレイングゲームの中に登場するモンスターを指します。ミミックは、ダンジョンで宝箱の擬態をして、宝箱を開けてしまったプレイヤーに襲いかかるモンスターです。チューバはピアノの模倣を続けます。ピアノがチューバの模倣を察知して先導をやめると、模倣する対象を失ったチューバは様々な奏法によってチューバらしさを探り始めます。歌うようなチューバのセクションが終わったあと、思いも寄らない存在が介入するのが最後のセクションです。音楽は、少しずつこの存在を理解してコントロールしようとしながらアンサンブルを試みる設計になっています。果たしてうまく手懐けることが出来るでしょうか。再演にあたり改訂を加えました。貴重な演奏の場を作って頂いた橋本さん、藤田さんにこの場を借りてお礼申し上げます。(辻田絢菜)

中川俊郎 《トワイライト・ミッドナイト・セレナーデ》 (2023) 

 タイトルは、日没後と日の出前の薄明かり、そして真夜中という3つの時間に奏でられる 恋歌(または他楽章形式の肩の凝らない音楽)という意味を持っている。また「セレナード」自体に「夜」が伏在しているから、結局は両端が薄い陽光にグラデーションされている長い夜を表している「夜の音楽」だということもできよう。全体は通常なら1曲に収まることがないはずの異なる様式(私は、ここではかなり控えめに言っている…)の7つの楽章から出来ている。第3楽章は特に『セニョリーナ・エレファンティウス』と名付けられている (笑?)。「夜」というキーワードからは第6楽章でのシューベルト、チャイコフスキー、ショパンの引用も導かれる。初演は、日本現代音楽協会主催の橋本さんと藤田さんのリサイタルの折に行われたが、その時の演奏は私の作品のみに限らず、様々な時間の錬磨を経てきた後に到達する「自然」「自在」と喩えるにふさわしい演奏で占められていた。今宵のリサイタルでも、僭越だがそれぞれの作曲家の過ごしてきた時間と橋本さんたちの「自然」とが、寄り添い、意義のある時間が生まれることだろう。この先行きの見えない夜の時代に、少しでも…(中川俊郎)

稲森安太己《トラペゾへドロン》(2024)

 「トラペゾへドロン」とは、「ねじれ双角錐」を意味する。特殊なサイコロなどに用いられる正十二面体などもこの構造に含まれる。この曲の作曲の手掛かりはペロタンのオルガヌム書法を研究している時にインスピレーションを受けた。非常にゆっくりと持続する定旋律の上に程よく規則的に繰り返される4度や5度の響きが雅やかで、金管楽器の響きと相性が良い書法だと感じた。私の新曲《トラペゾヘドロン》では、定旋律部分は省略され、聴かれることはない。実際に特定の定旋律を想定せずに書かれている箇所も多い。しかし執拗に繰り返される4度の響きの鳴り方から定旋律を特定できそうな、不思議な響きになった。類似の音型が乱立し、冷たい耳当たりの音響構造を作り出している雰囲気を、特殊な立方体に準えてタイトルとした。(稲森安太己)

稲森安太己(いなもり・やすたき)

1978年東京生まれ。東京学芸大学にて作曲を山内雅弘氏に、ケルン音楽舞踊大学にてミヒャエル・バイル、ヨハネス・シェルホルンの両氏に師事。西ドイツ放送交響楽団、ギュルツェニヒ管弦楽団、ブリュッセル・フィルハーモニー管弦楽団、新日本フィルハーモニー管弦楽団等の演奏団体によってドイツ、イタリア、アメリカ、ベルギー、日本ほかの国で作品が演奏されている。2007年日本音楽コンクール第1位、2011年ベルント・アロイス・ツィンマーマン奨学金賞、2019年芥川也寸志サントリー作曲賞ほか。ケルン音楽舞踊大学、デトモルト音楽大学、洗足学園音楽大学非常勤講師を経て現在、熊本大学特任准教授。

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